射撃方法はいろいろある
カルディナル付近のモンスターは弱すぎるという理由で、東の岩石地帯へ向かう。
ギザギザに尖った岩山が連なっており、その中のひときわ目立つ大きな山がエカルラート山だ。
エカルラート山の麓にはガランスという小さな村があって、そこからさらに東に行くと隣国『オランジュ』になる。
出てくるモンスターは大型の鳥や狼、鹿に似た蹄を持つやつ、大きなネズミなど。どれもレベルは高い。
ユズルは迫りくる大型の鳥に対して、3本の矢を同時に弦にかけた。
「え、3本? どうやって握ってるの、あれ?」
「「…………」」
漫画だかアニメだかで、ああいうのは見たことがある気がする。ユズルは器用に3本持ったまま弓を引き、鳥に放った。全てうまいこと命中する。
「日本のアニメを見て練習したらしいぞ」
「ううむ。日本人として喜ぶべきか」
ジャックはどうやら日本人のようだ。口ぶりからすると、ユズルは外国の人なのだろう。
このゲームの中では言葉が自動的に翻訳されるから、海外でもプレイされているということを忘れがちだ。
ちなみにユズルが使っている弓はショートボウだが、威力とスピードがノゾムが使っている弓とは桁違いに高い。
「ユズルさんが使っているのって、もしかしてコンポジットボウですか?」
「ああ、そういえばK.K.から貰ったらしいな」
「ケーケーさん?」
「色黒の大女だよ。あいつ名乗ってねぇのか」
ジェイドが呆れた顔をする。ノゾムにコンポジットボウをくれたあの謎の女性は、どうやら彼らの知り合いだったようだ。
彼女もまた、ノゾムの事情を知って協力してくれようとしたのだろう。
しかし……
「えっと、その、申し訳ないんですけど、あの弓、使えなかったんですよね……。硬すぎて」
ノゾムはしょんぼりと告白する。よく分からないまま渡されたコンポジットボウだったけど、せっかくだからと一応装備はしてみたのだ。だが、硬すぎて弦が引けなかった。ノゾムは結局、今までどおり『見習い狩人の弓』を装備している。
ジェイドは「ああ」と思い出したように言った。
「物理攻撃力が一定以上じゃないと使えないとか言ってたな。まあ、そのうち使えるようになるんじゃねぇの?」
あっけらかんとした物言いにノゾムは拍子抜けした。
ジャックはケラケラ笑って頷いている。気にすることはない、ということだろうか。
「秘技! 乱れ射ちぃぃぃぃ!!!」
「え……何あれすげぇ!」
四方八方に矢を射ちまくるユズル。すごいのはその速度と正確さだ。放たれた矢はどれも吸い込まれるようにモンスターたちに命中している。このゲームに『命中率』はないから、あれはすべてユズルの実力だ。
「……真似すんなよ。他のプレイヤーに迷惑だから」
ジェイドが神妙な面持ちで言う。たしかに、あんなに無茶苦茶に射ちまくって、モンスターにちゃんと命中しているからいいものの、当たらなかったら周りに無駄に迷惑をかけることになるだろう。
ノゾムはまだまだ素人に毛が生えた程度の実力だが、それでもユズルがとても優れた弓使いだということは分かった。
狙った場所に、狙いどおりに当てる。それだけのことがどれだけ難しいことなのか、ノゾムはもう知っている。
そのうえユズルは、ジャンプしたままだとか、走りながらだとか、態勢が不安定な状態でも構わず矢を放ち、それが当たる。
いったいどういう練習をしたらあんなことが出来るようになるのか、想像もつかない。
(でも、ドン引きはしないけどな……)
せっかくの狩人仲間がいなくなると言っていたあれは、どういう意味だったのだろう?
「――ていうか、てめぇいつまで無双する気だよ! 見習いの練習が目的だってこと、忘れてねぇか!?」
眉間のしわをどんどん深めていっていたジェイドが、しびれを切らして叫んだ。ユズルはハッとする。ノゾムもすっかり忘れていた。
「す、すまない。つい夢中になってしまった。君も弓を出してくれ」
「は、はい!」
ノゾムは慌てて『見習い狩人の弓』を取り出した。
弓に矢をつがえ、鹿のようなモンスターに向かって構える。鹿は露出した岩肌にわずかに生える草花を食べるのに忙しいらしく、こちらには気づいちゃいない。
距離はおよそ20メートル。ユズルたちの視線がちくちく刺さって、やりにくいったらありゃしない。
「肩の力を抜けよ、ノゾムくん。外れても俺たちが仕留めるから大丈夫だ」
ジャックが笑って言う。それは頼もしい。
ノゾムは静かに深呼吸をして、矢を放った。
矢は鹿の脚に当たる。首あたりを狙ったつもりなんだけどな。悲鳴を上げる鹿は、すぐにそこを逃げようとした。一瞬で距離を詰めたジャックが一刀両断する。鹿は青白い光になって消えた。
《レベルが上がりました》
目の前に、ふいにそんな文字が現れた。ノゾムはギョッとした。とんでもない量の経験値が入ってきた。
「……どうした?」
怪訝な顔をしたジェイドが聞いてくる。
ノゾムは目を丸めたまま答えた。
「レベルが一気に5つも上がりました」
「どんだけ低かったんだよ」
ノゾムのレベルが低かったために起きた現象らしい。
ちなみにジェイドのレベルは52、ユズルは43、ジャックは75なのだそうだ。
「レベルが20以下なら、ここらへんのモンスターと戦うと面白いぐらいにレベルが上がるだろうな。よし、パワーレベリングといくか!」
「パワー……なんですか?」
拳を突き上げるジャックにノゾムは首をかしげる。
パワーレベリングとは、レベルの低いプレイヤーがレベルの高いプレイヤーに協力してもらって、効率よくレベルを上げることをいうそうだ。