青の国の王様
ノゾムたちは、またもやラルドの『テレポーテーション』を使って、モノづくりの国ヴェールに戻ってきた。
「ケイ姐さん! ミスリルゲットした!」
K.K.の工房へ行くなりそう叫んだラルドに、中にいたK.K.は垂れ目がちの目をぱちくりさせた。
ハンスがK.K.に「やっほー」と言う。K.K.も「やっほー」と返して、それから再び、ラルドに目を向けた。
「……よく見つけられたな。ビックリした」
「ビックリしたにしては反応薄いな」
ジャックは呆れ顔だ。
「こういう人間なんだ」
K.K.はさらりと返した。
ラルドはじれったそうな様子で、K.K.の前にミスリルを置く。「これがミスリル」K.K.は物珍しそうに、しげしげとミスリルを見た。
「これで武器を作ってくれるんだろ?!」
「……もちろん。約束は違えない。剣で良かったか? 形状はどうする? 追加する素材はあるか?」
K.K.は即座に『職人モード』に移行した。ラルドは唇を尖らせて「むーん」と唸る。
「属性付きの武器を作りたいところだけど、魔石は使いきっちまったからなぁ。ミスリル製じゃないけど、炎の剣と氷の剣はもう持ってるし、別にいいや」
「そうか」
「俺もミスリル製の武器が欲しいんだが、作ってもらってもいいだろうか」
オスカーが尋ねる。K.K.は「任せろ」と快諾した。これで、2人の戦力はアップするはずである。
ジャックは「良かったなぁ」と朗らかに言った。
「それじゃあ俺たちはこの辺で。おいハンス、アンディゴに向かうぞ」
「……ちょっと待ちなさいよ、ジャック」
ナナミがジャックの服の袖をむんずと掴んだ。ジャックは笑顔のまま固まった。ナナミはジト目でジャックを見る。
「なんだい、ナナミ? あ、さてはお兄ちゃんと離れたくない的な」
「魔石。採りに行くの、手伝ってくれるんでしょ?」
「……。そういやそんなこと言ったなぁ。でも、あれってたしか、夜にしか採れないんじゃなかったっけ?」
そう、鉱山跡地のデュエル・タランチュラは夜にしか現れない。そして今はまだ、昼だ。視線を泳がせるジャックに、ナナミの顔はいっそう恐ろしいものになった。
「……オーケー、分かった。夜になるまで、モンスター狩りでもしよう。【神依】の熟練度も上げたいし」
「採れた素材は私のものよ」
「はいはい」
そういうわけでジャックは、ナナミに引っ張られて採集地のひとつ、エムロード山へ向かった。
「しばらく距離を置くんじゃなかったのかねぇ?」
ハンスは呆れ顔だ。あの2人については、抱えている事情も含め、ノゾムたちにはよく分からない。
2人のことは2人に任せていいのではないかと、ノゾムは思った。
ハンスはノゾムを見る。
「俺たちはどうする?」
「え? えーと……」
ラルドとオスカーは新しい武器の作成。
ナナミとジャックは採集。
武器作りを見ていてもいいし、ナナミたちを追いかけて採集を手伝ってもいいけど……。
「訓練所で弓の練習でもしようかな……」
「そっか。俺はどうしよっかな〜」
「あれ? みなさん!」
ふいに第三者の声が聞こえてきた。聞き覚えのあるそれに振り返ると、通りの向こうから歩いてくる小柄な女の子の姿があった。
ヴェールの王、シプレだ。
「また遊びに来てくれたんスね! 嬉しいッス!」
白い歯を見せて、眩しい笑顔を向けるシプレ。サイドアップにしたピスタチオグリーンの髪を結ぶ髪留めは、今日はニンジンだ。
「こんにちは、シプレさん。……あ、そうだ。シプレさん、ブルーの王様ってどういう人ですか?」
「なんスか? 藪から棒に」
「ブルーの城に行ったんですけど、門前払いされちゃって……」
各地の王に会えば、ノゾムの父親が見つかる。そう教えてくれたのはシプレである。
なのに、そのうちの1人であるブルーの王様には、どうも会うのが難しそうだ。
シプレは「え、門前払い?」と眉を寄せた。ノゾムは頷く。
「まあ、普通、王様なんて簡単には会えないものだと思うんですけど。シプレさんみたいな人が珍しいのであって……。ただ、こう、どうしたら会えるのかっていう、ヒントみたいなのを貰えたらなぁって」
「…………」
「…………ダメ、ですか?」
さすがに図々しかっただろうか。シプレにはすでに、たくさん手助けしてもらっているし。
恐る恐るシプレを見る。シプレはうつむいていた。大きな、とても大きな、ため息をつく。呆れられただろうかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
「どいつもこいつも……」
「え?」
「なんでもないッス。ちょっとノゾムくん、ついて来てくれないスか?」
「え?」
どういう意味だろう?
「……もしかしてブルーの王様、この国にいるんじゃないのか?」
話を聞いていたオスカーが言う。ノゾムはギョッとした。シプレは肯定も否定もせず、ただ遠い目をしていた。
「……ついて来てくれるッスか?」
「わ、わかりました」
ノゾムは頷いた。捜していた王様に会えるというなら、願ってもないことだ。
暇を持て余しているハンスもついて来た。
***
「ここは……」
シプレに連れて来られた場所は、プレイヤーたちに与えられた開拓地の、そのひとつだった。
ラルドの開拓地のすぐ隣。
ラルドの開拓地には、簡易キットを使って作ったカントリーロッジと、ノゾムが作った不格好な小屋がある。
その隣の開拓地には、建物はひとつもなく、青いテントがひとつだけある。テントの外には焚き火があり、焚き火の上には金網が敷いてあって、魚がパチパチと焼ける音が響いていた。
「サフィール」
魚を焼いている男にシプレは声をかける。フードを深々とかぶった男はちらりとシプレを見て、魚に目を戻して、くるりと身をひっくり返した。
「何の用だ、シプレ」
「何の用だ、じゃないッスよ。ここで何をしてるんスか?」
「いつでも遊びに来ていいと言ったのはお前だろう」
「いや、言いましたけどね? まさかほぼ毎日来るなんて思わないじゃないッスか。自分の仕事はどうしたんスか」
「やることはやっている。ああ、待て待て、もうちょっとでいい感じに焼けそうなんだ。少し黙ってろ」
パチパチと音を立てて焼けていく魚を見つめる男の目は、真剣そのものだ。こういう目を見たことがある。モノづくりに没頭している時のナナミの目、あるいは武器作りをしている時のK.K.と同じ目だ。
シプレは顔を引きつらせた。ノゾムはもしや、と思い、シプレを見る。
「シプレさん。もしかして、この人が……」
「……。はい、その、『もしかして』ッスよ」
シプレは遠い目をしたまま頷いた。
「こいつが『スポーツの国ブルー』の王、サフィール、ッス」
ブルーの城に行っても、会えないわけだ。
 




