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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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赤の国の王様

 塔がいくつも並ぶ巨大な朱色のお城。当然のように高い壁に囲まれていて、門の前には兵士が2人。職務を忠実に全うする2人は、近付いてくるノゾムたちに気付くと厳しい目を向けた。


「止まれ。この城は立ち入り禁止だ」


 兵士たちの持つ槍がクロスする。ノリノリだ。真剣な顔は、まさに兵士そのもの。


 好きで役割を演じているのか、上からの命令で仕方なくやっているのか……それは分からない。けれどもゲームの中とはいえ、門の前にずっと立ちっぱなしというのは辛いだろう。

 ノゾムは思わず頭を下げた。


「お仕事、お疲れさまです!」

「……? お、おう」

「ありがとう……?」


 唐突に労いの言葉をかけられた兵士たちは戸惑いの声を漏らす。

 ジャックは口元を押さえてぷるぷる震えた。


「……えー、ごほん。俺たち、王様にお願いしたいことがあって来たんですよね」

「王に願いだと?」

「駄目だ。陛下はとてもお忙しいんだ」


 すげなく断られた。

 そりゃそうだ、とノゾムは頷いた。


 『王様』はこのゲームの管理・運営を担う責任者だという。そんな人が暇を持て余しているわけがない。


 具体的にどんな仕事をしているのかイメージは浮かばないが、きっと文字通り忙殺されているのだろう。


「そんなこと言わずにお願いしますよ。人助けだと思ってさ」

「駄目だと言っているだろう!」


 ジャックはなおも食い下がるが、門兵は取り付く島もない。業務の邪魔をするのはノゾムも本意ではないので、ジャックを止めようと口を開いた。


 その時だ。



「さっきから人の家の前で何を騒いでるんだ、お前たち」



 後ろから呆れ果てたと言わんばかりに、そんなセリフが飛んできた。


 癖のついた赤く長い髪を、後ろで束ねた男だ。肩の上に、リスのような生き物を乗せている。

 小首をかしげるリスはとても愛らしいが、男は愛らしいとはとても言えない風貌だ。


 炎のような真っ赤な目。目尻の尖った三白眼は、見る者すべてに威圧感を与える。背はノゾムと同じくらいか。すらりと痩せた男だ。


「あ……」


 兵士たちは目を見開いて、ぷるぷると男を指差した。



「「あんた何やってんだああああああああ!!?」」



 兵士たちの声がハモった。


 何、とは。ノゾムとジャックは怪訝に思いつつ男を見る。

 男はさらりと言った。


「ちょっとレベルを上げに」

「いや仕事しろよ! いつ城を出たんだよ!?」

「1時間くらい前かな。この城を設計したのは俺だぞ? もちろん隠し通路も作ってる」

「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!!」


 役作りはどこへやら。恐らく素で叫んでいるのだろう兵士たちに、ノゾムはポカンとした。


 ジャックは「へぇ」とつぶやいて笑みを浮かべる。

 何か面白いことに気付いたのだろうか。


俺たち(・・・)がこのゲームの開発に関わったのは自分が(・・・)こういうゲームで遊びたかったからだぞ? そりゃあ遊ぶだろ」

「俺たちだって遊びたいです!!」

「じゃあ遊んでくれば?」

「簡単に言うなあああああああああ!!」


(あ、この人、上司になっちゃいけないタイプの人だ)


 ノゾムは兵士たちを憐れに思った。

 赤髪の男は面倒くさそうな顔で兵士たちから目をそらして、ようやく気がついたようにノゾムたちを見る。


「お前たちは誰だ?」

「……えっと……」


 なんて説明しよう?

 正直に事情を説明するか?


 でもこんな明らかな駄目上司に頼んだところで、王様に会わせてくれるとは思えない。


「あなたにお願いがあって来たんですよ、アガト様」


 ジャックが言った。

 ノゾムはあんぐりと口を開けてジャックを見る。


 アガト様(・・・・)


「アガト様って、確か……」


 レイナの言葉を思い出す。

 この国、『はじまりの国ルージュ』の王様。

 ルージュを担当する運営の責任者。


 赤髪の男を見る。真面目に門番をする兵士たちを放って、遊び(レベル上げ)に行ってしまう駄目上司。


「こ、この人が王様なんですか!?」


 指をさして叫ぶノゾムに、ルージュの王アガトは顔をしかめて「人を指差すな」と常識ぶって言った。


 常識人なら仕事を放り出すなと言いたい。


「いかにも。俺がアガトだが……願い? なんだ?」

「実はこの少年が父親を探していまして」

「何それ面倒くさそう。パスで」


 アガトはキッパリと言った。パスって何だ。

 あまりにもあっさりと断られて、さすがのジャックも固まってしまっている。


「……いや、そんな薄情な! 話くらい聞いてくださいよ!」

「ええー? 俺さまちょー忙しいしぃ」

「さっきまで遊んでたんでしょうが!」


 ぶーぶーと口を尖らせるアガトはまるで駄々をこねる子供だ。こんなのが王様でこの国は大丈夫なのか。ゲームだから大丈夫なのか。


 兵士たちは2人そろって引きつった顔を浮かべている。本当に、こんなのが上司だなんて心の底から同情する。


「そこをなんとか頼みますよ!」

「……んー。そうだなぁ」


 アガトは面倒くさそうに頭を掻いた。

 炎のような色の目が、一瞬だけノゾムに向く。


「……俺の頼みを聞いてくれたらいいぜ」

「交換条件ってわけか。分かった、何を頼みたいんだ?」


 アガトの提案にジャックはニヤリと口角を上げて首肯する。

 ノゾムはなんだか嫌な予感がした。


 父親に勧められてRPGもいくつかプレイしたことがあるが、『王様の頼み』なんてものは、どれもろくでもないものばかりだったからだ。


 アガトは「エヘン」と咳払いをする。


「クルヴェットの森に狼の姿をしたモンスターがいることは知っているな? その中に、極まれに赤い毛並みのやつがいる」


 ……クルヴェットの森といえば、ラルドに初めて会った場所だ。あの場所には狼が群れをつくって生息しているが、そのほとんどが黒い毛並みだった。赤い狼なんて見たことない。


「色違いのモンスターか。そいつを倒せばいいのか? それとも、そいつが落とすアイテムが目的か?」


 ドロップアイテムが目的だとすると、ちょっと苦労しそうだ。なにせこのゲームは、モンスターのアイテムドロップ率がとんでもなく低い。


 しかしそんな心配をよそに、アガトは首を横に振った。


「倒すんじゃない。捕まえて欲しい(・・・・・・・)のさ」

「へ?」

「生け捕りだよ。ペットに欲しいんだけど、なかなか出現しなくてなぁ。まあ、確率を設定したのは俺なんだけど」


 生け捕りって、え?

 モンスターって、捕まえることが出来るの?


 ノゾムには初耳だ。


「えげつねぇ……」

「無理難題ふっかけて追い払おうって魂胆だぜ、これ」


 兵士たちは顔を寄せ合ってコソコソと言い合う。

 「何を言う」とアガトは腕を組んだ。


「もともとゲームの王様ってのは、理不尽な存在なんだぜ」


 無理難題であることは否定しない。あんまりだ。ノゾムは思わず文句を言おうとしたが、ジャックに止められてしまった。


「……分かりました。必ず捕えてきます」


 そう言ってくるりと踵を返すジャック。アガトは「頑張れよ〜」と適当な声援を送って、城の中へと入っていった。


 なんていい加減な人なんだ。

 ノゾムは腹が立った。


「ジャックさん……」

「心配するな。難しい課題だが、手はあるさ。それよりラルドを迎えに行こうぜ。そろそろ、説法も終わる時間だ」

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