孤島の採集地
上空には風が吹いていたのか、パラシュートを開いたノゾムたちはうまい具合にポム島へと運ばれた。
月明かりの下、キラキラと輝く黒い海原の上をゆっくりと滑空するのはなかなか面白かったのだが、オスカーにとってはそうでもなかったらしい。
「地面だ……地面がある……。地に足がつくって素晴らしい……」
へたり込んでペタペタと地面を触るオスカーは、今まで見たことない顔をしている。
だから待っていたらどうかと言ったのに。
「ここがポム島かー。上から見た感じだと、けっこう広そうだったな」
「竹林っぽいのが島の北のほうに見えたわ」
「ナナミも『視力補正』持ってたっけ?」
狩人のファーストスキル、視力補正。
たとえ暗闇だろうが、5キロ先までくっきり見える。
ラルドの問いかけにナナミは「あると便利だもの」と答えた。
そう、視力補正は持っていると地味に便利なのである。
島にはとにかく木が多い。木々の向こうには山もある。ジー、ジー、と小さな虫の鳴き声が聞こえる。
ポム島は『採集地』なので、モンスターが出るはずだ。そして今は『夜』なので、強いモンスターが出るはず。
「オスカーさん、大丈夫ですか? 立てますか?」
「ああ……」
夜の闇の中でも分かるほど真っ青な顔をしたオスカーが、ゆるゆると頷く。
これは、言わないほうがいいかもしれない。
帰りもきっと、同じことをするんですよ――なんて。
少し離れたところにある崖からは、戻りのプレイヤーだろう人がパラシュートを開いて舞い上がっている。
ノゾムは『視力補正』のスキルによってバッチリと見た。崖の上には、本島にあったものと同じ、巨大な上向き扇風機があった。
先ほどから聞こえる何かが羽ばたくような音はきっと、あの扇風機の音だろう。
「なんだあれ!? おい、見ろよ!」
ふいにラルドが上空を指差して叫んだ。ノゾムは訝しげに振り返り……目を見開く。ノゾムたちの真上を、巨大な何かが通過した。
暗闇の中で淡く光る大きな翼。羽毛に覆われた細長い胴体。ギョロリと動く大きな金色の目は、爬虫類のそれ。
ヘビのようであるが、ヘビではない。
鳥のような翼を生やしているけど、もちろん鳥でもない。
ドラゴンとも、違う。
その大きな生き物が翼を動かすたびに、風が舞い、轟音が響く。……上向き扇風機の音じゃなかったのか。
呆然と見上げるノゾムたちをちらりと見て、謎の巨大生物は空中を泳ぐように飛んだ。
「……あら? 雨かしら?」
まあるい月が見える晴れた空から、シトシトと優しい雨が降る。なんだろう、とても心地のいい雨だ。
巨大生物はそのまま、山のほうへ向かっていった。
ノゾムたちのことなど、まったく気にも留めずに。
「何あれ何あれ!? ここ、あんなでっかいのがいるのかよ! めちゃくちゃ強そうだったな!? 戦いたい!!」
うっひょー! と声を弾ませるラルドにノゾムは引いた。ラルドは相変わらずのバトル馬鹿である。
「ちょっと待ちなさいよ。ここには竹を採りに来たのよ?」
「じゃあ竹を採ったあとで挑みに行こうぜ? レアなアイテムを落とすかもよ?」
「それは、まあ……たしかに」
ナナミはちょっと揺れている。たしかに、見た目からして特別そうなモンスターだったから、倒せば何か特別な素材を落とすかもしれない。
ノゾムは眉間にしわを寄せた。
「そもそも、あれ何? あんな生き物、見たことないけど……」
「ケツァルコアトルじゃないか?」
「え?」
ノゾムは目を丸めてオスカーを見た。
オスカーは雨を降らす澄んだ空を見上げている。
雨が止んだ。
「ケツァルコアトルはアステカ神話に出てくる文化と豊穣の神だ。人に文明を授けたともいわれる。その名は『羽毛ある蛇』という意味で、鳥の翼を生やした蛇の姿で描かれるな」
「へぇ……」
さすがはオスカー、物知りである。
確かに、今の巨大生物の姿は『鳥の翼を生やした蛇』そのものだった。
ノゾムは渋面をつくった。
「神様だとしたら、戦うのは嫌だな……」
「同感だな」
「ええーっ!? なんでだよ、ここゲームの中だぞ? アイツもその、なんとかっていう神様をモチーフにして作られただけかもしれないじゃん!」
「ケツァルコアトルな」
ぶーぶーと不満げな顔をするラルドだが、いくら言われたって、ノゾムは戦いたくない。別に信心深い人間というわけではないが、よその国の神様に武器を向けるなんて失礼にも程がある。
雨に打たれて濡れた体は、少し経つとすぐに乾いた。
さすがはゲームの中、都合のいい仕様である。