竜の谷Ⅵ
今までのオスカーの『ライトニング』とは、比べ物にならない。セレスト山の山頂で天界への階段を出現させた時の、あの太い光の柱。あれより遥かにぶっとい電撃が、ドラゴンを襲った。
ドラゴンからはできるだけ離れたけれど、衝撃で身体が浮く。とっさに岩にしがみつかなかったら、どこまで飛んでいったか分からない。
あまりの威力に、放った本人もあんぐりと口を開けて固まっている。
ミスリルって、本当に半端ない。
ドラゴンに魔法は効かない。けれども、これだけの規模だったらどうだろう?
ドラゴンにも『魔法防御力』というパラメーターはあるのだろうか。それを上回っていたなら、あるいは――。
「!!」
『ライトニング』の衝撃で舞い上がっていた砂塵が、一瞬で吹き飛ぶ。オスカーの前にいるのは、大きな翼を広げたドラゴンの姿。
ドラゴンが身をひねって尻尾を振り回す。オスカーが吹き飛んだ。岩に直撃したオスカーはその場に倒れ、ピクリともしない。戦闘不能だ。たった一撃で。だけど、オスカーも『身代わり人形』を持っているはずなので、すぐに復活する。
復活した直後にオスカーはドラゴンの下敷きになった。またもや戦闘不能である。ドラゴンの身体は電撃を受けて、わずかに焦げていた。オスカーの『ライトニング』は、ドラゴンの魔法防御力をわずかに上回ることができたらしい。
しかしこのドラゴン、知恵が回る。
オスカーが自分を倒し得る力を持っていると知って、狙い撃ちしているのだ。『身代わり人形』を複数所持していることも考慮に入れて、間髪入れずにひたすらに攻撃を繰り返す。
オスカーはされるがままだ。
「オスカーさん!」
「ノゾム、私が行く!」
思わず駆け出そうとしたノゾムをナナミが制した。駆け寄ってくるナナミに気付いたドラゴンは、またもや炎のブレスを吐いたけど、ナナミは炎が当たる直前に『エスケープ』を使ってドラゴンの背後に回った。
「オスカー!」
ドラゴンの後ろから、ナナミはオスカーに駆け寄った。持っていた『身代わり人形』は全て無くなってしまったらしい。オスカーはぐったりしていて、動かない。
ナナミの姿を見失ったドラゴンはキョロキョロと周囲を見渡して、自分の後ろにいることに気がついた。尻尾が振り下ろされる。ナナミは再び『エスケープ』を使って避けた。
腕を掴まれたオスカーも一緒だ。
ノゾムはアイテムボックスから蘇生薬を取り出してオスカーにかける。淡い光がオスカーの身体を包み、オスカーは復活した。
目を覚ましたオスカーは恐怖に引き攣った顔をして、震えていた。
あれだけ集中攻撃されれば、無理もない。
「『エスケープ』って便利だね」
「そうよ。今さら気がついた?」
「前から知ってはいたけど」
わざと軽口を叩きながら、弓を構える。ドラゴンが後ろを向いている今なら……と思ったけど、鼻息と共に矢は吹き飛ばされた。
ドラゴンの口が開く。またブレスだ。ノゾムたちは口元を引き攣らせた。
いつまで経ってもドラゴンの一方的な攻撃は終わらない。――このままではキリがない。
迫り来る炎を前に、ノゾムは奥歯を噛み締めた。
――その時だ。
「『聖盾』!!」
炎のブレスとノゾムたちとの間に、するりと割って入ってきた者がいた。赤い髪に、白いターバン。ノゾムは思わず目を見開いて、その人物を凝視した。
エレンだ。エレンが出した『聖盾』が炎のブレスを防いでくれている。ノゾムは唖然とした。
「なんで……」
「うるっせぇな! どいつもこいつも、本当にうっせぇ!」
背中を向けたまま、エレンは叫ぶ。
「なんでオレにばっかみんな冷たいんだよ!? この悪魔どもめ! オレがいったい何をしたっていうんだ!?」
「いや……何って……」
「こうなりゃオレがどんだけ有能か、見せてやるよ! 後から泣いて許しを乞うても遅いんだからな!?」
そう言って、エレンは顔だけをノゾムたちのほうに向ける。泣いてるのはお前のほうじゃん。ポカンとするノゾムを、エレンは潤んだ目のまま睨みつけた。
「早く弓を構えろ!」
「え、でも……」
――今射っても、燃やされるだけでは?
疑問を抱くノゾムに、エレンはすぐさま言った。
「ブレスが途切れた瞬間を狙うんだよ!」
「!」
「オレがただバカみたいに攻撃を受けてたと思うな! 『盾役』の役目ってのは、ただ味方の盾になるだけじゃねぇんだ!」
エレンは黄金色の目でドラゴンを見上げて、叫ぶ。
「『攻撃役』に攻撃のチャンスを作ってやる――それがタンクなんだよ!!」




