砂漠の国の冒険の終わり
「陛下が多大なご迷惑をおかけして、大変申し訳ありませんでした。皆さまの思う通りになさっていただきたいのはやまやまなのですが、そうするわけにもいきませんので……。
お詫びといっては何ですが、どうかこちらを。無論、物で皆さまの怒りが収まるものとは思えませんが……」
平身低頭してトトはそう言って、ノゾムたちにアイテムを手渡す。
以前、カジノで貰った、敵にかけられた強化・弱体の効果を消す『ラウダナム』というアイテムに加えて、味方にかけられた強化・弱体を打ち消す『ウニコウル』、使用した戦闘で獲得経験値が5倍になる『神竜の涙』、『身代わり人形』に『アリアドネの糸』などなど。カジノで景品となっているアイテムだという。
ピンクマリモはそれらを見て目を丸めた。
「『ラウダナム』に『ウニコウル』って、調合でしか手に入らないアイテムじゃんか。それも、素材にレアなものを使うって聞いたけど。
『神竜の涙』はドラゴンと戦っているときに稀にドロップするアイテムだっけ? え、こんなにいろいろ貰っちゃっていいの? 後で返せって言われても、オイラ返さないよ?」
「もちろんです」とトトは頷いた。ピンクマリモは嬉しそうな顔をして、アイテムを受け取る。女王を殺る気はなくなったようである。
「単純かよ」
似非爽やか男はそんなピンクマリモを見て呆れた顔をした。「え〜そうかな〜?」と、ピンクマリモは緩みきった顔で答えた。
確かに多大な迷惑を被ったわけだけど、そもそもこの人たちは正真正銘の犯罪者だったわけで(NPCを攻撃したり、PKをしたり)刑の内容が突然変更されて大変だったのは確かなんだけど、見方を変えるなら、この人らは普通に刑期を終えただけというわけで……。
それでレアアイテムを手に入れるなんて、なんだかなぁ、とノゾムは微妙な気持ちになる。そんなノゾムに目ざとく気付いたトトが小声で話しかけてきた。
「こうでもしないと収まりそうにないのですよ。ノゾムどのには、冤罪をかけてしまった分を上乗せします。本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げるトトには、疲れの色が見える。苦労しているのだろう。
トトの足元には、あの子供がニコニコ顔でしがみついていて、とても楽しそうなその顔は、女王や、ノゾムの父親のニヤニヤ顔によく似ていた。
本当に、女王はノゾムの父親と関係ないのだろうか?
トトの腕にしがみつく女王を、ノゾムは何とも言い難い顔で見つめた。
王宮を後にして、飛行船の発着場を目指す。
ふいにエレンが言った。
「なあ、オレを仲間にしろよ!」
ノゾムはビックリしてエレンを見た。
「え、嫌ですけど?」
「即答かよ!? 少しは迷う素振りを見せろよ!」
「え〜……? うーん……。嫌ですけど?」
「なんでだよ!!」
なんでも何も、この人はオスカーに対して何をしたか忘れたのだろうか?
ナナミは心底嫌そうな顔をしているし、ラルドの顔も引きつっている。リオンは「ノゾムくんたちの判断に任せるよ」というスタンスだ。彼は自分の弟の身に起きたことをたぶん知らないのだろう。
エレンはぷっくりと頬をふくらませた。
「フレデリカたちはどこに行ったか分かんないしさ。一緒に迷路を攻略した仲じゃん。な? オレたちもう友達だろ?」
「違いますけど?」
「だから即答やめろ!?」
何と言われようとも、ノゾムはエレンと友達になった覚えはないし、仲間にはしたくないし、これ以上関わりたくないと思っている。
エレンは「なんでだよお!」と頭を抱えるが、彼は本当にいい加減、自分を省みるということを覚えたほうがいい。
「オレ、役に立つぜ!? 『聖盾』だって覚えてるし、防御力重視でステ上げてるから、タンクに持ってこいだし!」
そういえばそんなことをリアーフに聞いた気がする。
フレデリカたちと組んでいたとき、彼はパーティーの壁役をしていたんだっけ。
エレンが抜けた穴をどうにかしようと特訓していたフレデリカたちを思い出して、ノゾムは眉を寄せた。
エレンが戻れば、フレデリカたちの問題は解決するだろう。だが、エレンが嫌だというフレデリカの気持ちは、ノゾムにはよく分かる。
「へぇ、君、タンク向きに育ててるんだ?」
ピンクマリモが声をかけてきた。エレンはびくりと飛び跳ねて、ノゾムの後ろに隠れた。「なんだよこのヤロウ!」って、だから挑発するなら人を盾にしないで欲しい。
ピンクマリモは気にしたふうもなく、にっこりと笑った。
「オイラとこいつさ、組むことにしたんだ」
こいつ、とピンクマリモが指差すのは、似非爽やか男である。
この人たちの名前は知らない。今後もできるだけ関わりたくないので、ノゾムはあえて聞かないようにしている。
「それでさ、タンクがいたら便利だよね〜って話してたところなんだよね〜」
「良かったねエレンさん、仲間になってくれそうだよ!」
ノゾムはくるりと身をひるがえしてエレンの肩を掴んだ。
「え!?」と目を丸めるエレンのことは、もちろん無視する。
「いや、ちょっ!?」
「やった〜! 仲間ゲット〜」
逃さねぇぞとばかりにピンクマリモに腕を掴まれて、エレンは恐怖に慄いた。ちなみにエレンを仲間に、というのはピンクマリモの独断なようで、似非爽やか男は今まで見た中で一番険しい顔をしてエレンを睨んでいる。
この3人がうまくやっていけるのかどうなのか……ノゾムは心底どうでも良かった。とにかくもう関わらないでほしい。
「……ノゾムくんって、怒ると怖いんだなぁ」
ピンクマリモに連れて行かれたエレンを見送って、リオンは目をまん丸にして呟いた。そうだろうか。そうかもしれない。オランジュで会ったPKのアルベルトといい、エレンといい、人に迷惑をかけて平然としているような奴は嫌いだ。ノゾムの父親もそういう奴だ。
「だってあの人、本当にひどいんですよ。ところでリオンさんに交代したってことは、オスカーさんのプレイ時間、終わったんですか?」
そんなに長い時間、迷路に入っていたのだろうか。そう問いかけると、リオンは首を横に振った。
「君を助けようとして、女王様のクイズをたくさん解いたり、ポーカー勝負で頭を使ったりしたみたいでね。早めに切り上げて、今頃はたぶん寝てると思うよ。すっごく疲れた顔をしていたから」
迷路の壁に突然『ウロボロスのヘビ』が現れたのは、そのポーカー勝負にオスカーが勝って、攻略のヒントを貰えるようにしてくれたかららしい。
あの『ウロボロス』がなければスタート地点が出口だと分かるはずもなかったので、オスカーには大感謝である。
「そんなことがあったんですね……。オスカーさんに、ありがとうございましたって伝えてください」
「うん。次に会った時に、ノゾムくんからも言ってあげて」
「はい!」
頷くノゾムに、リオンは満足げに笑う。なぜかラルドが「リオン、お前ってやつは……」と涙ぐんでいたが、それがなぜなのかノゾムには分かるはずもなかった。
飛行船の発着場には、ちょうどヴェールから飛行船が飛んできているところだった。
ようやくこの国を離れられる。
ノゾムはホッと安堵の息を吐いた。
***
「あーあ。せっかく作った迷路なのに、もう出番が終わってしまったわ」
次に囚人が入るのはいつだろう、とミエルは不満げに口を尖らせる。トトはそんな上司を呆れ顔で見た。
「他のプレイヤーにもアトラクションとして開放してみてはどうですか? ノゾムどのも、強制的にやらされたのが嫌だったけど、クイズそのものは面白かったそうですよ」
「他のプレイヤーって……それじゃあ、囚人への刑罰はどうするの?」
「別のものを考えてください。それから、『スタート地点が出口』というのはやめたほうがいいです。分かりにくいですから」
「面白いアイデアだと思ったのに……」
面白いだろうか。この人は面白いかもしれないが、やられたほうはどうだろう。『ウロボロス』のヒントがなければ、絶対に攻略できなかったと思う。ポーカーに勝利してくれたリオンはグッジョブだ。
この人の出すアイデアは、確かに面白そうなものが多いのだが、なぜかそこに意地悪な要素を多大に入れるので、分かりにくくてややこしくて難しいものが出来てしまう。
人が苦悩する姿を見るのが好きなのだ。本当に性格が悪い。この人を父親だと勘違いしたということは、ノゾムの父親とやらも相当性格が悪い人なのだろう。
こんな人間が他にもいるとは、あまり思いたくないけれど……。
「……あ」
「どうしたの? トト」
「や、あの、ノゾムどのの父上というのは、」
トトは思い出した。ミエルと性格が似ている者。ミエルと同じくらい、意地悪で性格が悪い男。
「あの子のお父さんが、何?」
「…………いや。なんでもありません」
「変なトト」
美しい顔をこてんと傾けるミエルに、トトは乾いた笑い声を漏らした。
(彼の父親が水城さんかもしれないなんて言ったら、この人はまた、何をやらかすやら)
これ以上ノゾムに迷惑をかけるわけにはいかない。トトは、この件は胸の内にしまうことを誓った。
ここまでお読みくださってありがとうございます!
第3章はこれにて完結です。
謎解きが好きなので謎解きメインの国を作ってみたのですが、『謎を解く』のと『謎を用意する』のじゃ全然違うのだと、書いている途中で気付きました(気付くのが遅い)
以下は参考にしたものです。敬称略。
『この問題、とけますか?』吉田敬一/大和書房
『考える力が身につく! 大人のクイズ《傑作選》』逢沢明/PHP研究所
『あたまがよくなる! 寝る前ナゾとき366日』篠原菊紀監修/西東社
『DS用ソフト レイトン教授と不思議な町』レベルファイブ
他にもネットで検索して出てきたクイズもたくさん使用させていただきました。文明の利器って便利!
第4章も読んでいただけたら嬉しいです。
そして、少しでも面白いと思っていただけたら幸いです。