ラプターズといっしょ
「うわー、マジでワンコだー」と、エレンはノゾムの後ろからネルケを見る。全身がワンコなプレイヤーは珍しいらしい。そういえば確かに、ネルケのほかには見ないかもしれない。
ハンスのように、耳や尻尾だけを獣のそれにしたプレイヤーならたまに見かけるけれど。
「でも俺、プレイしたての頃にトカゲの姿をした人を見たことがあるよ。リザードマンっていうのかな?」
「ふぅん?」
相槌を打ったエレンは、なおもしげしげとネルケを見る。ノゾムの後ろに隠れながら。ノゾムは訝しげに眉を寄せてエレンを見た。
「ネルケは噛まないよ?」
「んな心配はしてねぇよ!? たださぁ、ほらさぁ、どういう人間かなんて、初見じゃ分かんねぇじゃん?」
「ネルケはいい子だよ。ていうか、人を盾にするのはやめろ。前に出ろ!」
「ひえええっ」
ノゾムはエレンの服をむんずと掴んで、自分の前に押し出そうとした。エレンは当然のようにそれを拒む。もみくちゃになる2人を見て、セドラーシュは口角を持ち上げた。
「面白い奴が仲間になったんだね」
「それ、本気で言ってます? 正気ですか?」
「うわぁ、真顔で言われちゃった」
もちろん、冗談だよ? とセドラーシュは笑顔で告げる。エレンは「コイツ性格悪そうだぞノゾム!!」とセドラーシュを指差しながら叫んだ。子泣きじじいのように背中に張り付いてくる。ノゾムは苛立った。
「セドラーシュさんは、毒舌が常備なだけだよ!」
「傷つくなぁ」
「事実でしょ?」
「……あれ!? なんでノゾムくんがここに!?」
ローゼの胸の中でわんわん泣いていたネルケは、ようやくノゾムに気付いたらしい。
ノゾムは苦笑いを返した。
「久しぶりだね、ネルケ。バジルさんが探してたよ?」
「えっ」
「ネルケを探すのを手伝ってくれたのよ」
ローゼの補足にネルケは目を見開く。
「そ、それは、大変な、ご迷惑を……」
「気にしないで。俺はほとんど何もしてないし」
「……ラルドくんと、ナナミちゃんは……?」
「連絡は入れたから、そろそろこっちに来るんじゃないかな」
噂をすれば何とやら。通りの向こうからこちらに向かってくる、黄色い箒頭が見えた。後ろにはナナミがいて、そのさらに後ろにバジルとオスカーの姿もある。
バジルはネルケのそばに来ると、すぐさまその太い腕でネルケを抱きしめた。
「どこに行ってたんだよおおおおおっ!!」
「ごめんなさいいいいいいっ!!」
ネルケを抱きしめながら、わんわん泣くバジル。必死に謝るネルケ。ローゼが呆れたように顔を歪めた。
「このやり取りにも飽きてきたわねぇ」
「ローゼだって、さっき同じことをしてたじゃないか」
「あたしはいいのよ」
セドラーシュの指摘にローゼはさらりと返す。「バジルは暑苦しいのよ」と続く言葉には、その場にいる全員が頷いた。バジルが「おい!!」と声を張り上げた。
「まあでも、無事で良かったぜ」
「ラルドくん……」
安堵の声を漏らすラルドに、ネルケは大きな瞳をうるうると潤ませる。
「ごめんね、ウチ、迷惑ばっかかけて……」
「気にすんな!」
ラルドはケラケラと笑って言った。軽い。ネルケはうつむいてしまった。その顔が赤いような気がするのは、気のせいだろうか。
「これは、まさか、そういうことなのか……?」
「そういうこと『かもしれない』のよ。今は見守ってなさい」
ヒソヒソと喋るエレンとローゼの会話も、ノゾムにはよく分からない。とにかくネルケが無事に見つかって良かった。それに尽きる。
「無駄に根性がついてきて、泣くまでの時間がどんどん伸びてるんだよね。さっさと泣いてくれたほうが、こっちとしては見つけやすいのに」
やれやれとため息をつくセドラーシュのぼやきは、とりあえず聞かなかったことにした。
***
さてさて、『魔王復活イベント』までは、あと1週間ある。イベント開始地点である『プールプル』へは、ここから結構近い。プールプルの手前にあるこの村に早めに集まったプレイヤーたちの目的は、主に情報収集だ。
「具体的なイベントの内容が分からないんだよね。『魔王が復活する』って、それだけでさ。そもそも魔王って何なんだよ」
「教会で聞いただろ? 世界を黒く染める者、だよ」
「神様は『わしが子供の頃に生み出してしまった』って言ってましたよ」
「ノゾムくんたち、神様に会ったと!?」
「モジャモジャで語尾が『じゃもん』の爺さんだったぜ!」
「なんだそれ……」
セレスト山の山頂にいるイエティを手助けすると、神様に会えることを教える。バジルたちは「神様なんてのもいるのかよ」と唖然とした。
魔王とは、神様が幼い時に生み出してしまった『黒』である。放っておくと世界を黒く染めてしまうため、封印せずにはいられなかったが、ずっと閉じ込めたままなのは可哀想だ。
そんなわけで神様は、あえて半年に1回くらいは封印が解けるようにしているらしい。
それを聞いたバジルたちはあんぐりと口を開けた。
「それなら何か? このイベントは、今後も半年に1回のペースでやるのか?」
「それは分からないですけど……」
その可能性はある。
「魔王と対峙したプレイヤーは【勇者】に転職できるようになるんだよな!」
「そういう話だったね。『倒す』が条件ではないのか……。今回のイベントで条件が満たせなくても、今後もチャンスがあるかもしれないね」
「今後もやるなら、そうなりますね」
たとえ今回【勇者】になれなくても、諦めなくていいということだ。ずいぶんと親切である。シプレやリラが提案したんだろうか。親父やミエルが決めたイベントなら、もっと鬼畜設定になっていると思う。
「魔王を倒したら、特別なご褒美を貰えたりするのかしら?」
超絶レアアイテムが手に入るのでは、と目をキラキラ輝かせるナナミ。セドラーシュは「その可能性もあるね」と笑みを浮かべた。
「何をするのかは分からないけど……イベント開始までは、まだ1週間ある。それまでレベル上げをするのはどうだい? このジャングルのモンスターは強いから、一緒にレベリングをすると効率がいいと思うんだけど……」
「いいですね」
「えー!?」
頷くノゾムの後ろで不満の声を上げるのはエレンだ。エレンはまだ『ラプターズ』の面々を警戒している。意外と人見知りをするたちなのかもしれない。
エレン以外はセドラーシュの案に賛成している。オスカーは同じ魔道士タイプのローゼと話し込んでいるし。
ノゾムは後ろでブーブー言うエレンがうるさいなと思ったけど、それを言う前にラルドが口を開いた。
「うちに有能な盾役が入ったから、戦闘は超楽だと思うぜ」
「えっ、そんな、超有能だなんて……そりゃ事実だけど!」
(めんどくさ……)
「よーし、オレが全員守ってやろうじゃないか!」と胸を張るエレンは、本当にチョロい奴である。