出来ることが増えると楽しくなる
カルディナルの大聖堂は、城のすぐ近くにある。金ピカに輝く扉の上には豪華な彫刻がされていて、中央には太陽と月を掲げた人、周囲には翼を生やした天使たちが描かれていた。
中央の人物が『天空神』とやらだろう。天空神を唯一絶対の神として崇めるのが『聖天教』という、この世界で最も信仰されている宗教なのらしい。
「厳しい戒律なんかは、なぁーんも無いけどな。教会がある場所にはモンスターが入ってこれない、って設定がある以上、『じゃあ何を祀っているの?』って疑問は当然出てくる」
ジャックが言うには、この『聖天教』とやらはあくまで辻褄合わせの宗教だそうだ。実際にはプレイヤーたちは、現実世界で自分たちが信仰している神様をそのまま信仰している。
「じゃあ、説法っていうのは……」
「なんかそれっぽいオリジナルの神話を延々と聞かされて、人には優しくしましょうとか、すごく当たり前なことを説かれる」
「うわぁ……」
聞いているだけで気が滅入りそうだ。ゲームのオリジナルの神話だなんて、好きな人は好きなんだろうけど……ノゾムにはさっぱり理解できない。ゲームの世界観というのは、意味不明なものばっかりだ。
ラルドはその苦行に耐えられているのだろうか。心配になりながら金ピカの扉を見ていると、ふいにその扉が重苦しい音を立てて開いた。
「あ、ラル……!?」
トレードマークの黄色い箒頭が萎びている。オレンジ色の瞳からはハイライトが消え、心なしか頬もげっそりと痩けているように見えた。
「ら、ラルド、大丈夫?」
「おお……ノゾムか……。迎えに来てくれたのか……」
ラルドは力なくノゾムを見る。そのついでに、ノゾムの隣に立つジャックの姿も目に入った。
「お、お前はイケメン男!」
「どうも。イケメンのメンって男って意味じゃないか?」
「んなこたどうでもいいんだよ! なんでここに、なんでノゾムと……はっ! まさかノゾム、ギルドに入るつもりなのか!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「……フッ、いいさ別に。オレは孤高の戦士……群れるのは御免だ……」
「話を聞け!」
勝手にショックを受けて、ぷるぷる震えて、無理やりカッコつけて去ろうとするラルドをノゾムは思わず一喝した。
ラルドは片目を覆っていた手をのけて、捨てられた子犬のような目でノゾムを見た。
孤高、孤高と言うけれど、ラルドは本当は寂しがりやなんじゃないかと思う。
「ジャックさんは俺のレベル上げに付き合ってくれてたんだよ。おかげで『罠作成』も覚えられたよ」
「そうなのか……。オレも無事に【僧侶】に転職できるようになったぜ。マジで心が折れるかと思ったけどな……ッ!」
オリジナルの神話ってどういうものだったんだろう。やつれた顔で、しかし「やりきった」とばかりに告げるラルドを見てノゾムはちょっぴり気になった。
「それじゃあエカルラート山に行くか。もうプレイ時間が少ないから、コーイチ探しは明日になるだろうけど」
「あ、その前にちょっといいかな?」
ノゾムはルージュの王のこと、そして王に出された無理難題のことを、ラルドに話した。
王の駄目上司っぷりに関しては、まあ置いといて。問題はモンスターを生け捕りにする方法である。
「モンスターをペットにしたいだなんて、あの人、頭がおかしいんじゃないかな」
「んー……」
ラルドは口元に手を当てて考え込む。何を思ったかメニュー画面を出して、メモの山を見つめた。
「モンスターをペットにする方法……ないわけじゃないんだよなぁ」
「ラルドも知っていたか」
ジャックが満足げに頷く。ノゾムは「え?」と目を丸めて、ラルドとジャックを交互に見た。
ラルドは少しだけ眉をひそめてジャックを見、続いてノゾムに目を向ける。
「【テイマー】っていう職業があるんだよ」
ラルドはそう言って、メモの一部をノゾムに見せた。
【テイマー】
魔物と心を通わせ、使役する者。
転職条件:愛
「愛……?」
転職条件が愛。愛って何。
ノゾムは困惑してラルドを見る。ラルドは神妙な顔をして頷いた。
「意味不明だろ? 【テイマー】になれた奴は少ないし、そいつらに転職条件の満たし方を聞いても『愛情』だの『優しさ』だの『慈しみの心』だの言ってて……わけ分かんなくてさ」
しかも何故かみんな、なんだか生暖かい目をしていたそうだ。なんだそれ。
「テイマーになれば……モンスターを生け捕りに出来るの?」
「そう。捕まえたモンスターは戦闘にも参加してもらえる。魔物使いってカッコイイよな〜」
ラルドはうっとりとして言う。モンスターを使役する自分を想像しているのだろう。
ジャックはウンウン頷いた。
「俺も、全職業を網羅するためには、避けて通れない職なんだよな。テイマーのことは俺がもう少し調べておくよ。ノゾムくんたちは予定どおり、エカルラート山に向かうといい」
「ジャックさん……」
「なんであんたが協力するんだよ」
ラルドが胡乱な顔をして言った。理由はよく分からないが、ジャックを警戒しているようだ。
ジャックはニヤリと口角を上げる。
「俺が好きでやっていることだ。気にするな」
「何それカッケェ!!」
まぶしそうに目をつぶるラルド。
ノゾムはもう放っておいていいかなと思った。
***
ガランスは、エカルラート山のふもとにひっそりと存在する小さな村だ。山と山の間から差し込むオレンジの陽の光に優しく照らされて、石造りの建物は長い影を伸ばしている。
綺麗な夕焼け空に目を細めていると、ラルドが「そういや」と思い出したように言った。
「これから夜になるんだな。今からってことは、えーっと……明日の昼くらいまでは、夜だな」
「なんで18時間ごとなんだろうね」
アルカンシエルの中の世界は、18時間ごとに昼夜が入れ替わる。電気がたくさんある世界ではないので、夜は真っ暗だが、夜にしか出会えないモンスターや、夜にしか採取できないアイテムなんかがあるらしい。
「松明とか買っておいたほうがいいかもな」
「アイテムボックスがまた圧迫されるね」
アイテムボックスに収納できるアイテムの数は、30個までだ。30種類ではない。30個。同じアイテムを複数持っていると、それだけ容量を圧迫する。
食べ物は『食料袋』というものに別に収納されているが……ノゾムの場合、矢がボックスの大半を占めている。背中の矢筒にはどんなに頑張っても20本しか入らないので、それ以上を持ちたかったらアイテムボックスに入れるしかないのだ。
ノゾムのボックスの中には回復薬が5個と、ルージュの地図。身代わり人形が3つ。そして矢が15本。
カルディナルの職人街で作った不格好なブローチは、ボックスには入れずに上着の裏につけている。
精霊水晶は攻撃力を上げる赤と防御力を上げる橙、幸運を上げる紫を1つずつ残して、あとは売った。
「『収納』を覚えれば、余裕はできるんだけどなぁ」
「収納って?」
「【錬金術師】のサードスキルだ。アイテムボックスの容量が無限になる」
「なにそれ便利」
アイテムを自分で作ったり、作ったアイテムに加護を付与したり。【錬金術師】というのはとにかくアイテム作成に特化した職業らしい。その熟練度を最高に高めると習得できる『収納』は、たぶん誰もが欲しがるスキルだ。
たいへん便利だけど、不器用なノゾムにはきっと【錬金術師】は向いていないだろう。
ガランスの小さな雑貨屋で松明を購入して、ノゾムとラルドは今日のプレイを終えることにした。
現実の世界へ戻ったノゾムは、まだ仕事から帰ってきていない母親に代わって夕食をつくり、宿題の続きをする。ゲームと現実を行ったり来たりする生活は、まだ1週間ほどしか経っていないけど、とても疲れた。
しかしレベルを上げて、スキルも覚えて、弓もだんだんと当たるようになってきて――。少しずつでも出来ることが増えてくると、だんだんと楽しくなってくる。
口元をわずかに緩めて、しかしすぐにそれが親父の目論見ではないかと気付き、慌てて首を振ってそれを無かったことにした。
ノートの上に走らせていたシャーペンを止めて、ノゾムはぼんやりと考える。
「弓、どうしようかなぁ……」
弓はトラブルを起こしがちである、というジャックの言葉が、胸にずっと引っかかっていた。