氷上の戦いⅡ
「『唐竹割り』!!」
シスカが斧槍を振るいながらスキルを使う。『唐竹割り』は、【木こり】のセカンドスキルである。まっすぐ直線的に斧を振り下ろすその技は、避けられることも多いけど、当たればたいていのモンスターを真っ二つに出来る。
リヴァイアサンはその『たいていのモンスター』には入っていないようだ。けっこうなダメージは入れられたと思うが、当然、倒すまでには至らない。
(そりゃそうか。こんな伝説級のモンスターが一撃でやられたら、つまんないもんね)
反撃とばかりに放たれる水弾をかわしながら、シスカは口角を持ち上げる。仲間たちが『ホーリーライト』や『ライトニング』で追撃するが、それらも決定打にはならない。
リヴァイアサンの尾が、凍った海を割る。よろけた隙に、水弾が腹に直撃した。HPが4分の1も減ってしまう。
「ナターシャ、『天恵』を張って! ケンマは『スモーク』で状態異常を!」
「コイツに効くかな!?」
「分からないけど、バフデバフをどんどん使っていかなきゃ、たぶんコイツは倒せないよ!」
割れた氷を『アイシクル』で補強する。『天恵』で守備力を上げたあとは、【シャーマン】の『祈祷』で他のステータスも上昇させる。
『祈祷』で上昇するステータスはランダムだが、使わないよりは断然いい。
「『神託』も常時使う! ヤバそうな攻撃が来そうな時はすぐに教えて!」
「今がそうですわ! 口から何か、ビームみたいなのが来ます!」
「なんじゃそりゃ!?」
リヴァイアサンの大きな口が開く。口の中に光の粒が凝縮されていく。発射されたレーザーは、分厚い氷を豆腐みたいに切り裂いた。後ろから来ていたプレイヤーたちが、その攻撃に巻き込まれて吹っ飛ばされる。
リヴァイアサンの首にぶら下がっているバカ4人は、風に煽られて「ぎゃあああ!」と叫んだ。
「『レビテーション』!」
海に落下したシスカを、仲間が魔法で浮かせて、氷の上に移動させてくれた。
びしょ濡れになった服はすぐに乾く。このゲームはリアルだけど、こういうところは妙に非現実的だ。濡れたままの格好でいるのは嫌なので、もちろん助かる。
エシュとかいう少年魔道士が現着する。エシュは巨大なリヴァイアサンを見上げて、情けなく下がる眉をきゅっと持ち上げた。
「『収縮』・『ライトニング』!!」
「ぎゃああああああああっ!!」
範囲を『収縮』したにしてはやたらと大きな電撃が、リヴァイアサンを襲う。『収縮』してこの規模とは。この少年の魔法攻撃力は、それだけ高いということだ。
リヴァイアサンの首にぶら下がっているジャックたちは、当然のようにその余波を受けていた。
「ちょ、ちょっとエシュくん!? ここに俺たちがいること、見えてる!?」
「あ、『バトルアリーナ』にいた兄ちゃん。そんなとこで何してるの?」
「見てのとおりピンチなの! 助けてー!」
ハンスにしがみつかれ、ジェイドにしがみつくジャックは、必死の形相で叫ぶ。エシュは「そんなことを言われても」と困った顔をした。
ぶんぶん首を振るリヴァイアサンのせいで、ぶんぶん振り回されているジャックたちを助けるのは、ちょっと難しそうだ。
ユズルがワイヤーを解除すればその状態からは解放されるだろうが……ユズルにそのつもりはなさそうで。
ユズルは自分の腰にしがみついているジェイドを見下ろした。
「ジェイド、この手を離せ!」
「はあ!? お前、俺たちを見捨てるつもりか!?」
「ハンスの『レビテーション』があるだろ!?」
ジェイドはハッとした。ジャックとハンスもハッとした。彼らは『レビテーション』のことをすっかり失念してしまっていた。
ユズルはなおも言った。
「俺は、試してみたいことがあるんだ!」
それが何なのかは分からない。だが、この状況でワイヤーを解除しないのは、そのためなのだろう。
ジェイドはじっとユズルを見つめて、「わかった」と頷いた。
「ジャック、ハンス、手を離すぞ。心の準備はいいか?」
「ああ、もちろんだ!」
「いつでもどうぞ!」
ジェイドが手を離す。ユズル以外の3人は、宙に投げ出された。ハンスが『レビテーション』を使う。ふわりと浮き上がった彼らは、すぐに氷の上に移動した。
残ったユズルはリヴァイアサンに振り回され、上下左右に体が揺れる。上に来た瞬間に、ワイヤーを解除。ユズルの体はリヴァイアサンの頭上に舞い上がった。
矢筒から3本、矢を取り出す。くるりと身を翻して、リヴァイアサンを見下ろす。3本の矢を、まとめて弓につがえた。
矢を放った。3本の矢は、まっすぐにリヴァイアサンのもとへ向かって落ちていく。その矢に向かってユズルは叫んだ。
「『増殖』!!」
使ったのは、珍しいスキルだ。たしか【薬師】のサードスキルだっけ、と思いながら、シスカは唖然と見上げた。
たった3本の矢が、何十倍にも膨れ上がる。
「雨のごとく降り注げ!!」
無数の矢に襲われたリヴァイアサンは堪らず悲鳴を上げた。ただでさえ矢は攻撃力が高いのに、これだけの量を放たれれば受けるダメージは計り知れない。
しかもユズルは、落下しながら再び矢筒から矢を取り出し、同じように『増殖』で増やす。
それが5回も続いた頃には、リヴァイアサンは青白い光となって消えていた。
伝説級のモンスターだ。しかも弓は、このゲームがリリースされた当初から、不遇だと言われてきた武器だ。その弓で。たった1人で。リヴァイアサンを倒してしまったユズルを、シスカは唖然と見つめた。
「弓こそ最強だ!!」
毎度お馴染みのその言葉を聞いて、「たしかにそうかも」と思ってしまったのは、これが初めてかもしれない。
【薬師】
毒草・薬草を問わず、10種類以上の草を採取したら転職可能になる。覚えるスキルは以下の3つ。
1:『薬剤の知識』使用する回復薬の効果がup
2:『スモーク』草を燻らせ、周囲に振り撒く。薬草なら回復、毒草なら状態異常。
3:『増殖』MPを消費して対象物を増やす。【薬師】が陥りがちな草不足を解消するために用意されたスキルで、ユズルのような使い方はちょっと想定されてない。