素材の採集、ナナミの場合
プレイ時間が終わったのでいったん現実の世界に戻って休憩を取り、またゲームの世界に戻る。ゲームの中はまだ昼だが、現実の世界ではもう夜だ。時間的にも、今日のプレイはこれでラストになるだろう。
「明日は朝から『夜』のはずだから、今日中にできるだけ開拓を進めるぜ!」
ラルドはそう言って、さっそく町で買ってきたキットを組み立て始めた。手のひらサイズの小さな部品を組み立てる工程は、一見、とても地味である。
ラルドが作業中、ノゾムは暇なので、とりあえず斧を借りて木の伐採をすることにした。力の入れ具合や体の向き、刃を叩き込む角度など、実際にやってみないと分からないコツがある。
空振りしてうっかり自分の足を切りそうにもなったが、慣れてくるとけっこう楽しい。アバターなので疲れも感じないし。
しばらくそうして伐採を続けていると、ふいに左腕のリングから音が鳴った。ナナミからの通信だ。リングを弄ると、リング越しにナナミの声が聞こえてくる。
「ラルド、ナナミさんが素材の採集に付き合ってほしいって」
「オレは手が離せねぇ」
「じゃあ俺だけで行ってくるね」
「おー」
その旨をナナミに伝える。
工作に夢中になっているラルドを置いて、ノゾムは再び採集地『エムロード』へ足を向けることになった。
***
「ありがとね、ノゾム。さっき採集に誘ってくれたんでしょ? 私、ぜんぜん気が付かなくて」
「一心不乱に木を切ってるって、リオンさんが言ってたよ」
「伐採って意外と楽しいのよね」
「わかる」
モンスターが苦手なリオンは留守番をしているそうだ。
切り倒した木の枝を落とす作業を任せてきたらしい。
「切った木は町で加工してくれるって聞いたけど」
「ええ、様子を見に来てくれた王様もそう言ってたわ。でも、町でやってもらうと、少しの歪みもない丁寧な加工をされるみたいなのよ」
「うん?」
それの何が問題なんだろう。
「少しくらい歪んでいるほうが手作り感あっていいじゃない」
「そうなのかな? ちなみにナナミさんは何を作ろうとしているの?」
「木がいっぱいあるから、ツリーハウスでも作ってみようかなって」
「ツリーハウス!」
そんなもの、手作りでできるものなんだろうか?
目を白黒させるノゾムに、ナナミはにんまりと笑った。
「そのために、たくさん『ツタ』が欲しいのよ」
「つた?」
「ロープを作るの」
「ロープまで手作りする気なの!?」
ノゾムは驚愕した。ナナミはにんまりしたまま頷いている。その頭の中でどんな構想ができているのか、ノゾムにはまったく分からない。
「明日は1日『夜』でしょ? 他の国でもそうだったように、たぶんこの国のモンスターも、『夜』は強いのが出ると思うのよね」
「そうだね……。昼間でも厄介なやつが出たけど……」
いやしかし、あのオバケキノコが厄介だったのはラルドが『沈黙』になっていたからだ。
結局ノゾムはひとりで倒すことが出来たし、強さはそれほどでもなかった。毒を撒き散らすのは厄介だったけど。
『夜』はあれより強くて厄介なのが出てくるかもしれない。
そう思うと、とてもうんざりする。
「だから必要な素材を採集するなら、今のうちかなって思って。『夜』にしか採れない素材もあるかもしれないから、いつかは入りたいけど……その時は、ラルドやオスカーも一緒のほうがいいと思うのよね」
『夜』の採集に挑むなら、戦力を整えてからのほうがいい。ナナミはそう判断したようだ。ノゾムもそれには大賛成だ。
「ジャックがいたら――……。なんでもない」
ぽつりと呟いて、ナナミは首を横に振る。
ノゾムはちょっぴり眉を下げた。
「レイナさんから連絡はあった?」
「あったわよ。シスカが抜けて、ずいぶんと小さいギルドになったみたいね。自業自得よ。ざまあみろだわ」
ナナミはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。ノゾムは苦笑いを浮かべるしかなかった。
木に絡まっているツタを切り落として採集しながら、森の中を進んでいく。ツタはとにかくたくさん欲しいそうだ。出てくるモンスターはノゾムの力量でも問題なく倒せるやつらばかりなので、ナナミは採集に集中することができた。
「本当に助かるわ。でもヤバそうだったら私も戦うから、言ってね? ところでロウは出さないの?」
「ナナミさん、この森には状態異常を起こすヤバい草があちこちに生えているんだよ」
ロウがうっかりそれを踏んだり食べたりしたら大変だ。だから出さない。というかアイテムボックスの中にいるほうがロウにとっては安全なんじゃないかと、ノゾムは最近思うようになってきた。
いつぞやのように、ロウがタマゴに戻っちゃったら大変だ。
ナナミは目をぱちくりさせて、「そうなの……」と返した。
森の中には川も流れている。川の中にはキラキラと輝く魚がたくさん泳いでいた。
ナナミは空のボトルを取り出して、水を汲んだ。何に使うのかと尋ねれば、ロープを作るのに使うそうだ。
「ロープって、どうやって作るの?」
「そんなに難しくないわよ。ツタをくたくたになるまで茹でて、外皮を剥いで中の繊維を取り出すの。その繊維を撚って紐にするのよ」
「へぇ……」
「ただし、めちゃくちゃ時間がかかるわ。茹で時間がまず……5時間くらい? だったかしら?」
「買ったほうが早いんじゃない?」
聞いているだけで気が遠くなりそうだ。ナナミはぶんぶんと首を横に振った。どうしても手作りにこだわりたいらしい。
「それとね、もうひとつ試してみたいことがあって」
「試したいこと?」
「『箱庭』に水を入れたらどうなるのかって話があったでしょ? もしかしたら、開拓地に池を作ることができるんじゃないかって」
「池」
なるほどそれが可能なら、今後はわざわざこんな場所まで水を汲みに来る必要がなくなる。しかしまあ、よく次々とアイデアが出てくるものだと、ノゾムは感心した。
その後はまたツタを採集しながら森の中を進んで行く。途中、ベニテングタケを発見したが、どう見ても明らかな毒キノコにナナミは関心を示さなかったので、ノゾムはこれ幸いとばかりにベニテングタケを避けて通った。
そうしてしばらく歩いていくと、やがて切り立った崖が現れる。崖には洞窟。入口は木材で補強されていて、外には古ぼけた線路とトロッコがある。
使われていない坑道か――と思ったが、中を覗いてみると結構な人数がツルハシを振って採掘をおこなっていた。
この国で開拓をしている他のプレイヤーたちだろう。
「ここでは何が採れるんですか?」
近くにいた人に聞いてみる。
「おもに鉄と銅と石炭だね。たまに銀が出てくるよ」
「へぇ〜」
鉄といえば、オランジュでアルベルトが占拠していた鉱山を解放したときに、お礼として鉄鉱石を貰ったことがある。
いまいち使い方が分からないので、アイテムボックスに入ったままだ。
採ったばかりの鉱石は不純物混じりの石で使い物にならない。町の鉄工所に持っていけば、加工してもらえるそうだ。作業場を開拓地内に作れば、自分で加工することもできる。
銀と聞いて、ナナミは目をキラキラさせた。
銀細工ってとても綺麗だもんね。
でも『たまに』って言ってたよ?
ナナミはわりと運が悪いので、掘り当てられないんじゃなかろうか。
「それにしても……」
ノゾムは改めて周囲を見渡した。
薄暗くて、じめじめしていて、なんだか自然と眉が寄ってくる。
「ここにいると、アルベルトを思い出すんだけど……」
「アルがどうかしました?」
忌々しく吐き捨てた言葉には返事があった。ナナミの声ではない。
驚いて振り返ると、そこにはきょとんと目を丸めたお団子頭の女の子が立っていた。