赤の国の王様
塔がいくつも並ぶ巨大な朱色のお城。当然のように高い壁に囲まれていて、門の前には兵士が2人。職務を忠実に全うする2人は、近付いてくるノゾムたちに気付くと厳しい目を向けた。
「止まれ。この城は立ち入り禁止だ」
兵士たちの持つ槍がクロスする。ノリノリだ。真剣な顔は、まさに兵士そのもの。
好きで役割を演じているのか、上からの命令で仕方なくやっているのか……それは分からない。けれどもゲームの中とはいえ、門の前にずっと立ちっぱなしというのは辛いだろう。
ノゾムは思わず頭を下げた。
「お仕事、お疲れさまです!」
「……? お、おう」
「ありがとう……?」
唐突に労いの言葉をかけられた兵士たちは戸惑いの声を漏らす。
ジャックは口元を押さえてぷるぷる震えた。
「……えー、ごほん。俺たち、王様にお願いしたいことがあって来たんですよね」
「王に願いだと?」
「駄目だ。陛下はとてもお忙しいんだ」
すげなく断られた。
そりゃそうだ、とノゾムは頷いた。
『王様』はこのゲームの管理・運営を担う責任者だという。そんな人が暇を持て余しているわけがない。
具体的にどんな仕事をしているのかイメージは浮かばないが、きっと文字通り忙殺されているのだろう。
「そんなこと言わずにお願いしますよ。人助けだと思ってさ」
「駄目だと言っているだろう!」
ジャックはなおも食い下がるが、門兵は取り付く島もない。業務の邪魔をするのはノゾムも本意ではないので、ジャックを止めようと口を開いた。
その時だ。
「さっきから人の家の前で何を騒いでるんだ、お前たち」
後ろから呆れ果てたと言わんばかりに、そんなセリフが飛んできた。
癖のついた赤く長い髪を、後ろで束ねた男だ。肩の上に、リスのような生き物を乗せている。
小首をかしげるリスはとても愛らしいが、男は愛らしいとはとても言えない風貌だ。
炎のような真っ赤な目。目尻の尖った三白眼は、見る者すべてに威圧感を与える。背はノゾムと同じくらいか。すらりと痩せた男だ。
「あ……」
兵士たちは目を見開いて、ぷるぷると男を指差した。
「「あんた何やってんだああああああああ!!?」」
兵士たちの声がハモった。
何、とは。ノゾムとジャックは怪訝に思いつつ男を見る。
男はさらりと言った。
「ちょっとレベルを上げに」
「いや仕事しろよ! いつ城を出たんだよ!?」
「1時間くらい前かな。この城を設計したのは俺だぞ? もちろん隠し通路も作ってる」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!」
役作りはどこへやら。恐らく素で叫んでいるのだろう兵士たちに、ノゾムはポカンとした。
ジャックは「へぇ」とつぶやいて笑みを浮かべる。
何か面白いことに気付いたのだろうか。
「俺たちがこのゲームの開発に関わったのは自分がこういうゲームで遊びたかったからだぞ? そりゃあ遊ぶだろ」
「俺たちだって遊びたいです!!」
「じゃあ遊んでくれば?」
「簡単に言うなあああああああああ!!」
(あ、この人、上司になっちゃいけないタイプの人だ)
ノゾムは兵士たちを憐れに思った。
赤髪の男は面倒くさそうな顔で兵士たちから目をそらして、ようやく気がついたようにノゾムたちを見る。
「お前たちは誰だ?」
「……えっと……」
なんて説明しよう?
正直に事情を説明するか?
でもこんな明らかな駄目上司に頼んだところで、王様に会わせてくれるとは思えない。
「あなたにお願いがあって来たんですよ、アガト様」
ジャックが言った。
ノゾムはあんぐりと口を開けてジャックを見る。
アガト様?
「アガト様って、確か……」
レイナの言葉を思い出す。
この国、『はじまりの国ルージュ』の王様。
ルージュを担当する運営の責任者。
赤髪の男を見る。真面目に門番をする兵士たちを放って、遊びに行ってしまう駄目上司。
「こ、この人が王様なんですか!?」
指をさして叫ぶノゾムに、ルージュの王アガトは顔をしかめて「人を指差すな」と常識ぶって言った。
常識人なら仕事を放り出すなと言いたい。
「いかにも。俺がアガトだが……願い? なんだ?」
「実はこの少年が父親を探していまして」
「何それ面倒くさそう。パスで」
アガトはキッパリと言った。パスって何だ。
あまりにもあっさりと断られて、さすがのジャックも固まってしまっている。
「……いや、そんな薄情な! 話くらい聞いてくださいよ!」
「ええー? 俺さまちょー忙しいしぃ」
「さっきまで遊んでたんでしょうが!」
ぶーぶーと口を尖らせるアガトはまるで駄々をこねる子供だ。こんなのが王様でこの国は大丈夫なのか。ゲームだから大丈夫なのか。
兵士たちは2人そろって引きつった顔を浮かべている。本当に、こんなのが上司だなんて心の底から同情する。
「そこをなんとか頼みますよ!」
「……んー。そうだなぁ」
アガトは面倒くさそうに頭を掻いた。
炎のような色の目が、一瞬だけノゾムに向く。
「……俺の頼みを聞いてくれたらいいぜ」
「交換条件ってわけか。分かった、何を頼みたいんだ?」
アガトの提案にジャックはニヤリと口角を上げて首肯する。
ノゾムはなんだか嫌な予感がした。
父親に勧められてRPGもいくつかプレイしたことがあるが、『王様の頼み』なんてものは、どれもろくでもないものばかりだったからだ。
アガトは「エヘン」と咳払いをする。
「クルヴェットの森に狼の姿をしたモンスターがいることは知っているな? その中に、極まれに赤い毛並みのやつがいる」
……クルヴェットの森といえば、ラルドに初めて会った場所だ。あの場所には狼が群れをつくって生息しているが、そのほとんどが黒い毛並みだった。赤い狼なんて見たことない。
「色違いのモンスターか。そいつを倒せばいいのか? それとも、そいつが落とすアイテムが目的か?」
ドロップアイテムが目的だとすると、ちょっと苦労しそうだ。なにせこのゲームは、モンスターのアイテムドロップ率がとんでもなく低い。
しかしそんな心配をよそに、アガトは首を横に振った。
「倒すんじゃない。捕まえて欲しいのさ」
「へ?」
「生け捕りだよ。ペットに欲しいんだけど、なかなか出現しなくてなぁ。まあ、確率を設定したのは俺なんだけど」
生け捕りって、え?
モンスターって、捕まえることが出来るの?
ノゾムには初耳だ。
「えげつねぇ……」
「無理難題ふっかけて追い払おうって魂胆だぜ、これ」
兵士たちは顔を寄せ合ってコソコソと言い合う。
「何を言う」とアガトは腕を組んだ。
「もともとゲームの王様ってのは、理不尽な存在なんだぜ」
無理難題であることは否定しない。あんまりだ。ノゾムは思わず文句を言おうとしたが、ジャックに止められてしまった。
「……分かりました。必ず捕えてきます」
そう言ってくるりと踵を返すジャック。アガトは「頑張れよ〜」と適当な声援を送って、城の中へと入っていった。
なんていい加減な人なんだ。
ノゾムは腹が立った。
「ジャックさん……」
「心配するな。難しい課題だが、手はあるさ。それよりラルドを迎えに行こうぜ。そろそろ、説法も終わる時間だ」




