チュルコワーズの訓練所Ⅲ
「んじゃまあ、改めて。俺はハンス。このシスコン兄ちゃんがリーダーを務めている『レッドリンクス』のギルドメンバーだ」
ハンスは自分の胸に手を当ててそう言った。なんだか順番が逆になってしまった気がするが、ノゾムも改めて「ノゾムです、よろしく」と頭を下げる。
「シスコンはやめてくれないかな」というジャックの呟きは無視された。
ハンスは人懐こい笑顔で続ける。
「いや〜、『ノゾム』が弓使いだっていう情報はあったんだけどさ。クルヴェットで見かけたヘロヘロ矢の奴とイコールでは結びつかなかったわ。弓は使い手が少ないのは確かなんだけど、まったくいないってわけじゃないしさ。『遠距離攻撃ができるから』って理由で最初に弓を選ぶ奴も、けっこういるんだよな」
「あ、俺もそういう理由だった」
ノゾムが『狩人』を選んだのは、リアルすぎる世界で、これまたおそらくとてもリアルだろうモンスターと、接近して戦うのが怖かったからだ。
まあ、そういう理由で選んだ弓は、練習しなければ使い物にならないものだったわけだけど。
「ケイ姐さんが『見習いと呼ぶはもはや無礼』って言ってたのも理解できたぜ。さっきの弓さばきは、もはや素人じゃないよな。知らんけど」
「知らんのかい」
「だって弓のことなんて詳しくないもん」
ジャックのツッコミに、ハンスは飄々と返す。ジャックはため息をついた。なんだかとても疲れているように見える。
「……えーと、それで、ノゾムくん」
「ナナミさんならいませんよ?」
「いやまだ何も聞いてないよね? え? まさかノゾムくんも俺のこと『シスコン』て認識してるの?」
「違うんですか?」
ノゾムはきょとんと目を瞬いた。
ジャックがこの国に来たのは、K.K.に何かを聞きに、という話だったけど、それってつまりナナミのことだったんじゃなかったのか。
「ナナミの現在地は開拓地だろ?」
「ハンスさん、なんで知ってるの?」
「俺にはいろいろ教えてくれる友達がたくさんいるのさ」
ハンスはフレンドが多いらしい。納得だ。ノゾムだっていつの間にかフレンド登録していたもの。人の懐に入るのが妙に上手いのだ、この少年。
「それで、なんですかジャックさん?」
「いやぁ……その、なんでノゾムくんは1人でこんなところにいるのかなぁって」
「ナナミさんのことが気になるんですね」
「そんなこと言ったかな?」
なんとも言えない顔をするジャックに、ノゾムは首をかしげる。
違っただろうか。
『ノゾムくんはどうして1人でいるの?』=『ほかのみんな(特にナナミ)はどうしたの?』ってことじゃないのだろうか。
「曲解してしまいました?」
「いや、うーん……。当たらずとも遠からずといった感じではあるんだけどね?」
「面倒くさいよな、このシスコン兄ちゃん」
「お前にだけは言われたくないよ」
ジャックはジト目でハンスを睨む。
……えーと、つまり、やっぱり結局、気になるのはナナミのことってことでいいんだろうか?
でもそれを直接指摘されたくはないと……そういったところだろうか。
「…………。俺は、ナナミさんが新しく作ってくれた矢を試し射ちしているところです」
「へえ? 新しい矢?」
「はい。矢柄を竹で、矢尻を鉄で作った矢です。今まで使っていたものと比べて先が重たいので、射ったときの感覚が違ってて……それで練習してたんです」
「ふーん。重い矢か。そのぶん威力も上がってそうだな」
ジャックはなるほどねぇと頷いた。
「ジャックさんたちこそ、どうしてこの国に? ナナミさんの様子を見に……じゃないみたいですけど」
「神様に会うためだぞ」
ジャックの代わりにハンスが答えた。ノゾムは「えっ」と目を丸めてジャックを見つめる。「この人、大丈夫か?」と言わんばかりの顔である。
「なんだかとても勘違いされている気がする!」
「どんまい、シスコン兄ちゃん」
「お前のせいだろ!」
どうやら、神様は神様でも、スピリチュアル的なもののことではなく、ゲームの中にいる神様のことらしい。
このゲームの中の神様――天空神に会う、という条件を満たすことで『神依』という珍しい職業に転職することができるのだそうだ。ジョーヌの図書館にあった『職業図鑑』に載っていたのだという。
ただ、神様に会う、という条件の満たし方は分からない。この世界のどこにいるのかが分からないからだ。それでジャックたちは、何かと物知りなK.K.に情報を聞きに来たらしい。
「それじゃあ、本当にナナミさんとは関係がなかったんですね」
「そのとおり」
ジャックは至極真面目な顔をして頷いた。ハンスはそんなジャックを見上げて「へー、ふーん、ほーお」と言う。ジャックに頭を押さえつけられた。
「んじゃま、俺たちはもう行くわ。練習の邪魔をして悪かったな、ノゾムくん。ナナミのことよろしくな」
「あ、はい」
ジャックはハンスの首根っこを掴まえて、出て行った。つまるところジャックが言いたかったのは、最後のその一言だったんだろう。
確かに面倒くさい人だなぁと思いつつ、ノゾムは矢の試し射ちを再開した。
***
白い煙が上がっている。ナナミの開拓地に戻ると、街の大工さんに作ってもらった炉の前でナナミたちが作業している姿があった。
鉄の矢尻のほかにも、なんかいろいろ作っているみたいだ。
「赤い魔石をはめてっと……炎の大剣、完成! どうだカッコイイだろ!」
「はいはい。カッコイイ、カッコイイ」
「属性に耐性を持つ相手だとダメージが半減するんじゃなかったか?」
「あ、そっか。それじゃあ氷の剣も作る!」
ワイワイと、なんだかとても楽しそうだ。なんとなく寂しさを感じつつ近付いていくと、気付いたナナミが声を上げた。
「どうだった?」
「うん、いつもより強めに引けば、問題なさそうだったよ」
ために今までよりちょっぴり時間がかかるけど、その分、矢の威力は上がる。
ナナミの作った新しい矢は成功と言っていいだろう。
「それじゃあこれで量産するわね。ガルーダの羽根をつけたものも、たくさん作っておきましょ」
「うん」
「とりあえず100本くらいかしら?」
「ナナミさん、あんまりたくさん作ると俺のアイテムボックスに入りきらないよ」
錬金術師の『収納』スキルを持っているならともかく、通常はアイテムボックスに入る数には限りがあるのだ。100本も作られたら、回復薬などの他のアイテムが入らなくなってしまう。
その時ふと、ポーンという軽やかな音が鳴り響いた。左腕のリングからだ。何らかの通知を受け取った合図である。
「何かしら?」
ナナミがリングを弄りだす。音は受け取った本人にしか聞こえないはずなので、どうやらナナミも何か受け取ったらしい。
「運営からの通知だな」
オスカーがリングを弄りながら言う。なるほど、運営からのお知らせなら、みんなが一斉に受け取ってもおかしくはない。
「アプデのお知らせかな!?」
ラルドがわくわくしながら、画面を開いた。
半透明な板には、こんなことが書かれていた。
《大規模イベントのお知らせ》
そして、
《黒き魔王の復活》
――いつか、必ず、魔王は復活します。
神官のお姉さんの言葉が、ノゾムの脳裏に蘇った。