ようこそ密林の国へ
またしても長い時間をかけてドラゴンと戦うのは勘弁なので、ノゾムたちは他のドラゴンたちに見つからないように『竜の谷』を越える。
なぜか追いかけてきたエレンは、ノゾムが何度「お断り」しても執拗について来た。なんでだ。ラルドは普通に自己紹介しているし。なんでだ。
エレンはニヤリと笑って自分を指差す。
「オレは役に立つぜ?」
「それは分かるけど……ああ、もう」
ノゾムは頭を抱える。
エレンの加入を断った理由。『手のひら返しは失礼だ』とラルドたちには言ったけど、実は一番の理由はそれではない。
みっともないからだ。さんざん嫌だ嫌だと断ってきたのに、有能だと分かったとたんに手のひらを返すなんて、カッコ悪いからだ。
だからこそ、うまい具合に綺麗にまとめて、別れてきた――つもりだったのだけど。
なぜかエレンは追ってきた。わけが分からない。ナナミはそっぽを向いているけど、オスカーはラルドと同じように受け入れようとしている。ノゾムは深くため息を吐いた。
『竜の谷』を越えたところにあるのは、どこまでも広がる巨大なジャングルだ。見たこともないような形の木々が密集していて、赤青黄色と、色とりどりの鳥たちがギャアギャアと鳴きながら空を飛んでいる。
ノゾムたちはポカンとした。ジャングルのあまりの巨大さに驚いたのではない――ジャングルの上に突き出たとある存在を見上げて、あんぐりと口を開けた。
背の高い木々の間から、ぬっと飛び出ている巨大な脚。大きな膝小僧がジャングルの上にあって、とんでもなく分厚い太ももがあって、布で覆われた身体があって――頭はどこだろう? ぜんぜん見えない。
『密林の国アンディゴ』には巨人がいる。確かにシプレはそう言っていたけれど、こんなにも大きいとは思わなかった。
こんなに大きいのに、どうして他の国からは見えなかったのか――アンディゴとブルーの境目にあるシエル山脈の存在によって、うまく隠されていたんだろうか。
顔の見えない巨人は、恐ろしいことにゆっくりと歩いている。歩くたびに地面が揺れて、木々が倒れて、鳥や獣が逃げ出す。
あ、今飛び出てきたのはジャガーだ。
密林の王者もさすがに逃げ出すレベルらしい。
「……どうする!? 戦うか!?」
「どうやってだよ!?」
恐る恐ると巨人を指差しながら叫ぶラルドに、ノゾムは思わず叫び返す。巨大すぎて、どうやって戦えばいいのか皆目見当もつかないっての。
幸いなことに巨人は1体だけらしい。あんなのがたくさんいたら、広いジャングルとてあっという間に更地にされてしまうだろう。
巨人が遥か遠くへ去ったのを確認して、ノゾムたちはジャングルに足を踏み入れた。湿った木々の、独特の匂いが鼻孔をくすぐる。
初っ端からすっげぇものを見てしまったノゾムたちは、ドキドキとうるさい心臓を押さえながら、『密林の国アンディゴ』に足を踏み入れたのだった。
***
「あっはっはっは、『アトラス』を見たのは初めてかい。そりゃビックリするよなぁ、あんなもん見たら!」
ジャングルに入ってわりとすぐに見つけた小さな村の役場のおじさんは、戦々恐々とするノゾムたちを見てケラケラと笑った。
笑いごとじゃない。
「あの巨人、アトラスっていうのか」
「ああ。太古からこのアンディゴに住んでいる巨人さ。あれをどうにかしようだなんて考えちゃいけねぇよ。神に逆らうようなもんだ」
うまいこと共生していくしかないのさ、とおじさんは悟ったような顔をして言う。
神だなんて。本物の神様は、うっかりイエティにされてしまうような、のほほんとした御仁なんだけど。
困惑した顔をするノゾムを横目に見て、ラルドは肩をすくめた。
「……まあいいや。とにかくおっちゃん、転職だ。【ドラゴンスレイヤー】になりたいんだけど」
「おおっ、ドラゴンを倒したのかい」
「まあな!」
へへん、と得意げに鼻をこするラルド。「オレのおかげだってこと忘れんなよ」とエレンがこれ見よがしに言う。
役場のおじさんは感心したように息を吐いて、「まあでも」と何てことないように付け加えた。
「ドラゴンくらい倒せなきゃ、ここじゃ生きていけねぇわな」
「え?」
――ドラゴンくらい?
遠くでアトラスの足音が聞こえる。とんでも発言をしたおじさんは平然とした顔で、ちゃっちゃと転職の準備を進めた。
……あ、この役場にも、シプレの作った埴輪が置いてある。
目と口をポカンと開けて、まるで今の自分たちみたいだなと、ノゾムは頭の片隅でぼんやりと思った。