竜の谷
ほの明るい曙の空の下、ノゾムたちは山を登る。
リオンはオスカーと交代した。フレデリカたちは、ノゾムたちのずっと前を歩いている。
向かう方向は同じなのだから一緒に行ってもいいのでは、とも思ったが、ラルドが試しに撃った『ファイヤーボール』を見て、ノゾムは考えを改めた。
以前のファイヤーボールとは全然違う。以前のものは、せいぜいバスケットボールよりも少し大きいくらいだったのだが、今回は直径5メートルくらいの範囲が一瞬で黒焦げになった。
味方識別を付けた味方ならコレが当たってもダメージはない。しかし味方識別は、自分以外の4人しか付けられない。
ラルドはすでにノゾム、ナナミ、オスカーの3人に味方識別を付けているので、空いている枠は1つだけ。
フレデリカたちのうち1人になら付けられるが、他の2人が巻き込まれてしまう可能性があった。
「別にいいわよ、一緒じゃなくても。あたしたちはあたしたちで『竜の谷』を越えるわ」
フレデリカもそう言っていたことだし、ここは別々に離れて行ったほうが良さそうだ。
それに、ちょっと不安なこともある。
(ラルドでコレなんだから、オスカーさんはもっと凄いことになっているんじゃ……?)
剣も魔法もと欲張っていたラルドと違って、オスカーは魔法一択で育ててきた。当然、もともとの魔法攻撃力はラルドよりも遥かに上である。
それがミスリルで強化されたとなると……どれだけの規模になるのか、ちょっと想像するのが難しい。
オスカーも試し撃ちをしようかどうか、ちょっと迷っている。
「ラルドであの威力だとすると……。彼女たちとの距離は20メートルくらいか? ちょっと近い? 巻き込んでしまうかも……?」
前を歩くフレデリカたちを見ながら、ブツブツと呟くオスカー。明らかに彼女たちを巻き添えにしてしまうことを危惧している。
魔法は、魔法攻撃力が上がるとその範囲まで広がってしまうのが難点かもしれない。学者のスキル『拡散』を使うと、攻撃範囲はもっと広くなるはずだ。
今後も場合によっては、使いどころに困ることがあるかもしれない。
「早く『収縮』を習得しなくては……」
オスカーはため息と共にぼやいた。
学者のサードスキル『収縮』は、攻撃範囲を極端に狭めて、威力を爆発的に上げるスキルである。
しばらく歩いていくと、目の前に白い岩肌を露出した切り立った山々が見えてきた。先端の鋭く尖った山々と、深い谷がどこまでも広がっている。
そこにドラゴンたちは生息していた。
何十、何百、いやそれ以上の数のドラゴンが。
『はじまりの国ルージュ』のエカルラート山の洞窟にいたドラゴンとは違う。あの洞窟のドラゴンは長い洞窟暮らしで翼が退化していたし、ずんぐりと身体が大きくて目が見えなかった。
しかしこの谷にいるドラゴンたちは、大きな翼を動かして悠々と空を飛ぶ。身体も飛ぶことに特化しているのか、無駄なく引き締まっていた。そして当然だが、目も見えている。
戦闘になれば、その強さはエカルラート山のドラゴンの比ではないだろう。
「あれ、エレンじゃね?」
ふいにラルドが言った。
「え、どこ?」
ノゾムは眉をひそめてラルドの視線を追った。
だいぶ遠いが、【狩人】の『視力補正』のおかげでばっちり見える。
褐色の肌に赤い髪。頭に白いターバンを巻いた男。あれはたしかにエレンだ。
エレンはドラゴンと戦闘中のようだ。
しかも、たった1人で。
「何あれ」
前方を歩いていたフレデリカが足を止める。
フレデリカは眉間に深いしわを刻んでいた。
「あいつ、1人で何やってんの? ピンクマリモとかいうのはどうしたの?」
そのピンクマリモのもとからは逃げ出していたはずだ。扱いがあまりに酷くて耐えられなかったらしい。その後はノゾムたちに仲間になるのを拒否された。
でも、だからって……
1人でドラゴンに挑むなんて、無謀が過ぎる。
エレンは『聖盾』を使ってドラゴンの攻撃を防いでいる。しかし物理も魔法も防ぐ『聖盾』は、万能じゃない。攻撃を受け続ければ盾は壊れる。再び盾を張るには、少しの時間が必要だ。
ドラゴンの鋭い鉤爪が『聖盾』を壊す。こうなるとあとはもう、されるがままだ。
「何やってんのよもう!」
フレデリカは叫び、エレンのもとへ駆け出していった。




