ノゾムのモノづくり
あれから3日が経ち、ラルドは元気に復帰した。家族旅行は楽しかったそうだ。ただ、自分の運動不足をヒシヒシと感じたらしい。
「どこに行ったの?」
「山でキャンプ。山菜採ってー、釣りをしてー、うっかり足を滑らせて溺れそうになったぜ」
「……、大丈夫?」
「父ちゃんがすぐに助けに来てくれたし、意外と浅い川だったから全然平気」
そんな浅い川で溺れそうになるなんて、リアルのラルドはどれだけ鈍臭いんだ。ゲームなんてやってないで体力作りをしたほうがいいんじゃないのか。
ちなみにラルドのお父さんは今日も仕事は休みなのらしい。お盆休みだものな。ノゾムの母親もちょうど連休に入っている。息子がゲームに入り浸りだと知って「いいじゃない、どんどんやりなさい」と親指を立てる始末である。
母親としてどうなのかと思う。
「それで? ブルーとアンディゴの王様に会いに行くのか?」
「そうだね。それが親父を見つけるヒントになるって、シプレさんは言ってたし。いい加減、親父をぶん殴りたいし」
「理由が過激だな……。まあ、ブルーにもアンディゴにも行くから、ちょうどいいな」
『魔王復活イベント』に挑戦するなら、イベントが始まる前にアンディゴに到着しておく必要がある。魔王がいる『常闇の国ヴィオレ』は、アンディゴの北に浮上する予定だからだ。
アンディゴはもちろん、アンディゴへの通り道である『スポーツの国ブルー』にも行くことになるので、そのついでに王様に会いに行こう。もちろん、簡単に会えるとは限らないけれど。
「それで? ノゾムは何を作ってるんだ?」
ラルドはようやく問いかけた。ラルドの視線は、先ほどからトンカチを振るノゾムの手元に注がれている。ノゾムは目線をそれから離さないまま答えた。
「何って、ロウの小屋だけど」
「ほっほー」
「暇だったんだよ! 昨日は1日『夜』の日だったからラルド抜きでレベル上げするのはキツかったし」
他プレイヤーの開拓地観光も、2日あればだいたい見終わってしまった。この国の役所で最初に貰える開拓地の広さは1ヘクタール。お金を払えば土地を広くすることも可能だけど、ほとんどの開拓地はそこまで広くない。
「簡単な小屋の作り方なら、リオンさんが教えてくれるっていうし」
「あいつ、何でも知ってんな……」
まったくである。モンスターを前にすると逃げ出すところと、女性を前にするとおかしなことを言い出すところを除けば、リオンはめちゃくちゃ有能なのである。
本人にそれを告げたところで「オレなんかを評価してくれてありがとう!」と言われるだけなのだけど。何故にそこまで自己評価が低いのか。
「でも、ちゃんと教えてもらったとおりに作ってるのに、どうしてか隙間が空いちゃうんだよね……」
「……板が微妙に歪んでるからじゃね?」
「やっぱり歪んでるか……」
ノゾムの不器用は一朝一夕には直らない。仕方がないので、隙間が空いた箇所には別の板を張り付けて補強することにする。なんとも不格好な小屋になってしまった。
「屋根の色は何にしようかな……」
「手伝ってやりてぇけど、ケイ姐さんから呼び出されてるんだ。ミスリルの在り処が分かったのかも。オレ、ちょっと行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
ラルドはあっという間にいなくなった。相変わらず忙しい男である。ラルドがいなくなってしばらくした頃に、自分の開拓地へ行っていたナナミがリオンを伴ってやって来た。
「ちゃんと小屋が出来てるじゃない」
「すんごく不格好だけどね」
「これはこれで味があるわよ」
「味……?」
味があるって何だろう。やはりナナミは、意外と何でも有りなんじゃなかろうか。
リオンがにこやかに言う。
「大事なのは、ロウくんが気に入るかどうかじゃないかな?」
なるほど。それはもっともだ。
「そうですね……出てきて、ロウ!」
「わっ、わっ、わっ、ちょっと待って!!」
リオンは慌てて、ラルドが建てたカントリーロッジの中に飛び込んだ。アイテムボックスから出てきたロウは「あん!」と鳴いて、尻尾を振る。うん、可愛い。
「ロウ。ロウに小屋を作ってみたんだけど……」
そこでふと不安が湧いてくる。
気に入られなかったらどうしよう。
そもそも『小屋』として認識されなかったらどうしよう。
ていうかこれってどう見ても犬小屋だし、そもそもロウは狼なんだってことを、ノゾム自身が忘れかけていた気がする。
「えーっと……」
ノゾムは視線を右往左往させる。ロウは小屋の入口で鼻をすんすんさせた。中へ入る。寝転がった。可愛い。
「ロウ〜〜〜っ!」
「気に入ったみたいね」
良かったわね、とナナミは笑みを浮かべる。うん、本当に良かった。ノゾムの不器用はなかなか直らないけれど、不器用であってもモノづくりというのは楽しめるものらしいと、ここへ来てノゾムはようやく理解した。
屋根の色はロウの毛色に合わせて赤にすることにする。相変わらず下手くそだが、これはこれでいいのではないかと思えた。
「うん、良かったね。本当に良かったね。でも、ちょっと引っ込めてくれないかな〜?」
「……リオンさん。モンスターだと思うから怖いんですよ。いいですか、こいつは犬です。仔犬です。よく見てください、可愛いでしょ!?」
ノゾムは力説するが、リオンは怖がるばかりだ。他のモンスターならいざ知らず、ロウを怖がるのは本当に理解できない。だってロウは可愛いのに!
ナナミがぽそりと「ノゾムだって最初は怖がってたのに」と呟いたけど、ノゾムは全力で聞こえていないふりをした。
「ロウは可愛いです!」
「わかったってば〜〜〜!」