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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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いざ起動

 中から出てきたのは黒くて四角い物体と、黒いリング、それから頭にかぶるヘルメットだった。ヘルメットとは言っても工事現場のおじさんたちが頭につけているようなものとは違う。目元まで覆うタイプ。きっと内部から電波か何か出ていて、それがプレイヤーをゲームの世界へいざなうのだろう……想像するとちょっと怖くなってきた。

 大丈夫? このヘルメット。


 黒くて四角い機械は、ゲームの本体だ。起動ボタンがついている。ヘルメットとは無線で繋がっているらしい。


 黒いリングはバイタルチェックリング。腕にはめることで体温、脈拍、血圧なんかを測定することができて、万が一これらに異常が出た場合、プレイヤーの意識はすぐに現実世界へ戻される。


 リングは利き腕ではないほうに装着することが勧められている。なんで利き腕じゃないほうがいいのか、ちょっと分からない。


 それから、ゲームを始める前には『プレイ時間』の設定が必要だ。設定した時間になると、これまた自動で現実世界に戻ってくるようになっている。ゲームをしていると時間の感覚がなくなるから――という理由だけでなく、健康面の理由もあるのだそうだ。

 あんまり長時間、現実の体を放置するのはよくない……ということらしい。そりゃそうだ。ちなみに一度プレイ時間を終えると、現実で1時間経過しないと再開することができない。


 希は説明書に従ってリングを左腕につけて、ヘルメットをかぶった。プレイ時間は3時間にする。本体を起動させて、あとはベッドに横になるだけ。


 耳元で聞こえる静かな機械音が、だんだんと眠気を誘う。


 本当に大丈夫かな? このヘルメット。




 ***




「……っ、うわ!?」


 気が付くと希は雲の上にいた。眼下には広い海と、海に浮かぶ陸地が見える。風が髪をかき上げる感触も、ひんやりとした冷たい空気も、現実と思えるほどにリアルだ。


「お、落ちる!?」


 希は慌てて両手をバタバタと動かしたが、どうやらこの体は重力に逆らって浮いているらしい。落下する感覚はない。


「え、何これ? 夢? 明晰夢ってやつ? やけにリアルな……っていうか俺、ゲームを始めたんじゃなかった? 何これ!?」


 パニックだ。何が何だかさっぱり分からない。やっぱり父親の誘いになんか乗るんじゃなかったと後悔し始めたその時、背後からばさりと、まるで鳥が羽ばたくような音が聞こえた。


 振り向いて、ギョッとする。希の目に映ったのは鳥ではなかった。純白の翼を生やした――


「て、天使……!?」


 腰まである波打つブロンドの髪。長いまつ毛に縁どられた晴れた空の色の瞳。陶器のような白い肌。慈愛に満ちた笑みを浮かべて希を見下ろしているのは、本の挿絵から飛び出してきたような――まさに『天使』と呼ぶべき存在だった。


「え、俺、死んだ?」


 男か女かは分からないけれど、きっとこの天使は希を迎えにきたのだろう……。……って、そんな馬鹿な。


 これは夢だ。たぶん絶対に夢だ。



「ようこそ、虹の世界『アルカンシエル』へ」



 天使はよく通る声で言った。これまた、男か女か分からない声である。


 ……アルカンシエルって言った?


「ここはゲームの中ですか!?」

「虹の世界『アルカンシエル』です」

「ゲームの中ですよね!?」

「……キミは世界観を大事にしないんですね」


 その通り、ゲームの中ですよ、と天使は朗らかに言った。希は心底驚いた。何故なら風も、空気も、浮いている感覚も、すべてがリアルに感じられるのだ。……これがゲームの世界だって?


「私は天空神の使いです」

「……えーと?」

「神の使いという名の案内係です。キミ、このまま世界観に入れなくてもいいの?」

「ゲームの世界観ってよく分からないことが多いので、別にいいです」


 希はきっぱりと告げる。天使は困ったような顔をして「そうですか」と返した。


「天使さんは……えーと、運営? の人ですか?」


 このゲームは『MMO』というジャンルのゲームなのらしい。大勢のプレイヤーが同時にプレイすることができる、というゲームだ。


 自分以外にもたくさんの人が利用している中で、誰かが周りの迷惑も顧みず好き勝手なことをすると、すごく困る。そういう迷惑なプレイヤーに対応したり、みんなが問題なく楽しめるように働いているのが『運営』の人たちなのである。


「いいえ、私はAIです」

「え、AI!?」


 希は再度びっくりした。AIって、つまりロボットってことだ。


「AIって、こんなにスムーズに意思疎通ができるものなんですか!?」

「科学は日進月歩していますからねぇ」

「え、ちょっと怖い。AIの反乱とか」

「SF小説の読みすぎだと思われます」


 さらりと言われて希は拍子抜けした。

 小説の読みすぎ……確かにそうかもしれない。


「案内を続けてもよろしいですか?」

「あ、はい。よろしいです」

「それでは腕のリングを見てください」

「リング?」


 リングといえば、ゲームを始めたときにつけたバイタルチェックリングだ。首をかしげてリングに目を落とすと、なんとリングの形状が変わっていた。オシャレなデジタル時計みたいになってる。

 普通の時計と違って、どうやら時間は遡っているようだけど。


「画面の下にあるボタンを押してください」

「あ、はい」


 言われたとおりにボタンを押す。すると、目の前に半透明な四角い板が現れた。板の先には人形が見える。肌も髪も目も白い、マネキンのような人形だ。


 半透明な板には名前の入力欄や、性別、髪の色とか目の形とか、いろんな項目が載っていた。


「まずはキミの分身体を作ってもらいます」


 キャラクターメイキング。父親に押し付けられたゲームの中にも、こんなのがあった。プレイヤーが操作するキャラクターを、プレイヤー自身でデザインするのだ。髪型や目の形、耳の形、体格も、ずいぶんと自由に作れるらしい。


 人外にもデザインできるみたいだが、希は普通の人間にした。


 名前は『ノゾム』で、性別はもちろん男。毛先が跳ねた青い髪に、なんとなく白いハチマキを巻く。体格は普通に……細マッチョな感じで。身長は憧れの180センチ!


 服を用意されているものの中から選んで、目の色とかも決めて……思ったよりだいぶ時間がかかった。


「次は職業を選んでください」


 画面が切り替わり、だいぶカラフルになったマネキンが消えた。代わりに出てきたのは、4体の人形だ。今度の人形はとても小さい。3等身の人形である。


「戦士。物理攻撃と防御力に優れた者。ファーストスキルは『ブースト』。一時的に攻撃力を上げるスキルです」


 一番左にいる人形がぴょこぴょこ跳ねる。

 剣と盾を持った、軽装の人形だ。


「魔道士。いくつもの魔法を使いこなす者。ファーストスキルは『初級魔法』。氷、炎、雷の魔法を覚えます」


 戦士の隣にいる人形がぴょこぴょこ動く。

 黒いローブに身を包んだ、三角帽子の魔法使いだ。


「狩人。獲物を捕えるすべに長けた者。ファーストスキルは『視力補正』。五キロ先にいる獲物の姿までクッキリ見えます」


 弓を持った人形がぴょこぴょこ跳ねる。

 まるで、自分を選んでくれと言わんばかりに。


「盗賊。アイテム収集能力に長けた者。ファーストスキルは『盗みの心得』。相手の持つアイテムを盗むことが出来ます。成功率は熟練度に比例して上がります」


 最後に残った、頭にバンダナを巻いた人形が「フッ」と笑う。

 なんでこいつだけ反応が違うんだ。


「職業はあとで変えることができます。条件を満たすことで、転職できる職業は増えていきます。職業によって上がりやすいステータスが変わるので、自分のプレイスタイルに合ったものを選んでください」


 天使の説明が終わると、4体の人形の下にはステータスが表示された。なるほど、職業によって得意な分野が異なるのか。


 戦士は攻撃力と防御力が高くて、魔道士は魔法に関する能力が高い(その代わり防御力が超低い)。盗賊は速さが高くて、狩人は全般的に平均だ。


 こんなにもリアルな世界だ。モンスターだってリアルに決まっている。近付いて戦うなんて、無理だ。怖い。


 となると、選ぶべきは……。


「遠くから攻撃できる狩人かな」


 魔道士も遠くから攻撃できそうだが、防御力が低すぎるのがネックである。


 希が『狩人』をポチッと押すと、狩人人形が両手を上げて、他の3体は膝をついた。なんか罪悪感が……すまんな、お前たち。


 職業を選び終えると半透明な板は消えて、またデジタル時計のような画面に戻った。時間はさっきよりもずっと減ってる……これはタイマーか?


「リングには残りの『プレイ時間』が表示されます」

「え!?」


 希のプレイ時間は残り2時間を切っていた。嘘だろ、初期設定に1時間以上も使ってしまったのか……。


 天使は「時間がかかる人はもっとかかりますよ」とフォローしてくれたけど、なんか恥ずかしい。


「もう一度、画面の下のボタンを押してください」

「あ、はい」


 言われたとおりボタンを押す。すると、またしても目の前に半透明な板が現れた。


 さっきと違って、そこには『アイテム』や『スキル』といった項目が並ぶ。これはゲームの『メニュー画面』だ。


「右下の『設定』を選んでください」

「設定……」


 言われたとおりに押すと、また画面が変わる。


「その中に五感の設定がありますね?」

「あ、はい。あります」


 視覚とか、聴覚とか。

 今はどれも五段階の真ん中になっている。


「数字が大きいほど感度が高くなり、この世界をリアルに感じることができます。しかし感度を上げすぎると具合が悪くなることもありますので、ご注意ください」

「分かりました〜」

「それから痛覚の設定が」


 これは説明を受ける前にオフにした。痛みなんて、感じないほうがいいに決まっている。というかこれをオンにする人なんているの? 変態なの?

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