モノづくりの国へ
頬を撫でる風が心地良い。船体の遥か下を、雲が通り抜けていく。手すりから身を乗り出して、ノゾムは思わず歓声を上げた。
巨大なバルーンによって大きな船体は宙に浮き、いくつもついているプロペラが、その船体をゆっくりと前へ進めている。本来は海の上にあるべき船が、空の上にある――なんて面白い光景だろう。
上空にいるので風は冷たいが、凍えるほどではない。ジョーヌの砂漠が『なんか暑いな』と思う程度だったように、『なんか冷えるな』と思える程度の体感だ。ゲームの中だからだろうか。
空飛ぶ船が向かう先には緑に覆われた大きな大陸がある。
ノゾムたちの次なる目的地、『モノづくりの国ヴェール』だ。
ヴェールとはフランス語で『緑』のことである。
国土のほとんどが緑に覆われているが、『開拓』がメインの国というだけあって、町や村もたくさん存在している。
ただその町も、高層ビルが立ち並ぶ現代的な町だったり、カラフルな屋根が特徴的なオシャレな町だったり、はたまた、まだ作り途中なのか、家が1つ2つ建っているだけの寂れた村だったりとさまざまだ。
広大な国土には山もある。山は『開拓』されている様子がない。『開拓』ができる場所と、できない場所があるのだろうか?
近付くにつれてより見えてくる『ヴェール』という国のカオスぶり。大陸の端にあるモアイ像は、思っていたより何十倍も大きい。変な形の塔は、どうやら四角い箱がバランス悪く積み上げられて出来ているようだ。
誰が何のために作ったのか、謎である。
「いやあ、思った以上にカオスだなぁ! あ、段々畑がある」
「あの湖のところにあるの……まだ作りかけみたいだけど、城かしら? 作り込みがヤバすぎじゃない!?」
「オレはモンスターさえいなきゃ、なんでもいいや」
のほほんと告げるリオンに、「いやモンスターはいるだろ」と返すのはラルドだ。
モノづくりには『素材』が必要だし、『素材』の中にはモンスターを倒さなきゃ手に入らないものもある。開拓地にモンスターが湧くのかどうかは分からないけど、この国のどこかにはきっといるだろう。
そう告げるラルドに、リオンは「うへえ」と顔を歪めた。モンスター嫌いは相変わらずのようだ。
「まあ、何にしても、だね」
ノゾムは手すりに頬杖をつきながら、遠い目をする。
「次は王様と関わりたくないよね」
モンスターオタクの赤の王様。
バトルオタクの橙の王様。
ドSなクイズマニアの黄の女王。
これまでに出会った王様たちの印象はノゾムの中では最悪だ。たぶん彼らに出会わなければ、もうちょっと普通にゲームを楽しむことができたんじゃないかと思うくらいに。
緑の国の王様がどんな人なのかは分からない。けれど、『モノづくりの国』なので、きっと今度はモノづくりオタクな人に違いないだろう。
手先の不器用なノゾムはモノづくりが苦手だ。苦手なものを強要されれば、当然嫌いになる。ノゾムがゲームを嫌いになったのだって、苦手なゲームを父親に押し付けられたのが原因なのだ。
押し付けられるのはごめんだ。今度こそ、王様とは絶対に関わりたくない。
――そう思っていたのだけど。
「ようこそ『モノづくりの国ヴェール』へ! 自分はシプレっていうッス! この国の王様をやらせてもらってるッス!」
ヴェールの飛行船の発着場にて、黄緑色の瞳をキラキラと輝かせて待ち受けていた自称『王様』を前に、ノゾムは膝から崩れ落ちた。
両手を地面につけてうなだれるノゾムを指差して、ラルドは大笑いする。
「見事にフラグを回収したなッ!!」
「うるさい!!」
王様を名乗ったのは、こんがりと健康的に焼けた小麦色の肌に、ピスタチオグリーンの髪をサイドに結んだ小柄な女の子だった。
髪にはトマトの形をした髪留めをつけていて、服は薄汚れたつなぎを着ている。
腰には大きなバッグ……動くたびにガチャガチャと音が鳴るので、たぶん、あのバッグの中には工具とかがいろいろ入っているのだろう。
いかにもモノづくりが好きそうな装いである。ノゾムは口元を引きつらせてシプレを見た。幸いといっていいのか、シプレには見えていないようだけど。
シプレが声をかけたのは飛行船から降りてきた全員に対してだ。けっこうな人数が下船したので、ノゾムの姿は人に埋もれている。
このままどうか気付かないでいて欲しい。
「『モノづくりの国』の名のとおり、この国では生産・建築・開拓などなど、『モノづくり』が楽しめる国になっているッス。作ったものを売るお店とかもあるッスよ! いろいろ説明したいことや案内したい場所があるから、初めてここに来た人や、もう一度話を聞きたいって人は、自分についてくるッス。もちろん強制はしないッスよ!」
……強制はしないのか。
いきなり王様に出迎えられてビックリしたけど、どうやら彼女はヴェールを来訪したプレイヤーたちに、歓迎と説明をするためにここにいるらしい。
わざわざ王様がそれをする理由は分からない。けれど、どうやらシプレは今までの王様とは違うようだ……いや、まだ分からないけど。これから化けの皮が剥がれるかもしれないし。
飛行船を降りた乗客のうち、半分以上の人はその場には残らずに町のほうへ向かっていく。
去る前に「シプレさん、またねー」「シプレさん、あとで見てもらいたいものがあるんだけど」と声をかける彼らに、シプレは満面の笑顔で応対していた。
あれ、いい人?
……いやいや、まだ分からない。
「オレたちはどうする? 話聞く?」
ラルドの問いかけに、ノゾムは悩む。この王様がどんな人なのかまだ分からないし、やっぱり王様とは関わりたくないと思う。
けれど、ノゾムたちがこの国に関して右も左も分からないことは事実。ジョーヌのように、その国独自のルールがあったりするかもしれない。
いろいろ迷った末に、ノゾムたちはシプレの案内を聞くことに決めた。