竜の谷Ⅲ
ノゾムたちとフレデリカ一行は、切り立った崖の中腹にあった洞穴に逃げ込んだ。
入口から先ほどのドラゴンの様子を伺うと、不思議そうにあたりをキョロキョロしている姿が見える。エレンたちのことは、完全に見失ってくれたようだ。
エレンはノゾムたちまでいることを知って、まん丸に目を見開いた。
「なんだよ、お前らまでいたのかよ。さてはオレを仲間に――」
「違いますけど?」
「ああそうじゃねぇかと思ってたよ、ちくしょうが!!」
即答やめろよォ、と泣き崩れてしまったエレン。ノゾムは心底から面倒くさいと思った。
ラルドはドラゴンの様子を伺いながら、目をキラキラさせている。
「カッコイイなぁ、ドラゴン。エカルラート山のやつとはまた違うみたいだな。オレも戦いてぇ! もしくは仲間にしてぇ!」
「仲間って、無理に決まってるでしょ」
何を言ってるのよ、とフレデリカは呆れた顔をする。
ラルドは「ふっふっふっ」と笑った。
「それができるんだなぁ。オレは【テイマー】のスキルを持ってるから」
「テイマー? って、あの転職条件が『愛』とかいう、謎の? 本当に?」
びっくりした顔をするフレデリカに、ラルドは鼻高々だ。エレンが口をへの字にしてラルドを睨んでいる。
フレデリカの感心を向けられているのが、面白くないらしい。
「でも、戦うにしたって仲間にするにしたって、簡単じゃなさそうよ」
ナナミが淡々と言う。
オスカーも頷いた。
「ドラゴンというのは、想像以上にヤバそうだな」
「めちゃくちゃ硬かったもんね。魔法も効いてなかったし、口から炎を出すし、空も飛ぶし」
あのドラゴンに弱点ってあるのかな、とリディアは眉を下げた。
弱点か。そういえば、エカルラート山のドラゴンも、弱点らしい弱点はなかった。しいて言うなら盲目だってことだけど、ここのドラゴンたちにそれは当てはまらない。
ラルドは興奮冷めやらぬ様子で続ける。
「ヴィルヘルムはあれを、1人で倒したんだよな?」
「そういう話だったけど、本当かどうかは分からないわよ」
ナナミの言うとおり、それが事実かどうかは分からない。事実だとするなら、ヴィルヘルムはどうやってドラゴンを倒したというのか。
鉄壁に思えるドラゴンにも、やはり弱点があるということなんだろうか。
「クリスタル・タランチュラのときみたいに、口の中に矢を放ってみるとか……?」
「炎で燃やされそうだな。だが……。硬い皮膚を持つアイツの体にも、どこかに柔らかい部分があるのかもしれない」
オスカーはそう言って、慎重にドラゴンを観察する。ノゾムもドラゴンを見た。硬い鱗に覆われているドラゴン。柔らかな部分など、なさそうに見える。
唯一、柔らかそうと言えそうなのは……。
「目、ですかね?」
「目、だろうな」
ギョロリと動く、黄金の瞳。皮膚ほど硬くはなさそうだ。あそこになら、攻撃が効くかもしれない。
ただし、命中させるのはめちゃくちゃ難しそうだけど。
「目かぁ。それならフレデリカの剣より、エレンの槍のほうが効果がありそうだね」
「ちょっとリアーフ! 何言ってるの? コイツは追放したのよ!?」
冷静に告げるリアーフにフレデリカは噛みつく。エレンはパッと表情を明るくさせて、期待のこもった目でリアーフを見た。
リアーフは肩をすくめた。
「エレンがいないと、ドラゴンに勝つのはたぶん無理だよ。アイツに魔法は効かないから、僕とリディアは補佐しかできない。エレンがいなければ、フレデリカが1人で戦うことになると思う」
「それはダメだよ、リアーフ。フレデリカだけに戦わせるなんて!」
「うん、分かってるよリディア。だからエレンと一緒に戦ったほうがいいって言ってるんだ」
冷静に考えた結果だよ、とリアーフは言う。エレンはうんうんと大きく頷いた。フレデリカは苦虫を何十匹も噛み潰したような顔をしている。
「それでも、あたしは嫌よ。コイツを戻すなんて」
「そうか。なら他の方法を考えよう」
「おいこらリアーフ!! お前はオレの味方なんじゃなかったのかよ!?」
追放をなかったことにしてくれそうな雰囲気だったのに、あっさりと意見を翻したリアーフにエレンは思わずツッコミを入れた。
リアーフは小首をかしげて、エレンを見た。
「僕はリディアの味方だよ。お前のことはもう『フォローしきれない』って言っただろ」
リアーフは別に、エレンを戻そうと思って言っていたのではなかったらしい。
『ドラゴンに勝つための方法』を考えて、頭に浮かんできたことをそのまま口にしていただけのようだ。
「オレたち親友じゃなかったのか」とエレンは喚くが、リアーフは淡々と「それとこれとは話が別」と返した。
淡白な青年である。
「他の方法って……。フレデリカを1人で戦わせるのは、絶対にダメだよ?」
「もちろんだよ、リディア。エレンがダメなら、他の人の力を借りればいいさ」
……他の人って誰だろう。
不思議に見ていると、リアーフの目がこちらに向いた。ノゾムはぱちくりと目を瞬かせて、きょろりと周囲に目を向ける。どうやらリアーフが見ているのはノゾムで間違いないらしい。
遠距離から弓でフレデリカを援護してくれってことかな。
ノゾムは口の端を引きつらせた。