青の国の王様Ⅱ
パリッとした皮の中身は、ふっくらとした白身。味付けはシンプルに塩のみ。咀嚼し飲み込んだ男は、満足そうに息を吐く。
「静寂に響く焚き火の音を聞きながら、美味いものを食べる……。これぞ至福の極み……」
恍惚と呟く男を横目に見て、シプレは「そりゃ良かったッスね」と嫌味ったらしく言った。
「それで、そろそろこっちの話を聞いて欲しいんスけど?」
「なんだシプレ、まだいたのか」
「はたきますよ」
2人の会話を聞きながらノゾムは口元を引き攣らせる。
ラルドの開拓地の隣で、ソロキャンプを満喫していた男。その姿はたびたび見かけていたが、それが隣国の王だなんて誰が思うだろう。
以前は確か、1人でバーベキューをしていたはずだ。闇夜の中で焚き火を見つめて癒やされていた姿も見た記憶がある。
この人が『スポーツの国』ブルーの王、サフィール。ノゾムが会おうとしていた相手。
「彼がブルーの城を訪ねたら、門前払いされたらしいんスけど?」
どういうことッスかね、とシプレは眉を寄せる。サフィールは蒼い目を瞬いて、ちらりとノゾムを見て、ぱくりと焼き魚を口に入れた。
「むぐむぐ……」
「食べるのをやめてくれませんか?」
「断る。作りたてが美味いんだ」
「…………」
シプレは頭を抱えた。サフィールはどうやら、とてもマイペースな人らしい。
魚が骨だけになるまで待つ。ごくんと飲み込んで、サフィールはようやく口を開いた。
「門前払いは当然だ。俺は城にいないことが多いからな。そうしてもらうように、部下には言っている」
「隣国に行っていると正直に言えばいいのに」
「王が自国を放置して、ほぼ毎日隣国に行ってるとか、普通におかしいだろ」
「その自覚はあるんスか」
「せっかくの至福の時間を邪魔されるのもイヤだ」
「そっちが本音ッスよね」
なるほどなるほど、と頷いて、シプレはコメカミに人差し指を当てる。額には薄っすらと青筋が浮いていた。
「変な王様だな」
ハンスが正直な感想を言った。
「このゲームの王様は、だいたいこんな感じだよ」
ノゾムはキッパリと答えた。
今まで会った王様の中で、まともなのはシプレだけだ。
サフィールは「失礼なやつだな」と言うが、言われても仕方がないことをしているという自覚を持って欲しい。
「俺に何か用だったのか?」
「彼はみずきちの息子なんスよ。ゲームの中で父親を捜している最中なんです」
「ふーん? そうなのか、わかった。お前の父親は」
「ちょっと、ちょーっと待った! なに教えようとしてるんスか!?」
「は? 教えてもらいたくて来たんじゃないのか?」
小首をかしげるサフィールに、シプレは切々と訴える。主に、ノゾムの父親の気持ちについて。彼は息子に自力で見つけ出して欲しいと考えていることを。
話を聞いたサフィールは「めんどくさ」と返した。その点だけはノゾムも同意見である。
「それじゃあ俺に何をしろと言うんだ」
「自分がみずきちでないことだけ伝えてくれたらいいッスよ」
「オレハミズキチジャナイヨ。……これでいいか?」
「はいお疲れさまでしたー」
「何なんだ、いったい」
そんなくだらないことで邪魔をするなと、サフィールは顔をしかめる。うん、確かにくだらないことだ。この場で父親の居場所を教えてもらえるほうが、ノゾムとしては大いに助かる。
しかしシプレはどうしても、ノゾムに自力で見つけ出してもらいたいらしい。「それじゃああとはアンディゴだけッスね」と言って笑顔でノゾムを振り返った。
「は? アンディゴだけ?」
サフィールが訝しげに言う。
「他の王たちは」
「もう会いましたけど」
「それでなんで光一にふがふが」
シプレがサフィールの口を塞いだ。
――え、なに?
ノゾムは目を瞬く。サフィールはシプレの額をベチッと叩いて、口を解放した。
「何をする」
「だって、余計なことを言いそうだったから」
「わかった、俺はもう喋らん。とっとと出ていけ」
サフィールはシッシッと片手を振ると、再び焚き火に向き直った。今度は大きなマシュマロを取り出して、細長い串に刺す。それを炎で炙り始めた。
「それ知ってる! キャンプでお馴染みのやつだ!」
ハンスの目がキラキラと輝いた。
シプレは叩かれた箇所を撫で撫でしながら、ノゾムを振り返る。
「まったくこの人は……。ノゾムくん、ここまでついて来てくれたのにすみません。とりあえずコイツは、みずきちと何も関係がないって思ってくださいッス」
「わ、わかりました」
「それじゃあ街に戻りましょう~」
「あ、俺しばらくここに残りたい」
ハンスがいきなりそんなことを言い出した。マシュマロ焼きが気になるんだね。シプレはビックリした顔でハンスを見て、サフィールは眉間に深いしわを刻んだ。
「俺の邪魔をするな」
「邪魔はしない。見てるだけ。焚き火の音って癒やされるよな〜」
「ほう。この良さが分かるか」
焚き火の横にしゃがみ込むハンス。心地よさそうに薪が弾ける音に耳を傾けるハンスを見て、サフィールは無言のままマシュマロの数を増やした。
「あのサフィールの懐に、一瞬で飛び込むなんて……」
シプレは感心したように呟く。
ノゾムは苦笑するしかなかった。