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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第5章 スポーツの国ブルーと密林の国アンディゴ
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悪童Ⅷ

《リラ〜!!》


 ポンッと軽やかな音が鳴って、巨大な人面樹が消える。人面樹がいた場所に代わりに現れたのは、小さな女の子だ。長い緑色の髪に、体に白い布を巻き付けた……中世ローマ人みたいな格好をしている、10歳くらいの女の子。


 女の子は大粒の涙をこぼしながらリラに飛びつく。リラはそんな女の子を優しく受け止めた。


「おお、よしよし。私が来たからにはもう大丈夫だぞ、ドリアード」


 そうじゃないかとは思っていたが、女の子の正体はドリアードだった。「こっちの姿はちゃんとドリアードっぽい」とラルドが言っている。


 あの人面樹の姿は、戦闘用というか、なんというか。そんな感じのものだったのだろう。その前の緑色の雪だるまみたいな姿が何だったのかは、よく分からないけれど。


《この人間たちが、アトラスを虐めるの〜!》

「はっ!」


 人間たち(・・)……やっぱりドリアードは、ノゾムたちもヴィルヘルムの仲間だと思っている!


 リラの紫紺の瞳がノゾムたちに向いた。なんとなく冷たい印象を受けるその眼差しに、ノゾムはダラダラと冷や汗を掻いた。


「いや、あの、違うんです。俺たちはその、アトラスに危害を加えるつもりじゃ……」

「オレは戦いたかったけどな!」

「ラルドは黙ってようか?」


 正直すぎるラルドにノゾムは思わずツッコミを入れる。ラルドは唇を尖らせた。


 ノゾムは口元を引き攣らせながら、なおも言い訳を口にする。


「アトラスを攻撃したのも、俺たちをここに連れて来たのも、そこにいる人なんです!」


 ノゾムがビシリと指差すのは、当然ヴィルヘルムである。ただの言い訳だ。ただの、往生際が悪い言い訳。巻き込まれただけだなんて、信じてもらえるはずがないし、実際にこちらを睨んでいるドリアードは信じていない。


 ノゾムに指をさされているヴィルヘルムはといえば、リラを見て顔を歪めている。「面倒なのが来た……」って、リラのことを知っているのだろうか?


 リラはちらりとヴィルヘルムを見て、ノゾムを見て、口元に微かな笑みを浮かべた。


「そう心配するな。そこの男が周囲を巻き込まずにおれない性質(たち)であることは知っている」

「え……?」

「他のプレイヤーたちからも、しょっちゅうクレームが入っているからな……。おい、ヴィルヘルム。お前はまた牢屋に入りたいのか?」


 リラの問いかけにヴィルヘルムは肩をすくめる。


「冗談だろ、『イベント』も近いっていうのに。そもそも捕まるならアンディゴよりオランジュがいい。バトルアリーナは楽しいからな」


 オランジュのバトルアリーナも、一応は罰のはずなのだけど。ヴィルヘルムにとっては、ぜんぜん罰になっていないらしい。フォイーユモルトはすぐにでも罰則を別のものに変えるべきだ。


 リラは眉間にしわを寄せる。


「だったら大人しくしろ」

「この国でPKはしてないけど?」

「他のプレイヤーに迷惑をかけるな」

「俺は楽しみたいだけなのにー」


 口を尖らせてブーブー言うヴィルヘルム。まるで子供だ。そして、何度でも言うが、楽しんでいるのはお前だけだ。


 リラはドリアードの頭を優しく撫でる。泣いていたドリアードは、気持ちよさそうに目を細めた。まるで母子か、歳の離れた姉妹のようである。


 もしかしてリラは【精霊術師】だったりするのだろうか。伝説の生き物と戦いたいと言っていたが、戦いたいだけではなかったりもするのだろうか。


 リラは再びヴィルヘルムを見る。


「楽しみたいのは他のプレイヤーたちだって同じだ。自分の楽しみだけを優先させてはいけない」

「ぐぅ……。このゲームは兄ちゃんが作ったのに」


 ――兄ちゃん?


「それを言うなら、そこにいるノゾムだって同じだ。そいつは光一の息子だからな」

「は!? そうなのか!?」


 ヴィルヘルムはギョッとした顔をしてノゾムを振り返った。びくりと肩を震わせたノゾムは、こわごわと頷く。え、なんでこいつが親父のこと知ってるの??


 疑問が脳内を埋め尽くすが、誰も答えを与えてはくれない。ヴィルヘルムは眉間にしわを寄せて、ジロジロとノゾムを見た。


「お前も『イベント』に参加するのか?」

「えっと……イベントって……」

「『魔王イベント』だ」


 ああ、それか。オランジュにいたヴィルヘルムがアンディゴにいるのは、そのイベントに参加するためなのだろう。


 イベントが開催するまで、残り1週間を切っている。今から牢に入れられてしまうのは、ヴィルヘルムもさすがに勘弁したいのだろう。


 リラとヴィルヘルムの会話の一部が、ようやく理解できてきた。……『兄ちゃん』については、まだ謎のままだけど。


「ええと、まあ、そうですね。イベントに参加するために、この国に来ました」

「ふうん?」


 ヴィルヘルムの目が、猫のように細くなる。口元がゆるりと弧を描いた。


「果たしてお前に辿り着けるかな(・・・・・・・)?」

「え……?」


 どういう意味だろうか。


 首をかしげるノゾムに、しかしヴィルヘルムは答えてくれない。彼は愉しそうに笑むだけだ。


 リラが大きなため息を吐いた。


「それはお前もだろうが。これ以上クレームが入るなら、本当に牢屋に入れるぞ。イベント期間中だろうがお構いなく、な」

「ちょ、それはマジで勘弁!」

「だったら大人しくしていろ」


 ヴィルヘルムはまたしてもブーブーと口を尖らす。そんなヴィルヘルムを仕方なさそうに見るリラは、本当に母親のようだった。

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