緑の国の遊び方
飛行場の発着場がある丘の下に、この国唯一の国が管理する町、チュルコワーズは存在する。
チュルコワーズもまたフランス語で色を表す言葉であり、『ターコイズ』のことだ。青と緑の中間色で、一般的にはターコイズだけだと『ターコイズブルー』のことを指すのだが、ここは緑の国なので、きっとイメージとしては『ターコイズグリーン』のほうだろう。
白を基調とした建物が並ぶ町だが、緑の国にふさわしく町のあちこちに植物の緑が点在している。白い石畳の道には色の違う石が模様を描くように使われていて、なんだかとてもオシャレだ。
海へ向かってなだらかな坂になっており、坂の一番上にはひときわ大きな建物がある。
ヴェールの王シプレいわく、あの建物が王宮というか、王の住処兼役所らしい。
「この国にある、ここ以外の町や村はすべてプレイヤーの皆さんが作り上げたものッス。プレイヤーは好きなように土地を開拓して、好きなようにモノを作り、作ったものは自分で使ったり、この町で売ったりできるッス」
チュルコワーズにはとにかく店が多い。王宮で申請さえすれば、プレイヤーが『自分の店』を持つことができるからだ。
「武器や道具、洋服や絵画、野菜や果物、使わなくて余った素材などなど、彼らはいろんなものを売ってるッス。お店をひとつひとつ見て回るのも面白いッスよ。自分たち『国の人間』が運営する店もあるッス。そっちで売ってるのは素材がほとんどッスかねぇ。あとは、モノづくりに必要な道具とか……」
シプレは坂の上の王宮を目指しながら、ひとつひとつ丁寧に町の施設について説明していく。今までの王様の中で一番丁寧な説明かもしれない。
ルージュの王アガトはちょっとしたことでヘソを曲げてノゾムたちを城から追い出すし、オランジュの王フォイーユモルトは何故かノゾムをPKと戦うように促した。ジョーヌの王ミエルは論外だ。あの女王が何のためにノゾムを罠にはめたのか、ノゾムはいまだに分からない。
(この人はまともな王様なのか? ゲームの王様に、まともな人っているの?)
ノゾムの頭はすっかりと『ゲームの王様は理不尽』という考えに蝕まれていた。今までの王様があまりにひどかったからだ。
サイドに結んだ髪をピョコピョコ跳ねさせながら歩くシプレの背中を、ノゾムは胡乱な目で見つめた。
やがて坂の上の王宮に着く。王宮は、近くで見るとなおさら大きかった。
「こっちッス」
両開きの大きな扉を開けて、シプレはノゾムたちを中へと促した。窓がたくさんあるからか、建物の中は陽の光が差し込んで明るい。入ってすぐのところにカウンターがある。カウンターの向こうには、丁寧にお辞儀をする数名のスタッフがいた。
「おかえりなさいませ、シプレ様。皆さま、ようこそいらっしゃいませ」
「土地を貰う手続きや、自分の店を持つ手続きはここでできるッス。土地は1ヘクタールまでは無料ッスけど、それ以上拡げたいときは1ヘクタールごとに1万ゴールドかかるッス。お店は土地を持っているプレイヤーなら無料で貰えるッス」
――土地と店が無料!?
思わずシプレを凝視する。シプレは「開拓がメインの国ッスからねぇ」と揚々と言った。開拓までに莫大な費用がかかってしまうことを、この王は望んでいないようだ。土地を開拓するための最低限の道具も無料で支給してくれるらしい。マジか。
「なぁなぁ、1ヘクタールって、どんくらい?」
ラルドが訊いてきた。ノゾムは「ええっと……」と目を泳がせる。ナナミを見ると、ナナミは顔をそむけた。
「1ヘクタールは、1万平方メートルだよ」
答えたのはリオンだ。1万平方メートル。ラルドは目をまんまるにした。「イメージが湧かねぇ」と、その言葉にはノゾムも同意する。たぶんきっと、けっこう広いんだと思うけど、どのくらい広いのかイメージできない。
ぼけっとしていると、シプレは「次はこっちッス」と言って、今度は王宮の奥にノゾムたちを促した。
シプレが案内した先は、王宮の中庭だ。
綺麗でオシャレな王宮の中で、この中庭だけは妙に浮いていた。
何故ならそこにあるのは、もっさりと生えたたくさんの木々と、芝生のみ。光の差し込まぬ陰鬱な雰囲気は、オシャレさとは程遠い有り様だった。
シプレはガラス戸を開けて中庭に入る。ノゾムたちもまた、シプレに続いて中庭に入った。
「ここでは具体的に『開拓』について説明するッス」
まるで庭が一面、森になっているようだった。シプレの案内のもと、木々の間を進んでいく。やがて見えてきたのは何やら四角い透明な箱。箱の中には木の模型? がたくさん敷き詰められている。
台座の上に置かれたその箱を、ノゾムたちは訝しげに見た。
「これは『箱庭』。開拓地と連動しているッス」
「???」
「まあ、見てもらったほうが早いッスね」
シプレはそう言って、透明な箱の中に手を入れた。木の形をした模型を何本か掴み、箱の外に出す。
「…………ッ!?」
すると不思議なことに、ノゾムたちの周りにあった木々が数本消えた。その数はシプレが掴んだ木の模型の数と一致している。
さっきまでは確かに存在していたのに、影も形もない。
驚きに固まるノゾムたちを放置して、続いてシプレが手にしたのは手頃な大きさの斧だ。斧を片手に木に近付き、何を思ったのかそれで木を叩き始めた。
斧が木の幹を叩くたびに、スコーン、スコーンと軽快な音が響く。やがて木が切り倒されたかと思えば、シプレは再び『箱庭』を見るようノゾムたちを促した。
言われるままに『箱庭』に目を戻し――瞠目する。木の形をした模型のうちの1本が、切り株の形に変わっていた。切り株のすぐそばには横たわった丸太もある。
これは、いったい……?
「『箱庭』に手を加えると『開拓地』に変化があるッス。『開拓地』に手を加えると、『箱庭』に変化があるッス」
シプレはそう言って、今度は鍬で地面を耕し始めた。硬い地面を掘り返し柔らかくしていくと、箱庭の中の芝生の一部が変化する。茶色いふかふかの土に。
シプレはバッグの中から取り出した、小さなカカシの模型を箱庭に置く。シプレが耕した地面のそばに大きなカカシが現れた。
次に倒した丸太をノコギリで輪切りにして、4本の足を取り付け、簡易な椅子を作る。箱庭の中に、小さな丸太の椅子が現れた。
何これ。何だこれ。
シプレの手で、次から次へといろんなものが生み出されていく。
「こんな感じで『開拓』は行うッス。ジオラマを作るみたいに、箱庭の中に模型を並べて町を作っていってもいいし、ノコギリやトンカチを使って開拓地の中に大きなものを作ってもいい。何を作るのかは、皆さんの自由ッス!」
そう言ってシプレは、大きく両手を広げた。その目はキラキラとまばゆく輝いている。いろいろな町を、作品を、ぜひ見せてほしい。そう言わんばかりの顔だった。
ラルドが「面白そー!」と目を輝かせる。ナナミはずっとそわそわしている。この2人はモノづくりがわりと得意だから、『開拓』に興味を惹かれまくっているようだ。
ノゾムも、興味はある。けれども自分の不器用さは自覚している。箱庭の中に入れる模型を作るのも、ノコギリやトンカチでDIYをするのも、ノゾムにはたぶん無理だろう。
ふと後ろを見れば、リオンが相変わらずののほほんとした顔でナナミを見つめながら「女神が喜んでおられる……」とつぶやいている。発言の内容はスルーするとして、ノゾムは彼に問いかけた。
「リオンさんはモノづくりって得意ですか?」
「え? どうだろう? 模型とか作ったことないしな〜……。でもたぶん、めちゃくちゃ不器用ってわけじゃないと思うよ?」
フツーだよフツー、とリオンは言う。ということはつまり、ノゾムよりは作れるということである。
ノゾムはガックリと肩を落とした。