ジュエル・タランチュラⅢ
ジュエル・タランチュラが落とした宝箱の中にはナナミの目論見どおり、色とりどりのたくさんの宝石が入っていた。
ルビーやサファイア、エメラルド、トパーズなどなど。それらはアイテム欄に書かれた説明によると『魔石』と呼ばれるアイテムらしい。
ひとつひとつに魔法の力が込められていて、色によって力の種類が変わる。
たとえばルビーに見える赤い魔石には、『炎』の力が宿っている、とか。
この魔石を使って何か作れそうだ。
「オリハルコンは入ってないですねぇ……」
ミーナは残念そうに言った。ナナミは「だからこんなところで手に入るわけないでしょ」と呆れた顔だ。
「オリハルコンなんていうのはもっとこう……限られたプレイヤーにしか辿り着けないような、超難しいダンジョンの最奥とかにあるモノよ。誰でも気軽に採掘が楽しめるような、こんな場所にあるわけないじゃない」
「ふえぇ〜……ガッカリです……」
しょんぼりと肩を落とすミーナ。
オスカーはそんなミーナを見て首をかしげた。
「なんでオリハルコンなんてものを探しているんだ?」
「あなたに教える筋合いはありません」
ミーナは冷たい態度できっぱりと言った。オスカーの眉間がぴくりとする。――ああそうだ、誤解を解かなければ。
「ミーナ、この人は以前モンスターに囲まれていた君を放って逃げた『オスカー』とは、中身が別の人なんだよ」
「え?」
「兄弟でひとつのアバターを共用していてね、君を放っていったのはお兄さんのほう。今のこの人は弟さん」
「えええ〜……?」
ミーナは疑わしそうな顔をして、オスカーの顔をしげしげと見つめた。素直に信じる気にはなれないようだ。
「本当に〜?」
「お兄さんのほうはモンスターを見たらすぐに逃げ出すけど、この人はちゃんと戦ってたでしょ?」
「それはそうですけど……」
でも離れたところから魔法を使ってただけだし、とミーナは唇を尖らせる。接近戦以外は『戦う』に含まれないとでもいうのか。
オスカーは口を真一文字に結んで、そっぽを向いた。
「信じたくないなら別にいい」
「ちょっとオスカーさん」
何もそんな、投げやりにならなくても。
慌てるノゾムと、口をへの字に曲げたままのオスカーを交互に見て、ミーナはしぶしぶ頷いた。
「たしかに、以前と雰囲気が違うのは確かなようですね。ひとまず信じましょう」
「ひとまず、ね」
「……私がオリハルコンを探しているのは、強い武器を手に入れるためです。バトルアリーナにとてつもなく頑丈な相手がいまして、その防御力を打ち破れるくらいの強い武器が欲しくて」
ミーナの告白に、オスカーはちょっと沈黙したあと「やっぱり脳筋……」とつぶやいた。
ミーナには聞こえていなかったようなのが幸いである。
「その『とてつもなく頑丈な奴』ってのが、ヴィルヘルムのことだぜ」
「ああ、さっき言ってた……」
ラルドの補足になるほどと頷いて、オスカーは口元に手を当てる。黒曜石のような瞳が下に向き、ふとナナミが抱きついている宝箱に目を留めた。
「その魔石を武器に取り付けてみたらどうだ? 上手くいけば、魔法の力が宿った武器が出来るかもしれない」
「おお、魔法剣か! カッコイイな!」
ラルドの目がキラリと輝く。炎の剣とか、氷の槍とか、確かにカッコ良さそうだ。
炎の力を宿す『ガルーダの羽根』は弓矢の素材にした場合は『炎の矢』になるけど、剣に付けた時には何もならなかった。
けれども魔石なら……炎の剣が作れるかもしれない。
ミーナはちょっぴり眉を寄せた。
「でも、剣自体も強くしたいんです」
「お前はずっとここで採掘をしていたんだろ? 何が採れたんだ?」
「鉄と銅、水晶に蛍石、それから銀が少しだけ……」
「そうか……。鉄を鋼に加工できないかな。鋼の武器なら頑丈だろう。もちろん、オリハルコンには負けるだろうが」
「え……」
ミーナはまん丸にした目をオスカーに向けた。
「鋼って、鉄から作るんですか!?」
「知らなかったのか?」
オスカーが言うには、『鋼』というのは鉄に『炭素』を加えて加工したものをいうらしい。ただでさえ堅い鉄をさらに強化した金属だ。
伝説といわれるオリハルコンにはさすがに劣るだろうが、鋼を使えば強力な武器が作れるに違いない。それに魔石を付ければ、さらに強くなるだろう。
「……私、鋼も鉱石なのだと思っていました」
「オレもオレもー!」
恥ずかしそうに頬を染めるミーナの傍らで、ラルドが「はいはーい」と手を上げる。ノゾムはそもそも気にしたことなかった。
「そ、それでは私、さっそく街に戻って武器を作ってもらいます」
「あ、俺も行きたい」
はい、と手を上げたのは、今度はノゾムだ。全員の視線がいっせいにノゾムに向いた。ノゾムは簡潔に理由を述べる。
「矢が尽きた」
さすがにジュエル・タランチュラは多すぎた。