黒の森Ⅱ
体長5メートルほどのヘビ。現実世界で遭遇したなら、恐怖におののくレベルの大蛇だ。
しかしここはゲームの中で、しかもつい先ほど、ノゾムたちはリヴァイアサンという伝説級のモンスターに遭遇したばかり。
となれば、
「小さいな……」
と思ってしまうのも、仕方のないことだと言えよう。さすがのノゾムだって怯えない。せいぜい「紫のヘビなんて珍しいな〜」という感想を抱く程度だ。
「小さいからって油断するな!」
エレンが槍の切っ先をヘビに向けたまま鋭く言った。
「ここは魔王の国だぞ! ただのヘビが出るわけないだろ!」
「……それもそっか。何かしらの特殊能力を持っていると見たほうがいいな」
ラルドは素直に頷いて、呆けていた顔を引き締める。ノゾムも弓を握りしめた。オスカーとナナミも、それぞれに武器を構える。
「ヘビの怪物って言ったら何がある?」
「うーん、バジリスクとか?」
ヘビを見据えたまま問いかけてきたラルドに、ノゾムはそう答えた。バジリスクも、魔法学校を舞台にした某児童書に登場する怪物だ。
非常に強い殺傷能力を持った怪物で、その目を直接見た者を死に至らしめるという。
目の前の紫色のヘビには、少なくともその能力はないようだ。ヘビのつぶらな瞳を見ていても、ノゾムたちの体に異変は起こらない。
「バジリスクではなさそうだね」
「……とりあえず斬ってみるか。状態異常になったら、ノゾム、回復よろしく!」
「わかった」
ノゾムが頷くのを確認して、ラルドは大剣を振り上げる。「『ブースト』!!」と叫んで剣を振り下ろすと、紫のヘビはあっけなく真っ二つになった。
「弱っ!?」
思いもよらぬ弱さである。あまりのあっけなさに、斬ったラルドも唖然としている。エレンは眉をひそめた。
「待て、様子がおかしい」
頭のてっぺんから真っ二つにされた紫のヘビは、うねうねと動いている。モンスターが倒された時に出る青白い光は現れない。
なんだ、この気色の悪いヘビは?
ノゾムたちは訝しげにヘビを見つめる。そうしていると、ふいに黒い木々の向こうから、ねっとりとした女の人の声が聞こえてきた。
「ダレだい? ワタシのヘビをイジメるのは?」
真っ二つになった紫のヘビが、しゅるりと黒い茂みの奥へ消える。続いて姿を現したのは、紫色の髪の女――紫色のヘビをたくさん頭に生やした、巨大な女の怪物だ。
「こいつは――」
女の、縦に開いた瞳孔が向く。
ノゾムの意識はそこで途絶えた。
***
「……い、おい……!」
遠くから声が聞こえてくる。
「おい、しっかりしろ! おい!」
聞き覚えのある声だ。ノゾムはハッとして、目を覚ました。ノゾムの顔を覗き込んでいたオスカーは、ホッと安堵の息を吐いた。
「良かった。目が覚めたか」
「え、オスカーさん?」
「起きがけにすまないが、こいつらに『リフレッシュ』をかけてくれ」
「リフレ……え?」
ノゾムはぱちぱちと目を瞬かせて、ぐるりと周囲を見回した。オスカーの横にはナナミ。前のほうには、ラルドとエレンもいる。3人とも、不自然な格好をしたまま動かない。
「これは……」
「メデューサだ。さっきの紫のヘビは、メデューサの頭のヘビの1匹だったんだ。メデューサの視線を受けて、お前たちは石化したんだよ」
メデューサ。見たものを石に変えるという怪物である。たしかに意識が途絶える前に見た女の怪物は、まさにメデューサと呼ぶに相応しい姿だった。
頭にたくさんのヘビを生やした女。
たいてい、メデューサはそんな姿で描かれる。
「オスカーさんは、なんで無事なんですか?」
「俺は一番後ろにいたからな。視線を向けられたのが一番最後だったんだ。『視線を向けられること』が石化の条件だと気付いたから、とっさにあの、花を大量に撒くスキルを使って、あいつの視線を遮った」
花を撒くスキルというと、【マジシャン】の『フラワーシャワー』か。
なにげに便利なスキルである。
「石化を解除する薬をひとつしか持っていなくてな。『リフレッシュ』を持っているお前を先に復活させることにしたんだ」
「なるほど……」
『リフレッシュ』ならラルドも持っているけど、ノゾムがさっき使っていたのがオスカーの中で印象に残っていたのだろう。
ノゾムは頷き、再びきょろりと周囲を見渡した。
「メデューサはどこに……?」
「全員石化できたと思ったのか、森の奥に消えてしまった。こう暗くちゃ、探すのは無理だな」
しかし森を進めば、そのうちまた出くわすかもしれない。何か対策を練っておくべきだと、オスカーは言った。ノゾムに異論はない。
「……リヴァイアサンといい、メデューサといい、運営は魔王のもとに辿り着かせる気があるんですかね?」
「さあな」
空からヴィオレに向かったバジルたちは、今頃どうしているだろう?
もしかして、空にもとんでもない怪物が配置されているのではないかと、ノゾムはぼんやりと思った。




