第一の関門、リヴァイアサン
『常闇の国ヴィオレ』へ行くには、海を越えなければならない。しかし、どうやら運営は、海を越えさせる気がないようである。
リヴァイアサンを倒そう、でほぼ意見が固まった参加者たちだったが、リヴァイアサンは海にいる。海岸付近まで来てくれるのなら、まだいい。しかしリヴァイアサンがいるのは、沖合いだ。……魔法も弓も届かない。
エシュという名前の、『バトルアリーナ』に出ていた少年魔道士が海面に向かって『ライトニング』を放つ。めちゃくちゃ巨大な雷撃はリヴァイアサンに届きはしなくても、普通は感電くらいするだろう。だがリヴァイアサンは、それも通じないようで。
しかも、どうやって攻撃を届かせようかと参加者たちが思考を巡らせている間も、リヴァイアサンは大人しく待っていてはくれない。
「ギィィィイイイイイイッ!!」
ガラスを爪で引っ掻いたような耳障りな鳴き声が響く。それと同時に海岸に現れたのは、海の怪物たちだ。
深海魚と人を合わせたような姿をした、三叉の鉾を持つサハギン。大きな触手をウネウネと動かす、イカだかタコだかの、巨大な怪物。
ぞろぞろと現れた怪物たちは、海岸に集まるプレイヤーたちに容赦なく襲いかかる。
「舐めるな!!」
しかしそこは、『竜の谷』を越え、アンディゴを渡って、ここまで辿り着いた者たちだ。弱いわけがない。
サハギンやタコたちは、次から次へと屠られていった。
「ギィィイイイイイイイッ!! ギィイイイイイイイイッ!!」
リヴァイアサンはなおも鳴く。うるさい。この声に合わせて、どんどんモンスターも増えてくる。倒せなくはないけど、とにかく数が多いのが厄介だ。
倒しても倒しても、減らないモンスター。その状況に最初にうんざりした声を漏らしたのは、『ラプターズ』のローゼだった。
「付き合ってらんないわ」
「そうだね」
セドラーシュがにっこりと笑って頷いた。
「僕たちは、お先にさせてもらおうか」
――それは、どういう意味だ??
サハギンの攻撃を避けながら、ノゾムは首をかしげて彼らを見た。ローゼとセドラーシュはメニュー画面を弄り、バジルはどこか不満げな顔をしている。ネルケがそんなバジルを必死になだめている。
やがて、2人のアイテムボックスから出てきたのは――
「さあ出番よ、グリちゃん」
「その名前はどうなんだろうね?」
大きなクチバシに、大きな翼。鳥の頭とライオンの胴体を持つ、幻の生き物――グリフォンだ。
ローゼとセドラーシュのアイテムボックスから、それぞれ1体ずつ出てきたそれに、周囲のプレイヤーたちは目をひん剥いた。
「なんだそいつら!? カッコイイな!?」
ラルドが思わずといった様子で叫ぶ。
ローゼはグリフォンに跨りながら、ふふんと笑った。
「そうでしょ、そうでしょ? こいつらをテイムするの、けっこう大変だったんだから」
「空を飛べる相棒がいると助かるかな〜って思ってね」
「本当にそうなるとは思わなかったけど」とグリフォンを撫でながら、セドラーシュも言った。
ローゼとセドラーシュ、それにネルケは、ノゾムたちと一緒に【テイマー】の転職条件を満たした。オランジュで一緒に行動していた時はテイムモンスターは連れていなかったので、きっとこのグリフォンたちはアンディゴでテイムしたモンスターなのだろう。
周りにいるプレイヤーたちはビックリしている。【テイマー】が比較的レアな職業である上に、グリフォンなんて生き物を仲間にしているのだから、そりゃあビックリだろう。
ジャックなんか、あんぐりと口を開けて『ラプターズ』を見ている。
「バジル、お前! 【テイマー】になれたのか!?」
ジャックは叫んだ。
「俺なんか、ぜんぜん転職条件を満たせないのに!?」
「うるせぇな!!」
バジルもまた、叫び返す。
なんだかちょっぴり涙声だ。
「オレだって、オレだけ【テイマー】になれてねぇんだよ!!」
ノゾムたちと一緒に【テイマー】の転職条件を満たしたのは、ネルケ、セドラーシュ、ローゼである。バジルだけは何故か満たすことが出来なかった。一緒にいたのにも関わらず。
くぅっと涙をのむバジルに、ジャックは何も言えなくなった。
ローゼの前にはネルケが乗る。ネルケは戦々恐々といった様子で、グリフォンの首にしがみついた。
バジルはセドラーシュの後ろに乗る。男泣きするバジルに、セドラーシュが「どこかで落としていこうかなー」と呟いたのを、ノゾムはとりあえず聞かなかったことにした。
グリフォンは大きく翼を広げ、軽い助走と共に大空へ舞う。あっという間にリヴァイアサンの遥か上だ。あれなら捕まることなく、ヴィオレに行けるだろう。
「いいなー。カッコイイなー!」
「ラルドのチャモスケはどうなのよ? ちょこちょこレベルは上げてたんでしょ?」
羨ましそうに2頭のグリフォンを見上げるラルドに、ナナミが問いかける。
「チャモスケがエカルラート山の怪鳥くらいに大きくなっていたら、私たちもああやって飛んでいけるんじゃないかしら?」
「残念ながらそこまで育ってねぇよ。うちのカイザー・フェニッチャモスケは今はまだ、ヒヨコから鷹になったくらいだな」
ヒヨコから鷹も、相当に育っているとは思うが。だがまあ、鷹じゃ乗るのは無理だな。
「ヒッポスベックはどうだ? あいつも鳥だろ?」
「確かに鳥だけど……脚力に特化した鳥だからなぁ。空は飛べないんじゃない? ベースはヒトコブラクダだろうし……」
ジョーヌでは大変お世話になったヒッポスベックたちだが、今の状況では頼れないと思う。
ノゾムはそう思ったのだが、オスカーはそうは思わなかったらしい。
「いや。いけるかもしれないぞ、ヒッポスベック」
「え?」
「まさか、あの脚力で海の上を走るのか?」
ラルドが頓珍漢なことを言い出す。「そんなのできるわけないでしょ」とナナミは呆れた顔で言った。オスカーは頷く。
「いくらなんでも、海の上を走るなんて不可能だ――なら、走れるようにしたらいい」
***
「どうすんだよジャック! バジルたちに先を越されたぞ!!」
巨大なタコを蹴り飛ばしながらジェイドが言う。ユズルはといえば、「俺にヨイチ並みの腕があれば、リヴァイアサンを射殺せたかもしれないのに!」と悔しそうに歯噛みしている。
ジェイドは意味が分からなかったようだが、ジャックは「さすが弓バカ、那須与一を知っているのか」と驚いた。那須与一は、弓の名手の代名詞とも言うべき人物である。
ジャックは口を尖らせた。
「俺もテイマーになりたかった」
「お前には無理だろ!」
「なんでだよ! 俺もなりたかった!」
【テイマー】の転職条件は、愛。モンスターに対して慈愛の心を持つこと、らしい。
モンスターとみれば真っ先に切り倒そうとするジャックには、どう考えても無理だろうと、ジェイドは言う。
「そんなことより、今はリヴァイアサンだろ! どうするんだよ!?」
「うーん、どうしようかなぁ」
ジャックは腕を組んで考える。
たぶん、方法はいろいろあるはずである。【テイマー】を習得していて、かつ空を飛べるモンスターを仲間にしていないと攻略不可なんて、そんなイベントにはさすがに運営もしていないだろう。
リヴァイアサンは、あくまで第一関門。
突破する方法は、シンプルなはずだ。
「……ん?」
ふとノゾムたちの様子が気になる。ノゾムたちは、アイテムボックスからヒッポスベックを取り出していた。
ヒトコブラクダと鳥が合体したような姿のヒッポスベックが、3体。ノゾムの後ろにはエレンが、ラルドの後ろにはオスカーが乗る。ナナミは1人乗りだ。
何をする気だろう? 砂漠の上なら軽やかに駆けるヒッポスベックも、こんな海岸では役に立つまい。空は飛べないし、海の上を走ることも出来ないし。
「……」
ジャックはちょっと考えて、やがてハッとしてジェイドたちを見た。
「小舟を確保するぞ!」
「は? なんで?」
「いいから急げ!」
ラルドの後ろにいるオスカーが杖を掲げる。ミスリルで出来たその杖は、魔法の力を帯びて淡く光っていた。
「『拡散』、『アイシクル』」
ミスリルによってパワーアップした冷気が、海面の広い範囲を覆う。冷気に触れた海面が凍りついた。ヒッポスベックたちがその上を走り出す。
道がないなら、作ればいい。
実にシンプルだ。ジャックは驚いた顔をしているジェイドたちの背中を押して、小舟に乗り込んだ。
凍りついた海面は、たぶん、ずっとこのままというわけではないだろう。
急がなきゃ。
「いいかハンス、思いっきり放て」
「えええ、本気かよシスコン兄ちゃん」
「その呼び方いい加減にやめろ」
せーの、の合図でハンスは『サイクロン』を放つ。リヴァイアサンに背を向け、海岸へと向かって。巻き込まれたサハギンたちが宙を舞ったが、今はどうでもいい。
風に煽られた小舟は、凍った海面の上を勢いよく滑った。