夜の喫茶店
翌日のゲームの中の世界は、昨日に引き続き『夜』のままだった。
昼夜は18時間ごとに切り替わるので、リアルの昼頃にまた、綺麗な朝焼けが見られるはずだ。
ブルーの首都、ウートルメールに戻ってきたノゾムたちは、オシャレな喫茶店でのんびりとお茶を飲んでいた。
午前中は戦闘が苦手なリオンがプレイするターンなので、『竜の谷』に挑むのはちょっと無理だろうと判断したからだ。
「役立たずでごめんね……」
リオンはしょんぼりと謝る。
ノゾムは首を振った。
「前にも言いましたけど、全然そんなことないですから。気にしないでください」
確かにリオンは戦闘面においては役に立たない。しかしそれ以外に関しては、非常に優秀だ。物知りだし。
だけどそれを告げてもリオンは納得しない。本当に、なんでこんなに自己評価が低いのか……。
もしかして何度もパーティを追放された経験が、彼の自己肯定感を著しく落としてしまったんだろうか。
「そうよ。それに、『竜の谷』はドラゴンの巣窟だそうだし、モンスターが強くなる『夜』に入るのは危険だわ」
「オレは早く魔法を試したいけどなー!」
「1人で行ってきなさいよ」
「辛辣」
まあとにかく、リオンの件がなかったとしても、午前中は時間を潰したほうが良さげだということで。
気にしないでください、と再度告げるノゾムに、リオンは感涙した。
「あれ? リオンさんだ!」
ふいに女の子の声がして、ノゾムたちは振り返る。男女の3人組が喫茶店に入ってきたところだった。
声をかけてきたのは、おかっぱ頭の茶髪の女の子。なんだか見覚えがある。
「リディアちゃん!」
リオンが女の子に手を振った。リディアと呼ばれた女の子は、にっこりと笑って近付いてきた。
「ジョーヌで会って以来だね。今日は、ちゃんとリオンさんかな? 弟さんは元気?」
「弟のこと知ってるの?」
「うん、ジョーヌの首都の近くでね」
リオンさんとはカジノ以来だね〜と微笑むリディア。
ジョーヌ、カジノ。
何か思い出しそうだ。
「リディア、そいつに近付いたらダメだ」
「あら、リアーフ。ヤキモチ?」
リオンとリディアの間に割って入ってきたのは、白い肌に金色の髪を持つ青年だ。こっちにも見覚えがある。
イタズラっぽく笑ったリディアは、青年の胸に寄りかかる。
「心配しなくても、私が愛しているのはあなただけよ」
「リディア……」
「はいはいはい、イチャつくなら他の場所でやってね~。このバカップル!」
パンパンと手を叩いて投げやりに言うのは、リアーフの後ろにいたポニーテールの女の子。
ノゾムは「あ」と呟いた。
リオンがニコニコしながら手を振った。
「フレデリカちゃんも、久しぶりだね」
フレデリカ。
エレンの想い人だ。
ノゾムはフレデリカのことは覚えていた。彼女とは、カジノでババ抜き対決をした仲である。
そういえば、その時リディアとリアーフは後ろで見ていたっけ。なんとなくこの2人の印象が薄いのは、あまり会話をしなかったからだろう。リアーフはリディアしか見ていなかったし。
「こんなところにいるってことは……。はっ! さては『魔王復活イベント』に挑む気だな!?」
「とーぜんでしょ」
ラルドの言葉にフレデリカは不敵に笑う。相変わらず勝ち気な女の子だ。
ラルドはちょっぴり眉を寄せた。
「でも、お前ら大丈夫なのか? エレンが抜けた穴を補うフォーメーションってやつは、考えついたのか?」
フレデリカはどんどん前に出て戦うタイプである。そしてリディアとリアーフは、後方援護タイプ。壁役のエレンがいてうまく回っていたパーティなのだけど、そのエレンをフレデリカは追放してしまった。
ジョーヌの首都近辺で会ったときには、うまくパーティが機能しなくて、苦戦していたようだったけれど。
「あたしは『聖盾』を覚えたのよ。リディアも味方の防御力を上げる『天恵』を習得したし」
「ふうん。エレンが抜けた分、防御を強化することにしたのか」
この後は【ドラゴンスレイヤー】を取得するつもりらしい。【ドラゴンスレイヤー】には、防御力を爆上げする『鋼鉄の肉体』というスキルがある。
しかし夜に『竜の谷』へ入るのはさすがに危険だと判断して、時間を潰すためにこうして喫茶店にやって来たらしい。
考えることは一緒だ。
「エレンを仲間に戻してやりゃいいのに。あいつ今、1人で大変そうだぜ? ピンクマリモに肉壁扱いされたりとかさ……」
「ピンクマリモって何よ? アイツを戻すなら、死んだほうがマシだわ」
フレデリカは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
リディアとリアーフはその向こうで、カップル限定のドリンクを頼もうかどうか話し合っている。
ラルドは苦笑いを浮かべて窓の外に目をやって――ふいに「あ!」と叫んだ。
「アルベルトだ!」
ノゾムは驚いてラルドの視線を追う。黒髪に赤い目をした青年が、喫茶店の前の通りを歩いていた。
アルベルトがこちらに気付く。逃げていった。ノゾムはその後ろ姿を胡乱な目で見送った。
「あいつ、スポーツとかするのかな……」
「何言ってんだよ。あいつも『魔王復活イベント』に挑みに行ってるんだろ、たぶん」
「そうかな? 魔王にも勇者にも、興味があるタイプには見えないけど……」
もちろん、ノゾムの勝手なイメージに過ぎないけれど、アルベルトは『魔王復活イベント』に嬉々として挑むタイプには、どうしても見えない。
もしかすると、先にアンディゴへ向かったミーナを追っているのかもしれない。
……そういえば、ミーナはオリハルコンを見つけることが出来たのだろうか。
ミスリルを手に入れるのがあれほど困難だったことを思えば、同じ『伝説の鉱石』であるオリハルコンも、容易には手に入らないのではなかろうか。
「誰よ、アルベルトって」
フレデリカが訝しげに訊く。
ノゾムが「PKだよ」と答えると、フレデリカの顔はいっそう歪んだ。