モノづくりには時間がかかる
翌日、ゲームの中の世界は真っ暗になっていた。
次に昼になるのは現実世界の深夜だ。つまり、今日のほとんどの時間は『夜』となる。
ヴェールの夜は、これまた開拓地ごとに雰囲気がぜんぜん違っていた。街灯があちこちに作られた明るい町もあれば、灯りのひとつもない真っ暗な村もある。遠くに見えるおかしな形の塔は窓から灯りが見えるし、ラルドの土地の隣のキャンプ気分を味わっている人は、パチパチと燃える焚火のそばに座って、たそがれているようだった。
何か落ち込むことでもあったのかな、とちょっと心配になったが、その表情はとても穏やか。焚火の音を聴いて、ただただ癒やされているだけのようだった。
暗闇の中でゆらゆら揺れる炎は、確かに見ているだけで何故か癒やされる。
ラルドはといえば、なんとか昨日の明るいうちに家を一軒、作り終えていた。小さなカントリーロッジだ。ドールハウスのようなそれを『箱庭』に入れると、開拓地の中に実物大のそれが現れる。
ロッジの中に家具はない。これから少しずつ揃えていくのだろう。屋根の上にはフェニッチャモスケの像がついている。クオリティーが無駄に高い。
「本当は大人になったカイザーを作ろうと思ってたんだけどよ、想像だけじゃあどうにも難しくてな。でもよく出来てんだろ? なあカイザー!」
「ピィピィ!」
バサバサと翼をはためかせるフェニッチャモスケの身体は、暗闇の中で赤く輝いている。
レベルが上がるに従って、その身体は生まれたばかりの頃よりも大きくなっていた。身体はシュッと伸びていて、翼も大きくなっている。飛べるようになるまで、もうすぐだろう。
ノゾムのロウはいまだに仔犬だ。戦闘にあまり参加させてないから、レベルがなかなか上がらない。最近はアイテムボックスに入れっぱなしだ。
外に出して、また死なせてしまったらと思うと怖いのだ。
戦闘不能になったテイムモンスターは『生まれ直し』……能力が初期化されてしまう。二度と会えなくなるわけじゃないけれど、それでも……アルベルトに殺されてしまった時のことは、ノゾムの中でトラウマになっていた。
(ああでも、俺もロウの家とか作りたい)
きっとノゾムの手では犬小屋すらまともに作れないだろうけど、ひと仕事を終えて得意げになっているラルドや、その頭の上でピィピィとはしゃぐフェニッチャモスケが羨ましくなった。
「家具とかも自分の手で作りたいよな〜。そういや、ナナミは何を作ってるんだ?」
「ツリーハウスを作るって言ってたよ」
「は!? ツ、ツリーハウスだとォ!?」
ラルドは打ちひしがれたような顔をして、ノゾムを振り返った。
フェニッチャモスケがピィと鳴いた。
***
ツリーハウスは少年の夢だ!! と叫ぶラルドに引きずられて、ノゾムはナナミの土地へとやって来た。ナナミの土地は、ラルドの土地のわりと近くにあった。
まず目に入ったのは、大きな池だ。土地の中にぽっかり空いた大きな穴の中に、水がたっぷり入っている。
その池のほとりで、ナナミは大きな鍋を火にかけていた。鍋のそばには、大量のツタがある。どうやら昨日言っていたとおり、ツタを茹でてロープを作っているらしい。
少し離れたところでは、リオンがノコギリを手に持って、ひたすら木の枝を切っていた。顔中が木のクズだらけになっているというのに、その顔は笑顔である。
池の他には木がたくさんあるだけだ。ひたすら木を伐採していたという話だったけど、すべてを伐採したわけではないらしい。ツリーハウスということは土台となる木が必要なはずだから、全部を切るわけにはいかなかったのだろう。
ラルドはきょろりと土地を見渡して、「なーんだ」と呟いた。
「ツリーハウスっていうから、どんなもんかと思ったら……まだ作ってねぇのかよ」
「今は準備中なのよ」
「……ちなみにナナミは今、何をしてるんだ?」
「ロープを作ってるの」
「ロープ!? 自作で!?」
ラルドは素っ頓狂な声を上げる。ノゾムは頷いた。やっぱり驚くよね、自作でロープって。
ナナミはそんなラルドを無視して、茹でていたツタを木の枝を使って取り出した。どれくらい茹でていたのか、ツタはすでにクタクタになっている。
それを地面に置いて、次に取り出したのはクラフトナイフ。ツタの外皮をナイフを使って剥ぎ取り、中にある繊維を取り出す。この繊維を捩じってロープを作るらしい。
そんなこと、よく知っていたなぁと、ノゾムは感心した。
「えーと……リオン、このあとはどうするんだっけ?」
違った。知識の持ち主はリオンだったようだ。リオンは木を切る手を止めて、パァッと明るい顔を向けてきた。笑顔がまぶしい。
「繊維を撚るんだよ。端を足で抑えて、繊維の束を2つに分けて……」
両手で挟んで、擦るように前後にスライドさせると、2つに分けた繊維の束はそれぞれに捩れる。次に2つの束を交差させて、ギュッと締め、再び両手で挟んで、スライドさせる。
この繰り返しで、なんとびっくり、ロープが出来ていくのだという。
「途中で繊維が足りなくなったら継ぎ足して、また撚っていく。しっかり捩じっておけば、継ぎ足しても解けたりしないよ」
「リオンお前、なんでこんなサバイバル知識を持ってんだ?」
「えへへ、昔キャンプに行ったときに父さんから教わったんだよ。役に立てたなら何より」
リオンとオスカーの父親は、どうやらすごく物知りな人のようだ。チェスやポーカーも父親から教わったと言っていたし、『恐怖に立ち向かえ!』と言うスパルタなだけの父親ではないらしい。
リオンは恐怖に立ち向かう気はないものの、その他の教えに関してはちゃんと覚えていて、使えるときには活用しているようである。
くねくねとロープを撚っていくリオンの手元を見て、ラルドは目をキラキラさせた。
「なんか面白そう。オレもやりたい」
「いいわよ。ロープはたくさん使うから」
「どれくらい要るんだ? 10メートルくらい?」
「最低でも100は欲しいわね」
「100メートル!? 最低で!?」
それはツタがたくさん必要なわけだ。
ナナミの前にある鍋はとても大きいけど、いったい何回繰り返しツタを茹でたらいいのか、見当もつかない。
「お、おっしゃ。ノゾムもやろうぜ」
「……俺に出来るかなぁ〜」
見た目は単純な作業のようだけど、不器用なノゾムにきちんと作れるか分からない。
「多少不格好でもいいわよ。そのほうが手作り感が出るしね」
「ツタの繊維は簡単には千切れないから、大丈夫だよ」
そんなわけで、ノゾムたちは手分けをしてロープを撚ることにした。ひたすら撚っている間に、気がつけばゲームの『プレイ時間』が終了する。時間が経つのが早すぎる。
大量に時間を消費したのにも関わらず、完成したロープの長さは100メートルにはちっとも届かない。
「やっぱり買ったほうが早いんじゃ……」
ノゾムの呟きは、ひたすらロープを撚る彼らにはまったく届かなかった。