悪童Ⅶ
くるくると、男たちが宙を舞う。高く高く、どこまでも高く。大きな螺旋を描きながら、飛んでいく。
《シルフ! やめなさい!》
大きな体を揺らしながらドリアードが叫ぶ。愚かな人間に対する時の、高圧的なものではない。いつもの口調だ。体が揺れるたびに、木の葉がざわざわと揺れて、落ちていった。
シルフは唇を尖らせる。幼い子供の顔が、不貞腐れたように歪んだ。
《だって、オイラのことバカにするんだもん! オイラの力はまだまだこんなもんじゃないって、見せてやる!》
《このままじゃアトラスに近付いてしまいます!》
《あっ》
くるくると螺旋を描きながら舞い上がる男たちは、すでにアトラスの膝小僧よりも上にいる。もう少しで腰に届きそうだ。
「ハハハハハ!! 計算どおり!!」
そしてそれは、ヴィルヘルムの目論見どおりの結果だった。
アトラスはとにかく大きい。足元でどんなに頑張ったって、平伏させるのは難しいだろう。
だが、空に飛びさえすれば。
「このままアトラスの顔を拝んでやるぜ――って、うおおっ!?」
螺旋を描く風がぴたりと止んだ。むろん、シルフが止めたのだ。シルフもこのジャングルに生まれた精霊だ。人間にアトラスを攻撃されることを望んじゃいない。
風が止んだということは、空に舞っていたものは、もちろん落下を始めるということである。
「――『レビテーション』!!」
ラルドはとっさに叫んだ。【魔道士】のセカンドスキル『中級魔法』のひとつ。浮遊魔法だ。ヴィルヘルムは「おおっ!」と叫んだ。
「お前、レビテーションが使えるのか! よっしゃこれで……俺だけ止まってねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」
「あ、悪い。とっさだったから味方識別付けてねぇや」
ラルドのマーキングがあらかじめ付いてあったノゾムとエレンは、ラルドと共にぴたりと空中に留まっている。
だが、もともと仲間でも何でもないヴィルヘルムに、マーキングが付いているはずがなく。ヴィルヘルムは悲鳴を上げながら真っ逆さまに落ちていった。
頭から落ちたみたいだけど……。まあ大丈夫だろう。何せこの体はアバターだし。
「ぶわっはっはっは!! いい気味だぜクソ野郎!!」
エレンは腹を抱えて笑う。ノゾムは苦笑した。何はともあれ、これで助かった。ドリアードの蔦からも逃げられたし、ヴィルヘルムからも離れられたし……。
「このままナナミさんたちのところに戻ろうよ」
「そうだな。ビビリのリオンも放っておけねぇしな」
アイツはオレが守ってやらねば、とエレンは謎の使命感に満ちている。少し前まで抱いていた悪感情はすっかりなくなってしまったようで、何よりだ。
ノゾムとエレンが「戻ろう」と意見を一致させているその隣で、ラルドは無言のまま、人差し指をちょんちょんと合わせていた。
何か言いたくて仕方ない、けれどもなかなか言い出せない、といった顔だ。
ノゾムは嫌な予感を覚えながらも、「どうしたの?」と問いかけた。
「オレ、アトラスの顔が見たい」
――そう言うだろうと思った。
「はあ!? テメェ、正気かよ!?」
「ダメだよラルド。さっきのドリアードを見たでしょ? アトラスに喧嘩を売るってことは、精霊を敵に回すってことなんだよ……。それにレビテーションって、消費MPがめちゃくちゃ多いんじゃなかったっけ?」
「おう、浮かせる人数✕時間で消費されるんだ。【商人】の『節約』のおかげで減る量は少なくなってるけど、MPは今もじゃんじゃん減ってるぜ」
「だったら……」
「だから“戦いたい”とまでは言わねぇよ! 顔を見るだけ! チラッとでいいから!」
ノゾムたちだって気になるだろ? とラルドは言う。確かに、気にならないわけじゃない。アトラスの顔は、今も雲に隠れたままだ。
じぃっと見つめてくるラルドに、ため息をつく。ラルドが言い出したら聞かないことは知っている。チラッと見たらすぐに戻るんだよ、と約束して、一同はさらに上空へ移動した。
途中でラルドのMPが尽きて真っ逆さまに落ちるはめになったけど、アトラスの顔はばっちりと見ることができた。
***
「いやぁ、すごかったね〜」
「あれがアトラスか〜」
「あっちのほうがマジで“神様”って感じだったな」
「ズルいぞお前らーーーーッ!!」
地面に落ちたあとで、見てきた顔について語り合うノゾムたちに、ヴィルヘルムは叫んだ。
地団駄を踏む様子は、さながら小さな子供のようだ。見た目は大柄な男なのだけど。
「俺だって見たかったのに! おい、そこの箒頭! レビテーションを使って、俺を上空まで連れていけ!」
「え、いや無理。MP残ってねぇし。そもそもオレのMPじゃ、あんなところまで飛べねぇよ。途中までシルフに飛ばされてたから行けたんだよ」
「ぐっ……。だったらシルフ! 俺をもう一度飛ばせ!!」
《嫌だよ〜、あっかんべー!》
シルフはベーッと舌を出すと、そのままジャングルの奥へ飛んでいってしまった。とてもじゃないが『仲良くなった』とは言えない。【精霊術師】になるのは、やはり難しいようである。
ヴィルヘルムは「くっそー!」と叫んで、髪をぐちゃぐちゃに掻き回した。いつも飄々と露悪な態度を見せているのに、珍しい態度だ。
ドリアードは木の葉をざわざわと揺らしながら、そんなヴィルヘルムを見下ろした。そうだ、シルフがいなくなっても、まだこの精霊がいた。
まだ怒りは収まらないのだろうか……。
「ああ、いたいた」
そこへやって来たのは、スミレ色の髪を持つ、背の高い女性。
アンディゴの女王、リラだ。