再会、再会
アンディゴの最北端にある『プールプル』は、小さな古びた教会と、ポツポツと民家があるだけの、寂れた村らしい。
お店は一応あるものの、品揃えが良いとはとてもじゃないが言えない。『魔王復活イベント』と同時に浮上する『常闇の国ヴィオレ』にもっとも近い村だというのに、魔王に挑む準備がまったく出来ない村なのだ。
そんなわけで、イベントに参加するプレイヤーたちは自然と、プールプルのひとつ手前にある『ミュール』にて戦いの準備をすることになる。
ミュールもまた小さな村なのだけど、武器やアイテムを売る行商人たちが露店を開いたりして、とても活気のある村だ。
……そんな村なので、まあ、知り合いに会う可能性もまったく無きにしもあらず。目の前にいる2人とは、出来れば会いたくなかったけれど。
「ひっどいなぁ。エレンが見つかったら教えてって頼んでたのに〜」
「……お前、コイツに連絡先を教えてなかっただろ」
「え〜? そうだっけ〜?」
似非爽やか男の指摘に、ピンクマリモは首をかしげる。この2人の名前は知らないし、今後も尋ねる気はない。
「気付いてたなら教えてよ〜」とピンクマリモは口を尖らせる。似非爽やか男はそっぽを向いた。こっちの男はエレンを嫌っているので、エレン発見の連絡なんか要らないと思っていたのだろう。
エレンはノゾムの後ろでガタガタ震えている。ノゾムは眉を寄せてエレンを見た。
「『盾』はエレンの役目じゃなかったっけ?」
「お、お、お、おうよ、モンスター相手なら任せろ。でも、コイツらは無理……!」
真っ青な顔で告げるエレンは、完全に怯えてしまっている。この2人との冒険はよほど恐ろしかったのだろう。後ろから蹴飛ばされるわ、肉壁呼ばわりされるわ、との話だったので、想像に難くない。
口を尖らせて拗ねたように相棒を睨んでいたピンクマリモは、ノゾムたちを振り返ると一転してにんまりと笑みを浮かべた。
「まあいいや〜。ここでこうして再会できたわけだし! 帰っておいで〜。エ、レ、ン!」
「ひえええええええっ!!!」
満面の笑顔なのにめちゃくちゃ怖いのは何故だろう。エレンはいっそう縮こまって、ノゾムの後ろに隠れた。ちょ、前に押し出すのやめろ。こっちだって怖いんだからな!?
似非爽やか男は険しい顔でこっちを睨んでいる。こっち来るな、戻ってくるな、さっさと断れと、その鋭い目は訴えていた。いや、エレンのためにも断ってあげたいけどね??
断ったら断ったで、このピンクマリモが何をするか分からない。もしかしたらハンマーで殴りかかってくるかもしれないし……。
(あれ? でも、この体はアバターだしな?)
殴られたところで、痛くも痒くもないではないか……と、ノゾムはようやく気付いた。
むしろ攻撃をして困るのはピンクマリモのほうだ。プレイヤーに危害を加えることは禁止されている。うっかりPKなどしようものなら、牢屋に入れられて、その国の刑罰を受けるはめになる。
(ヴィルヘルムはこの国でPKはしていなかったから、リラさんに見逃されてたけど……)
このピンクマリモがやらかした場合、さすがに見逃されることはあるまい。イベント前で忙しいらしいリラには申し訳ないけれど……。
「…………」
ノゾムはちらりとピンクマリモを見る。不気味に笑うピンクマリモは相変わらず怖い。だけど……覚悟は決まった。
「あの、申し訳ないんですけど」
「エレンはオレたちの仲間になったんだ。悪いが諦めてくれ!」
勇気を振り絞って口を開いたノゾムに重なるように、ラルドが告げた。ピンクマリモは目を丸める。
「えええええ〜!? なにそれ〜!?」
「いやぁ、コイツって意外と有能でさ」
「そんなこと知ってるし! 先に目を付けてたのはこっちだよ!? ひどくない〜!?」
「うん、マジでごめん」
でも今更手放せないんだ! とキッパリと告げるラルド。エレンが感激したような顔でラルドを見た。
オスカーが後ろでうんうん頷いている。
「そもそもエレンが逃げ出したくなるような扱いをしていたのは、そちらだろう? これだけ怯えているのがその証拠だ」
「うぐっ! それはコイツが、すぐ殴ったり蹴ったりするから……」
ピンクマリモはそう言って、似非爽やか男を指差す。似非爽やか男は眉間に深いしわを寄せた。
「そいつがウザいのが悪い」
「お前な〜!」
「テメェだって胡散臭い笑顔で脅したりしてただろうが」
「ええ〜? オイラ、そんなことしてないよ〜? 胡散臭いってひどくな〜い?」
いや、実際に胡散臭いし、怖い。
こわごわと見つめるノゾムたちに気付いて、ピンクマリモはがっくりとした。あれ、もしかして無意識だったんだろうか……。
怖がらせようという意図はなかったのかもしれない。
「そういうわけだから、おとなしく諦めてくれ」
オスカーはそう締めくくった。ピンクマリモはがっくりとしたまま、「オイラの肉壁くん……」と呟く。そういうこと言うから怖がられるんだってば。
肩を落としてトボトボと去っていくピンクマリモ。殴りかかってくるかもと思ったけど、そんなことはなかった。
似非爽やか男はそんなピンクマリモの背中を見て、ノゾムたちを見て、いまだに震えるエレンを見る。
「そんな奴を仲間にするなんて、物好きな連中だな」
「…………」
「ま、俺には関係ないか」
面倒を引き取ってくれて感謝すると、似非爽やか男はそう言って、ピンクマリモを追っていった。……とりあえず、これで問題は解決したと見ていいのだろうか?
エレンは2人の姿が見えなくなると、ノゾムの後ろから出てきてプンスカと頬を膨らませた。
「なんだよアイツ! オレのどこが面倒だっていうんだ!?」
「いや、そこに関しては異論ないけど」
「なんでだよ!?」
なんでも何もない。エレンの性格が面倒くさいことは、どう見ても明らかだ。ナナミとオスカーも頷いている。
ラルドは「そういうとこが面白いんだけどな」と笑っているけど。そんな物好きはラルドくらいのものである。
「俺を盾にするのもやめてくれないかな?」
「それはあれだ、アイツらにはトラウマがあって、仕方なく……。他のときにはちゃんとオレが盾になってやるから、気にするな!」
「気になるよ……」
本当に、どうしてくれよう。この男。
悶々と不満を募らせている、その時だった。
「お? そこにいるのは弓ヤローじゃねぇか!」
聞き覚えのある声に振り返る。そこにいたのは、獣の頭蓋骨を模したマスクを被った大男。
ノゾムとラルド、それからナナミは、目を見開いてその男を見た。
「バジルさん!」
「おっさんじゃないか! なんでここにいるんだ?」
「誰がおっさんだ!!」
オランジュで会って以来、久しぶりの再会となる。『ラプターズ』というギルドのリーダー、バジルだ。
ドシドシと近付いてくるバジルに、ビビったエレンは再びノゾムの後ろに隠れた。おい。さっきの言葉はどうした。
だがまあ、バジルもなかなかのコワモテなので、怯えてしまうのは仕方がない。そんなことより気になるのは、バジルの周りに他のメンバーがいないことだ。
「バジルさん、ネルケたちは?」
「そのことなんだがよ、ここでお前らと会えて良かった。手を貸してくれ!」
「……というと?」
なんだか嫌な予感がする。
「ネルケが迷子になっちまった!!」




