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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
22/291

好敵手と書いてライバルと読む

 獣の頭蓋骨のマスクをつけた男は、矢を投げ捨ててズンズンと近付いてくる。めちゃくちゃでかい。3メートルくらいありそうだ。このゲーム、身長をどのくらいまで設定できたんだろう……憧れの180センチなのに、人を見上げることのほうが多い気がする。


「もう少しで、オレ様の頭にぶっ刺さるところだったじゃねぇか!? 誰だ射ったのは!? 出てこいや下手くそがァ!!」


 マスクのせいで、『新手のモンスターか!?』と勘違いしそうになるが、話を聞いている限り、どうやら人間だ。しかも、ノゾムが放った矢が直撃しかけたらしい。


 ならば謝らなければいけない。

 でも怖い。


 素直に名乗り出ようものなら、即座にボロ雑巾にされてしまう気がする。


 恐怖に震えるノゾムをよそに、ジャックたちは顔を見合わせた。


「あいつ、バジルじゃねぇか?」

「ああ。あのマスクは見慣れないものだが、あの巨体は間違いないだろう」

「マズイ奴に会っちゃったな……」


 マスク男の名はバジルというらしい。ジャックたちの知り合いのようだが、仲良しさんというわけではなさそうだ。


 バジルもまた、こちらが誰か分かったらしい。

 マスクの奥の目が剣呑な光を帯びた。


「また貴様らか、山猫ども!」

「山猫?」

「『レッドリンクス』のリンクスは、山猫って意味なんだよ」


 首をかしげるノゾムにジャックが親切に答えてくれる。ちなみにギリシャ語らしい。レッドは英語なのにな。


 ジェイドが大きなため息をついて、バジルを見た。


「悪かったよ。誰もいないと思ってたんだ。まさかその巨体がすっぽりと岩に隠れていやがるとは……意外と存在感がねぇのな」


 ノゾムは思わず目をひんむいた。悪かったと言っておきながら、ジェイドは明らかにバジルを罵っている。


 バジルの怒気がさらに増した。当然だ。

 ノゾムは余計に謝れなくなった。


「はっ、どうせそこの弓バカの矢だろ。相変わらずはた迷惑な奴だぜ」

「なんだと!?」

「まあ、迷惑は間違っちゃいないな」

「こらジェイド!」


 憤慨するユズルを無視してジェイドは面倒くさそうにそっぽを向く。ノゾムは眉尻を垂らした。矢を射ったのは自分なのに、何故かユズルのせいにされている。


「【狩人】なんざ死に職なんだから、さっさと辞めちまえ!」

「ふざけるな! 弓の素晴らしさも分からんくせに!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐバジルとユズル。そうこうしているうちに、バジルがやってきた方角から、ぞろぞろと人がやってきた。


 ピンク色の長い髪をツインテールにした色っぽい女の人と、目深にキャスケット帽をかぶった細身の青年。

 それに、犬のような恰好をした小さな子供。


 ピンク髪の女の人は言い争うユズルとバジルを見て、神経質そうに細い眉を釣り上げた。


「また揉めてるの、アンタたち? 暇なの? バカなの? 死ぬの?」

「やかましいわローゼ! てめえも見ただろ、こいつのヘロッヘロの矢がオレ様の頭に刺さりそうになったところをよ!」

「刺されば良かったのに」

「なんだと!?」


 ピンク髪の女の人は、ローゼというらしい。言葉がとても辛辣だ。キャスケット帽の青年が「まあまあ」と両手を出した。


「こんなところで喧嘩するなよ。それにあの矢は、ユズルくんじゃないと思うな」


 青年の目がノゾムに向く。アクアマリンのような色のその瞳は温度を感じさせず、ノゾムはゾッとした。


「んなこたどうでもいいんだよ。オレはただ、こいつらが気に食わねぇんだ!」

「なるほど」

「んもう。単細胞すぎて嫌になるわ。行きましょう、セド、ネルケ」


 ローゼはくるりと身をひるがえす。そのまま振り返りもせず歩いていく彼女に、キャスケット帽の青年は肩をすくめ、犬の姿の子供はビクビクとしながらついていった。


「俺らも行くか」


 ジェイドが提案する。

 ノゾムは「え!?」と目を丸めてジェイドを見た。


「こいつらに付き合ってても時間の無駄。いつものことなんだよ」

「いつもの……?」

「あいつらは『ラプターズ』っていうギルドの連中なんだが、まあ、見て分かるとおり、うちに何かと突っかかってくるもんで仲が悪い。特にあのバジルってデカブツと、ユズルはな」


 ライバルってことだろうか。


 ノゾムは困惑してユズルたちを見る。

 ユズルを睨みつけているバジルは仲間がいなくなっていることに気付いていないようだし、ユズルもまた、こちらの様子に気を向けてはいない。


 ジェイドはスタスタと歩いていく。どうしよう、本気で彼らを放置する気だ。キョロキョロするノゾムに、苦笑いを浮かべたジャックが近付いてきた。


「ごめんなー、ノゾムくん。ジェイドの言うとおり、いつものことだから、気にしないでくれな」

「で、でも、矢を射ったのは俺……」

「いいからいいから。射つように言ったのはユズルだし、幸いなことに当たらなかったみたいだし」

「でも……」


 それでもちゃんと謝ったほうがいいのでは、とノゾムは思う。


 鬼の形相をするバジルに近付く勇気は、やっぱり無いけれど。


「……引いちゃったか?」

「え?」


 唐突な問いかけに目をしばたく。ジャックは困ったように笑みを浮かべて、ノゾムを見ていた。


「ジェイドが言っていた『弓のドン引きするところ』……一番は、こういうトラブルを引き寄せやすいってことなんだ」


 距離があればあるほど、矢を放ってから実際に当たるまでのタイムラグは大きくなる。その間に想定外の事態が起こることは、ままあることだ。


 うっかり味方に矢を当ててしまうかもしれない。他のプレイヤーが現れて、同じ獲物を狙ったりもするかもしれない。……さっきのように、外れた矢が思わぬ方向へ飛んでいって、トラブルを引き寄せたりもするかもしれない。


 それはきっと、未熟であればあるほどに起こしやすいトラブルだ。


「……狩人をやめたほうがいいってことですか?」

「そこまでは言わないよ。自分の好きなプレイをするのが一番だと思う。ただ、ちょっと気をつけたほうがいいぞ、って話だ」


 別に、好きというわけではない。離れたところから攻撃できるからという理由で【狩人】を選んで、それが実は簡単なことではないのだと知って、練習して、ここまで続けてきた。


 簡単ではないと知った時に転職すれば良かったんだ。


 そんな単純なことに、今更気が付いた。


「俺は……」


 今更だけど、転職したほうがいいのか。

 ノゾムは弓を強く握った。

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