悪童Ⅵ
「契約成立って……」
「まさか【精霊術師】に!?」
思わずといった様子でラルドが叫ぶ。シルフの「契約成立だ」という言葉で、転職条件が満たされたのかもと思ってしまったのだろう。
ノゾムの目の前に《【精霊術師】に転職できるようになりました》という文字は出てこない。ラルドも、エレンもそうみたいだ。
【精霊術師】の転職条件は『精霊と仲良くなること』……シルフの言う「契約」とは関係がないのだろう。ラルドはあからさまにガッカリした。
だが、ドリアードを怒らせ、蔦の牢に囚われ、絶対絶命のこの状況で、シルフに協力してもらえるのは大きい。もちろん魔法で燃やすなり、剣で叩き切ったりすれば、牢から抜け出すことはできるだろうが……ドリアードをさらに怒らせる事態になることは、正直言って避けたかった。
《それじゃあとりあえず、そこから出してあげるね〜》
シルフはそう言ってくるくる回る。まるで軽やかなダンスを踊っているみたいだ。両手を広げて、手のひらには黄緑色の光が集まる。
《いっけぇ〜!》
間延びした声と共に放たれたのは、……爆風だった。突如として巨大な台風が直撃したかのような感覚。風圧に押されて蔦の牢は壊れる。
ノゾムたちの体は宙に舞った。
「うわあああああああっ!!?」
「なんだこれえええええええっ!!」
「うはははは! おもしれー!!」
楽しんでいるのはラルドだけである。ノゾムとエレンは絶叫した。一緒に飛ばされているヴィルヘルムは、目を丸めて固まっている。
なんて風だ。オスカーの放つ『サイクロン』を味方識別を付けずに受けたら、こんな感じになるだろうか。
イエティの放つ『とっぷう』よりもすごい。ぐるぐると渦巻く巨大な竜巻から逃れられず、ノゾムたちは空中をぐるぐる回る。
《あはははは! ぐるぐる〜!》
《ちょ、ちょっとシルフ、やりすぎですよ!》
怒っていたはずのドリアードも引いている。枝を上下させてアワアワするドリアードに、シルフは可愛らしく首をかしげた。
《どうして? 面白いものを見せてくれるって言ったの、彼らだよ?》
シルフはそう言ってクスクス笑う。……もしかして、シルフも怒っていたんだろうか。アトラスを傷つけようとした、人間たちに対して。
傷つけようとしたのはヴィルヘルムだけなのにな〜と理不尽に感じつつシルフを見て、ノゾムはすぐに「違う」と悟った。
ニコニコと笑うシルフからは、怒りも嫌悪も感じない。むしろ、新しい玩具を手に入れた子供のようである。
ノゾムは口元を引き攣らせ、共に宙を舞っているラルドに問いかけた。
「シルフって、他のゲームじゃどういう性格なの?」
「ん? そうだなぁ……。よくあるのは、『悪戯好きな子供』かな」
なるほど。まさにあのシルフはそんな感じである。ケタケタと笑い転げる様子は、まさに悪童だ。
「冷静に言ってる場合かよ! どうするんだよ、この状況!」
同じく共に宙を舞っているエレンが泣きそうな顔をして叫ぶ。
確かに、どうしよう、この状況。
「さすがのヴィルヘルムもビビってるみたいだしよ〜! 見ろよ、あのムッツリ顔! 意外と高いところが苦手だったりして? ざまぁみやがれだぜクソ野郎!!」
「エレン……」
そんなことを言っている場合でもないだろうに……。
しかし黙り込んだままのヴィルヘルムは気になる。まさか、本当に高所恐怖症なのだろうか。ちょっぴり心配に思っていると、ヴィルヘルムはちらりと空を見上げ、それからシルフに目を落とした。
その口元が、ニヤリと動く。
「おいおい、こんなものかよ? 風の精霊ってのは大したことねぇな!」
《はあ!?》
「こんな弱い風……ふぁぁ、欠伸が出るぜ」
なんか急にディスり始めたヴィルヘルム。ノゾムたちはギョッとした。シルフは先程までの楽しそうな顔から一転、ぷっくりと頬を膨らませてヴィルヘルムを睨む。
《オイラの風が弱いだって?》
「ああ、弱い弱い。こんなの、そよ風レベルだぜ」
何を言う。大人の男を4人も、軽々と吹き飛ばすほどの風だぞ? そよ風レベルなわけがない。
体がアバターだから余裕があるだけで、現実でこんな竜巻に巻き込まれたら恐怖以外何も感じないだろう。
ヴィルヘルムは嘲るようにシルフを見下ろす。
「まさか、これが全力ってわけじゃないだろ? 風の精霊さん」
《……当たり前だろ! オイラの全力を見せてやる!》
「え、ちょっ!?」
風力が増す。竜巻がより巨大なものに変化した。ノゾムたちの体はそれに伴って、さらなる上空へ飛んでいく。
ヴィルヘルムが何を考えているのか分からないが、ノゾムは全力で叫びたかった。
「他人を巻き込むなぁぁぁぁッ!!」