ヴェールの職人街Ⅱ
「武器は『炉』と『金床』さえあれば簡単に作れる」
K.K.はそう言いながら、ミーナから預かった素材を手に工房の奥に向かった。
奥には鍛冶場があって、ゲームの中なのに凄い熱気で満ちている。
「まずは炉に素材を入れて『インゴット』を作る。現実ではいろいろと手順が要るが、ここはゲームの中。鉄鉱石と石炭を炉に入れて、メニューから作りたいもの――今回は『鉄のインゴット』を選ぶ。30秒で完成する。
『鋼のインゴット』を作る方法も同じだ。鉄のインゴットと石炭を炉に入れて、メニューを選ぶ。あとは待つだけで、鋼のインゴットが手に入る」
K.K.は説明をしながら、ちゃくちゃくと鋼のインゴットを作成した。本当にめちゃくちゃ簡単だ。素材を炉に入れるだけで出来るなら、器用な手先も専門的な知識も必要ない。
「もちろん現実と同じ手順をおこなってもインゴットは作れる。面倒だからやらないけど」
K.K.は眠そうな目をしながら淡々と言って、完成した鋼のインゴットを金床に置いた。
再び、K.K.の目の前にメニュー画面が現れる。
「金床にインゴットを置くと、メニュー画面から『作りたい形』を選ぶことが出来る。あらかじめ用意されている形の中から選んでもいいし、自分でオリジナルのものをデザインしてもいい。製作者のセンスが問われる」
「出たよ、センス……」
「ミーナはどんな武器がいい?」
K.K.はメニュー画面をミーナのほうに向けて問いかけた。ミーナは映されたものを眺めて、「むむむ」と眉を寄せる。
大きな刀身、小さな刀身、先が二股に別れた槍、斧やハンマーなど、たくさんの種類がある。
ミーナが選んだのは、今使っているものと同じ、先が尖ったレイピアのような細い剣だった。
K.K.はメニューの中からそれを選び、鋼のインゴットを、何やら無骨なペンチで挟んだ。
燃え盛る炉の中へインゴットを突っ込み、赤くなるまで熱する。
「形が決まったら、あとは『熱する』『ハンマーで叩く』という工程をひたすら繰り返す。叩いているうちに選んだものの形に変わっていく。叩き方や、火入れのタイミングによって出来の良し悪しが変わる。形が完成したら水に入れて冷ます。完成する前に冷ましたり、完成しているにも関わらずまだ熱したりしてしまうと、失敗してしまう」
「失敗するといけないからしばらく黙る」との宣言どおり、K.K.はしばらく無言で、ひたすら熱したインゴットを叩き続けた。
叩いているとき、何か特別なことをしているようには見えないのに、鋼のインゴットはどんどん形を変えていく。
熱して、叩いて、熱して、叩いて、どれくらい経っただろう。K.K.が水の張った桶にそれを入れると、ジュウウッと大きな音が響いて、白い水蒸気が部屋に満ちた。
刀身の完成だ。
「次はこれに柄を付ける。何かアクセサリーを付けることも可能だ。どうする?」
「あ、じゃあ魔石をお願いします!」
ミーナはアイテムボックスから赤い魔石を取り出した。炎の魔法の力を宿す、ルビーのような宝石だ。
K.K.は目を丸めた。
「珍しいものを持っているな。ジュエル・タランチュラがたまにしか落とさないものだ……そうか、【狩人】の『解体』か。ノゾム少年、お前を見習いと呼ぶのはもうやめたほうが良さそうだ」
何やらシミジミと告げられて、ノゾムは困ったように眉を垂らした。
やめたほうが良いも何も、ノゾムのことを「見習い」と呼んでいるのはK.K.と同じレッドリンクスに所属しているジェイドくらいのものだ。
そもそもなぜ「見習い」と呼ばれているのかさえ、ノゾムには理由が分からない。事実として弓の腕は未熟だけれど。
「魔石を使うと武器に属性が加わるが、その属性に耐性を持つモンスターが相手だとダメージが半減してしまう。回復してしまうモンスターだっているだろう。それでもいいか?」
「え……回復は困りますね」
「違う属性を持った武器も持っておいたらいいんじゃね?」
「ラルドさん、その案採用です。追加料金は払いますから、もうひとつ剣を作ってもらえませんか?」
「構わん。武器作りは楽しい」
K.K.は快諾した。確かに、ハンマーを叩くK.K.の顔はとても楽しそうだ。
ミーナは炎の剣と氷の剣を作ってもらって、深々と頭を下げた。
「よーし、それじゃあさっそくアンディゴに向かいます! オリハルコンを手に入れたら、また剣を作ってください!」
「伝説の石を加工する機会などそうそうない。こちらこそ頼む」
ミーナは軽やかな足取りで去っていった。ドラゴンやら巨人やらが出るという国に、まさか1人で向かう気なのか……。
ひと仕事を終えたK.K.は清々しそうな顔をして額の汗を拭った。そして、その場に居残ったノゾムたちに不思議そうな目を向ける。
「お前たちも武器を作って欲しいのか?」
「矢尻を量産するための型が欲しいのよ」
ようやく、次はノゾムたちの番である。
「オレも炎の剣欲しいー!」とはしゃぐラルドを押さえて、ナナミはK.K.の顔を見上げた。