開拓地観光
「テイムモンスターはおとなしいから、逃げる必要ないのにね」
あっという間に見えなくなったリオンにナナミは苦笑を漏らす。確かにそのとおりなのだが、ノゾムにはリオンの気持ちが分からなくもなかった。
ノゾムもまた、自分がテイムしたロウを怖がっていたことがあるからだ。
今思うと、なんて馬鹿だったんだろう。
ロウはめちゃくちゃ可愛いのに。
「ナナミさんの開拓地はこれにて完成って感じ?」
「そうね。このあとは物作りの拠点に使うって感じかしら。工房ももっと大きくしたいし、素材を集めておく倉庫も作りたいし……」
ナナミの創作欲は留まることを知らないらしい。
「そういえば、ラルドのほうの開拓地はどうなってるの?」
「家を一軒だけ建てて放置だよ」
「もったいない。ノゾムが代わりに作っちゃえば?」
「俺はセンスがないからなぁ」
ノゾムとて作ってみたい気持ちはある。ロウの小屋とか。ロウの遊び場とか。だけども自分がとてつもなく不器用なことを自覚しているので、チャレンジする気にはなれない。
街で売られている簡易キットを使って作っても、きっとヘンテコなものが出来上がるだろう自信がある。
ナナミは「そうかなぁ」と首をかしげた。そうだよ。
「それじゃあ、ほかにしたいことはある?」
「ほかに? うーん……あっ! あの謎の塔とか巨大モアイ像とかを見に行きたい!」
飛行船の上や、オランジュのSLの車窓から見えた、謎の建造物群。
ノゾムはアレらが何なのか、すごくすごく気になっていたのだ。
ナナミはにんまりと笑った。
「いいわね、見に行きましょう。ねぇリオン! これから観光に行くんだけど、あなたも来る?」
「行きたいです!!」
トマト畑の向こうから顔を出したリオンは即座に手を上げた。
「でもグラシオくんは怖いです!!」
「……ちゃんとアイテムボックスに入れておくわよ」
リオンは本当に素直だ。
***
ヴェールの広大な国土は、採集地よりも『開拓地』のほうが圧倒的に多い。いったいどれくらいのプレイヤーがこの国で開拓をしているのかは分からないけど、とにかくたくさん存在するそれらは多種多様で、たとえば田舎の小さな村のような開拓地の隣に近未来的な高層ビル群が建ち並んでいたりする。
高層ビルは色とりどりの鉱石で作られていた。開拓地と連動している『箱庭』の中に、削ったり磨いたりして形を整えた小さな建物を並べて街を作っているのだ。
小さな建物がたくさん並んだ箱の中はめちゃくちゃキラキラしていた。それを見ているナナミの目もめちゃくちゃキラキラしていた。リオンの眼差しが生温かった。
こんなキラキラビル群の隣にある小さな田舎の村はといえば、木の柱と赤レンガを使った可愛らしい家が数軒並んでいて、家の前には道が敷かれ、野菜畑が広がっている。
道の端に植えられた小さな花。畑の脇に置かれたネコ車。畑の真ん中には少し不格好な案山子。
道はあえてまっすぐには敷かず、ちょっぴり曲がりくねっていて、レンガの家もよく見ると少し土で汚れていた。こだわりが細かすぎないか。なんだかここだけ絵本の中みたいだ。隣にはキラキラのビルが建ち並んでいるのに。
対照的な2つの開拓地だが、その持ち主である2人のプレイヤーは仲が良いらしい。ノゾムたちが見学に来た時には、2人は2つの開拓地の間にある並木道で並んでおしゃべりをしていた。
鉱石の高層ビル群を作ったのはショートヘアのカッコイイ女の人で、絵本のような村を作ったのはメガネをかけた優しげな男の人だ。
いろいろ話を聞いてみたかったけど、リオンに「邪魔しちゃ悪いから」と言われて仕方なく諦める。見学させてもらったお礼だけ言って、ノゾムたちは別の開拓地へ向かった。
謎の塔は、近くで見ると本当に謎な塔だった。天高くどこまでも伸びていて、どうやら積み木を重ねるように、四角い箱が積み上げられて出来た塔なのらしい。
「高さ制限がどこまであるのか知りたくてね」
塔を作った麦わら帽子の青年は、塔を作った理由をそう教えてくれた。
箱庭の中に小さな箱を積み上げていって、開拓地の中でどこまでそれが反映されるのかを知りたかったのだと。
「どこまで反映されたの?」
「どこまででも。まだ実験の途中なんだよ。今は3メートルを超えたとこなんだけど」
青年のところの『箱庭』を見せてもらうと、箱の真ん中に堆く積まれた小さな箱があった。3メートル以上も積まれたそれは、なんだか今にも崩れそうだ。
「接着剤でくっつけてるんですか?」
「いや。普通に積んでるだけ」
「崩れたらどうするんですか……」
「どうなるのかなぁ」
箱庭の中の塔が崩れたら、もちろん目の前のこの天高くそびえる塔も崩れるのだろう。普通に怖いんだが。
並木道を抜けて海岸沿いに出ると、今度は巨大なモアイ像が並んだ開拓地に到着した。イースター島のモアイ像は写真でしか見たことないけど、目の前の巨大モアイ像は本物そっくりな見事な出来だった。
モアイ像のほかに、開拓地には小さな埴輪や土偶が並んでいる。この開拓地の主はいったい何を思ってこんなものを作ったのか……。
というかこの埴輪、どこかで見たことがあるような気がする。
どこでだっけ……とノゾムが首をかしげていると、モアイ像の後ろから、この開拓地の主が現れた。
「おやおや見学ッスか? どうぞどうぞ、好きなだけ見ていってくださいッス!」
にこにこ笑顔で言う、ピスタチオグリーンの髪をサイドに結んだ女の子。以前はトマトの髪留めだったが、今日はカボチャだ。
ノゾムは唖然とした。
「シプレさん……?」
「はいッス! この国ヴェールの王、シプレッス!」
巨大モアイ像の開拓地の主は、この国の王様だった。




