チュルコワーズの訓練所
鉄が固まったのを確認して、木枠を取り外す。中には小さな矢尻が5つ並んでいた。やすりをかけて形を整え、先に作っておいた竹の矢柄に紐でくくり付ける。
羽根はガルーダの羽根――ではなく、街で購入した孔雀の羽根のようなものを取り付ける。ガルーダの羽根では、『炎の矢』になってしまって、使うと燃え尽きてしまうからだ。試し射ちする矢に、ガルーダの羽根を使用するのはもったいない。
「よし、出来た。どう、ノゾム?」
「うーん……」
受け取った矢をノゾムはしげしげと見た。木の枝を削って作っていた今までのものに比べると、竹の矢柄は軽く、鉄の矢尻は重い。
「紙飛行機は前を重くするとよく飛ぶよな」
「進行方向に重心があると安定するんだよ。逆に前が軽いと、途中で浮き上がってしまって失速するんだ」
ラルドの問いかけにオスカーはそう答えた。一度プレイ時間を終えて1時間の休憩を挟んだけど、リオンとは交代せずにオスカーのプレイが続いている。
その理屈だと弓矢もそうなるはずだけどと、オスカーは首をかしげた。
まあ、試してみれば分かることだ。
「えーと、何か的になりそうなもの……」
「そのへんにある木でいいんじゃね?」
「そうだね」
ノゾムは適当な木を目掛けて弓を構えた。完成したばかりの矢をつがえ、弦をめいいっぱい引く。使う弓は、以前K.K.から貰ったコンポジットボウだ。
いつもと同じくらいの力で引いて、いつもと同じ高さを意識し、放つ。
矢は狙いよりも下に当たった。
「……とりあえず、いつもと同じ射ち方じゃ駄目みたい」
「だなぁ」
「この国にも訓練所ってあるかな?」
「ああ、街にあったぞ」
赤の国のクルヴェットや、橙の国のアプリコのような訓練所は、この国にもあるようだ。
ノゾムはしばらくそこで練習をすることにした。
***
チュルコワーズの街に入ってすぐに訓練所は見つかった。王宮や教会に次ぐ大きさの建物で、入口にかがり火があるのでとても目立つ。
「よく来たな」
入口に立つ、やたらと厳つい顔をした男が重々しく口を開いた。
「ここは身体の基本的な動かし方や各種武器の扱い方を学ぶ場所。新米の冒険者はもちろん、腕に覚えのある冒険者が新たな高みを目指すために、基礎を学び直す場所でもある」
口の周りに生えたゴワゴワとしたヒゲ。腕や胸に、無駄なくついた筋肉。
ノゾムは恐る恐る尋ねた。
「あの、クルヴェットやアプリコにも、いませんでした?」
男の容姿は、クルヴェットやアプリコの訓練所の入口にいた者たちと、あまりに似すぎていた。
「む。従兄弟たちを知っているのか」
「い、いとこ?」
今度は従兄弟設定らしい。
どう見ても本人なんだけどなぁと思いつつ、ノゾムはビクビクしながらチュルコワーズの訓練所に足を踏み入れた。
内部はクルヴェットやアプリコのものより、少し広い。入ってすぐにアスレチックがあるのは同じだ。手作りと思わしきブランコや、回転木馬が設置されている。訓練所というよりは遊び場である。
各種武器の扱い方を教えてくれる先生もいるが、今回のノゾムは矢の試し射ちが目的なので指南は断った。ウサギ耳を生やした、こちらもクルヴェットの訓練所にいたような気がするお姉さんは残念そうにしていたけど。
弓の練習場はがらんとしている。ちょうどいいやと、ノゾムは木の板の的から30メートルほど離れたところに立って、弓を構えた。
(ええっと……。さっきは下に外れたから、いつもより上を狙ってみるか)
いつもよりも少しだけ角度をつけて、弓を引く。射った矢は、また下のほうへ落ちた。さらに角度を上げてみる。高い放物線を描いた矢は、的に届かず手前に落下した。
ノゾムは「うーん」と頭をひねる。
(角度じゃないとすると……引く力が弱いのかな?)
頭の中でユズルの射撃姿を思い浮かべる。弓が壊れるんじゃないかというくらい強く引いて放たれた矢は、とても安定して見えた。
K.K.から貰ったコンポジットボウは、もともと強い弓だ。貰ったばかりの頃は硬すぎてろくに引くこともできなかった。しかしレベルが上がった今なら、もっと強く引くことができる……と、思う。
ノゾムは再び弓を構えた。放つ角度はいつもより少し上、弓が大きく反り返るくらいに強く引く。リアルでやったら、背中の筋肉が痛くなるだろう。
放たれた矢は、先ほどより速く、真っ直ぐに木の板を貫いた。
(おおお、威力がすごい……!)
狙いはまた外れてしまったので、修整しなければならない。だが今の威力なら、敵に与えるダメージもきっと上がっているはずだ。飛距離だって今までよりも伸びていることだろう。
(ロングボウに変えたらもっと飛ぶかも? でもロングボウは、小回りが利かないって言うし……)
「す……」
「ん?」
ぐるぐると思考を動かしていると、ふいに誰かの声が耳に入ってきた。
声がしたほうへ目を向けてみると、いつの間にか、練習場の入口に誰かいた。
見たところ小学生くらいだろうか。ライムグリーンの髪の上に、ぴょこんと獣の耳を生やした少年だ。あの耳はアカギツネかな、とノゾムはぼんやりと思った。
少年はキラキラした目でノゾムを見ていた。
「すっげーーーーッ!!!」
開口一番のその言葉に、ノゾムはきょとんと目を瞬いた。