孤島の採集地Ⅳ
タケノコを開拓地に植えたら竹が生えてくる。
ラルドのその言葉に「そんなことある?」と返したノゾムだったが、目の前で急成長を遂げた竹を見て、「そういうこともあるかもしれない」と思い直した。
ケツァルコアトルはといえば、もうとっくに遠くへ行っている。
あの雨はアイツが降らせたものなのか……それはまだ分からない。
さわさわと風に吹かれる竹をポカンと見上げていたナナミが、ぎこちない動きでオスカーを振り返った。
「あの、あいつ、あのケツァルコアトルってやつ……豊穣神だって言ってたわよね?」
「ああ。アステカ神話の文化と豊穣の神だ。まあ、あれが本当にケツァルコアトルかどうかは分からないけど」
羽毛ある蛇という、ケツァルコアトルを想起させる姿からそうじゃないかと推測しているだけで、実際にそうだという確証はまだ得られていない。
「豊穣神だったら、あの雨って……」
「ああ。あのケツァルコアトルらしき生き物が降らせているのかもしれないな。そしてその雨が、タケノコを一瞬で竹に成長させたのかもしれない」
「……そう」
どちらにせよ確証はない。ラルドはケツァルコアトルが消えていった方角を見て「戦いたかったなー」と残念そうに言っている。
ナナミはうつむいてブツブツと呟いた。
「あの雨……植物を成長させるだけなのかしら……すでに成長し終えていた他の竹には影響なさそうだし……他に使いみちは……」
ブツブツブツブツと呟いて、やがて顔を上げると、ノゾムたちを振り返る。
「あのケツァルコアトル、追いかけるわよ」
「お、戦う気になったのか!?」
「違うわよ! ていうかさっきノゾムも言ってたけど、あんな高いところを泳いでいるやつに攻撃なんか当たらないでしょ! そんたことより、あいつの近くに降る雨を集めるのよ!」
ナナミのエメラルドグリーンの瞳がキラキラ輝いている。これはあれだ、お宝を見つけた時の顔だ。どうやらナナミの中では、あの不思議な雨はお宝として換算されたようだ。
「俺たちは竹を採りに来たんじゃなかったか?」
オスカーが本来の目的を思い出させる。
もちろん、とナナミは大きく頷いた。
「竹もタケノコも、ちゃんと採っていくわよ。ケツァルコアトルはそのあとに追いかけるのよ!」
「……まあいいけど」
「俺も、戦わなくていいなら」
ますます『神様かもよ?』という疑念が深くなったケツァルコアトルらしき生き物と戦うのは勘弁してもらいたいが、雨水を集めるだけなら、特に抵抗感はない。
ラルドは唇を尖らせてぶーぶー言う。どんだけ戦いたいんだ、こいつは。
竹はオノで切って採集し、タケノコは再びスコップで掘って収穫する。立派なタケノコが採れた。普通に茹でて食べても美味しそうである。
採集を終えたノゾムたちは、竹林を出てケツァルコアトルを探しに行った。島に来てまだ1時間ほどしか経っていないけど、もう2回も出会えたのだ。きっとすぐに会えるだろう――そう思っていたけれど。
「ケケケーーーーッ!!」
「野菜は嫌いだーーーーッ!!」
出てくるのは野菜のモンスターばかり。
鞭のようにツタをしならせて襲いかかってくるサツマイモから、ノゾムたちは全力で逃げた。
「サツマイモは美味しいじゃないか。天ぷらにしてもいいし、シンプルに焼きいもにしてもいいし」
「じゃあオスカーお前、あれ焼いて食えよ!?」
「嫌だけど」
真面目な顔でコメントをしていたオスカーは、やはり真面目な顔のまま首を横に振った。サツマイモのモンスターはガーンとショックを受ける。食べて欲しいのだろうか。残念だがモンスターを食べたいとは思わない。普通のサツマイモだったら、ノゾムだって食べたいけど。
サツマイモのツタから逃げていると、今度は目の前に赤パプリカと黄パプリカが現れた。
ラルドが絶叫する。
「ピーマンとパプリカの違いが分からない!」
「色じゃないか?」
「オスカーさん、味も違いますよ」
見た目は確かにそっくりだけど、パプリカとピーマンは立派に違う野菜である。
「ケツァルコアトルはどこ行ったのよ!」
ナナミが地団駄を踏んだ。すると今度はその足元から、自然薯が顔を覗かせた。
この野菜のモンスター、いったいどれだけの種類がいるんだろう。
ノゾムはちょっぴり興味が湧いた。