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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第5章 スポーツの国ブルーと密林の国アンディゴ
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悪童Ⅴ

 ドリアードと名乗った人面樹が放つ木の葉は、鋭い刃物のようだった。ドリアードが枝(腕?)を振るたびに、幾千もの刃物がノゾムたちを襲う。


 雨のごとく降り注ぐそれをエレンが『聖盾』で防ぐ。木の葉はヴィルヘルムのほうにも飛んでいくが、ヴィルヘルムは自分で『聖盾』を張って、それを防いでいた。


 エレンは目ひん剥いた。


「なんだよアイツ!? 自前の盾を持ってるじゃねぇか!?」

「「…………」」


 ノゾムとラルドは遠い目になった。


 そうなんだよ、ヴィルヘルムは自前の『聖盾』をちゃんと持っているんだよ……。それなのになぜ、わざわざ他のプレイヤーを盾代わりに使うのか。


 ヴィルヘルムはぱちくりと瞬きをして、「だってこの盾、すぐ壊れるじゃん」と言った。すぐ壊れるから、壊れない盾がほしいのだと。悪びれる様子は欠片もなく、当たり前のことのように言ってのけた。


「お前なぁ!!」

「ああ、ほら、今はそんなこと言ってる場合じゃないぞ。コイツをどうにかしなきゃ、アトラスと戦うどころじゃない」

「知るかよ! アトラスと戦いたいのはテメェの都合だろ!!」


 オレは別に戦いたくねぇよ! と、無理やり連れて来られたエレンは言う。ラルドはそっと目をそらした。アトラスと戦いたかったのは、ラルドも一緒だものな。


 ヴィルヘルムは「ふむ」と呟く。


「『ドリアード』っつったら、ゲームとかにたまに出てくる、木の精霊だな。だいたいが緑の長い髪の女の姿で出てくるけど……コイツはどっちかっていうと『トレント』じゃないか?」


 トレントとは、人の顔がついた、樹木の精霊だ。ファンタジー小説にたまに出てくる。深い知恵を持った、導き手として。


「ていうかアイツ、なんで怒ってるんだ?」

「あんたが蹴飛ばしたからだろ!?」


 首をかしげるヴィルヘルムにノゾムは思わず叫んだ。ヴィルヘルムは「えっ」という顔をした。「えっ」じゃないだろ、「えっ」じゃ。


 アトラスはしばらく足を押さえてジッとしていたが、ややあっていつもどおりに歩き始めた。小指を強打するとめちゃくちゃ痛いけど、その痛みはずっと続くわけじゃない。時間を置いて、痛みが引いたのだろう。


 逃げられてしまうことを察したヴィルヘルムはすぐに追おうとするが、ドリアードがそれを阻んだ。怒りを孕んだ真っ赤な目は、とてつもなく恐ろしい。


「なんだよもう、邪魔するなよな!」

《黙れ! 我らを足蹴にしたことも許せぬが、アトラスに害を与えようとしていることはもっと許せぬ! アトラスはこのジャングルの創造主。我らの生みの親も等しい存在だ!》


 アトラスが歩いたあとには樹木が生える。緑の精霊たち――ドリアードは、その中から生まれたらしい。親を攻撃されたら、そりゃあ怒って当然だ。


 ドリアードの叫びと共に、地面から無数の蔦が生える。蔦は牢獄のようにノゾムたちを囲った。というか、やっぱり、この精霊の怒りはノゾムたちにも向けられている。


 アトラスを攻撃したのも、精霊を蹴飛ばしたのも、ヴィルヘルムだけなのに。


「ドリアード! あなたの怒りはもっともだけど、元凶は全部、その男なんです!」

「そうだぜ! オレたちは巻き込まれただけだ!」


 ノゾムとエレンは必死に叫ぶ。ヴィルヘルムは目を丸めて「おいおい、俺だけに責任を負わせる気かよ。ひどい奴らだな」と言うが、ひどいのはお前だ。


「そうだぞドリアード。だがすまん、オレもアトラスと戦いたい!」


 堂々と空気を読まないことを言うのはラルドである。ちょっと黙っていてほしい。というか似たようなことを以前、盲目のドラゴンに対しても言っていなかったか?


 ドリアードの怒りは増すばかりだ。どうしよう、どうしたらいい? ぐるぐると考えるノゾムの耳に、ふいに聞き覚えのある小さな声が聞こえてきた。


《クスクス……クスクス……》


 小さな子供の、笑い声のような。もしかして、と思って振り返ると、そこには黄緑色の精霊がいた。ラルドが「風の精霊(仮)」と呼んでいた、昆虫の羽根のようなものを生やした精霊である。


 風の精霊(仮)は、口元に手を当てて可笑しそうに笑っていた。


《あのドリアードをここまで怒らせるなんて……。このニンゲンたち、やっぱり面白い……》


 どうやら、ノゾムたちが災難に遭っているのを見て笑っているらしい。わりと性格のよろしくない精霊のようだ。


「なんだこのチビ? こいつも、あの木の仲間か?」

「うーん。たぶんこいつは、風の精霊だと思うんだけど……」


 訝しげに問いかけるヴィルヘルムに、ラルドはそう答える。ラルドがこの精霊を「風の精霊」だと思う根拠は、「なんか風の精霊っぽいから」という至極曖昧なものだ。


 黄緑色の精霊はくるりと宙を回った。今まで遠かった距離が、心なしか縮んでいる。


《そのとおり! オイラは風の精霊さ。シルフっていうんだ!》


 本当に風の精霊だった。


 ラルドが「おおおお〜!」と歓声を上げた。


《このジャングルに入ったころから見ていたけど、おまえら面白いな。アトラスに喧嘩を売って、あのドリアードを怒らせるなんて》


 ドリアードは普段はとても温厚なやつなんだよ、とシルフは笑いながら言う。そんな温厚な精霊を怒らせるなんて……。なんてやつだ、ヴィルヘルム。


「なあ! どうにかしてくれよ! 同じ精霊なんだろ!?」


 エレンが必死の形相で頼む。シルフは小さな腕を胸の前でクロスさせて、「どうしようかなぁ」と首をかしげた。


《オイラには関係ないことだしなぁ〜》

「そんなこと言わずに!」

《そうだなぁ〜》


 シルフはニマニマと笑っている。この状況を楽しんでいるみたいだ。やっぱり性格はよろしくない。


《オイラは面白いことが好きなんだ。おまえらを助けたら、もっと面白いものを見せてくれる?》


 面白いものって何だろう。ノゾムが考えている間に、エレンは叫んだ。


「約束する!」

《よーし。それじゃあ契約成立だ》

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