迷路、脱出
「これは、『ウロボロスのヘビ』?」
不滅。永遠。完全。循環を象徴する古くからある図形だ。
ピンクマリモは眉間にしわを寄せて、「うーん」と唸る。
「……もしかして、この迷路からは永遠に出られないよ〜ってことかな?」
「はあ? ふざけんな」
困ったように呟くピンクマリモの男に、似非爽やか男は不機嫌そうに吐き捨てた。確かにふざけた話だ。永遠に出られないことだけを伝えるためだけにこの絵を用意したのなら、やはりあの女王は相当性格が悪いと思う。
ピンクマリモは、ウロボロスのヘビを見つめながらさらに「うーん」と頭をひねった。
「ウロボロス……自分の尾を噛むヘビ……自分の尾……尾と口?」
ピンクマリモは、ヘビの体を指でなぞる。くるりと円を描く指は、当然のように、己の尾を噛むヘビの口のあたりで止まった。
円環を象徴する図形。
「終わりと始まり……終末と起源……『出口』と『入口』……?」
『出口』と『入口』。尾を噛むヘビ。尾の先っぽと、ヘビの口は、当然のことながら同じ位置に存在する。
ノゾムはしばらく絵を見つめて、やがてハッとした。他の3人も同じだった。一同は一斉に身をひるがえし、もと来た道を急いで引き返す。
ウロボロスのヘビの図形が示しているのは『永遠』ではない。――出口と入口が、同じ場所だということを示しているのだ!
「チッ、扉が多すぎる! わざわざ合流するように作ったのは、これが理由かよ!」
「うーん、オイラが来たのは、たぶんこっちかな〜」
「エレンさんを助けなきゃ良かったな……せっかくワイヤーを張ってたのに……」
「ああッ!? あの見えない糸は、やっぱテメェのしわざかよ!?」
自分が絡め取られていたのがノゾムのワイヤーだったと知って、ぎゃんぎゃん騒ぐエレンは、またしても似非爽やか男から「うるさい」と殴られた。エレンは「理不尽だ!」と叫ぶが、ノゾムはもちろん無視した。
たくさんある開かれた扉のうち、自分が通ってきたものを正しく選び、進んでいく。
ピンクマリモと別れ、似非爽やか男とも別れ、最後までうるさかったエレンとも別れ、ノゾムは自分のスタート地点に戻ってきた。そこには来た時にはなかったはずの扉があった。
『以下の「?」に入る数字は何?』
A+A=2
A+J=12
J+Q=23
Q+K=?
またしてもクイズだ。しかし、これが本当に最後のはず。
邪魔をしてくるエレンはもういないし、ピンクマリモたちもいないので、今度こそノゾムは自力で解くことになる。
扉に書かれた英数字を、ノゾムは目を細めて見つめた。
「アルファベットと数字が、イコールで結ばれてるってことだよね……。A+Aが2ってことは、Aは1……? そのAとJが足して12になるってことは、Jは11……」
Aが1で、Jが11。なんだか覚えのあるそれに、ノゾムは首をかしげる。
「なんだっけ……。Jが11ってことは、次のQは……12? ん? あれ?」
やはり覚えがある。ノゾムはコメカミに指を当てて、「うーん」と唸った。
「……あっ!? これ、トランプだ! エースが1で、ジャックが11、クイーンが12!」
ということはKはキングを表しているはずなので『13』。12と13を足すと、
「答えは『25』!」
扉に数字を打ち込むと、カチリと音がなる。ゆっくりと開かれていく扉を前に、ノゾムは笑みを浮かべた。
こんなふうに強制的にやらされるのは、もう御免だ。けれど、クイズってやつは意外と面白い。解けたら頭がスッキリする。
強制的でないならまたやってもいいかな、とノゾムは頭の片隅でそんなことを思った。
ああ、でも、その前に――……。
***
扉を抜けた先は、大きな建物の裏にある庭園だった。丁寧に手入れをされた植木が迷路のように並んでいて、黄色や白の花が、植木を飾っている。
大きな建物はとにかく大きくて、見上げるだけではその全体像が分からない。けれども先端の尖った栗のような形の屋根には見覚えがあった。この国の首都、イヴォワールの中でもっとも大きな建物である王宮の屋根が、たしかあんなだった気がする。
建物の脇には、ラルドとナナミ、オスカー、それにたしかカジノのオーナーをしていた金髪の男、ノゾムを罠にかけた子供、それから麗しい女王の姿があった。
似非爽やか男が女王に殴りかかる。ピンクマリモもハンマーを振り下ろした。女王はそれを軽やかに避ける。避けたところへノゾムも拳を振るった。
「ノゾムまで!?」とラルドが何やら叫んだけど、今はちょっと返事をする気にはなれない。
ノゾムの拳はカジノのオーナーに止められた。「気持ちは分かりますが落ち着いてください!」と言われたけど、気持ちが分かるならおとなしく殴らせて欲しい。
女王は目を丸めて、「あらあらまあまあ」と頬に手を添えた。
「突然なにをなさるの? 迷路を攻略なさったことで、せっかく罪が許されたのに……これでは、また迷路へ逆戻りですわよ?」
「構わねぇよ。構わねぇからとりあえず殴らせろ」
「攻略方法はもう分かったからね〜。今度はもっと早く出られるっしょ〜」
額に青筋を浮かせて、元囚人の2人は殺る気まんまんといった様子だ。ノゾムはさすがに殺す気はないけど、1発はせめて殴らせて欲しい。いや、2発……3発……10発……20発……。
「おっかねぇ奴らだな……」
エレンがドン引きしたように言うが、オスカーに対して突然飛び蹴りを放ったお前には言われたくない。
というかノゾムの場合、何も今回のことだけが原因で殴ろうとしているわけではないのだ。
「あちこちに迷惑かけやがって! このクソ親父!!」
「はい? おやじ?」
女王はきょとんと目を丸める。
しらばっくれても無駄だ。
「こんなふうに人に嫌がらせをして楽しむ奴、親父以外にいるかよ! ていうか『一緒に遊ぼうぜ』って言ってたくせして、なんで音沙汰なしに放置してんの!? もう知らんわ! 俺は俺で勝手に遊ぶわ!」
「…………どうしましょう、トト。意味が分からないわ」
「俺だって分かりませんよ」
トトと呼ばれたカジノのオーナーは、ノゾムの腕を掴んだまま、もう片方の手で『聖盾』を張った。似非爽やか男とピンクマリモの攻撃は『聖盾』によって阻まれる。
「ノゾムどの。どうやらあなたは、誤解をなさっているようです」
「……誤解?」
「あなたにどんな事情があるのかは知りませんが、この方があなたの父親であるというのは有り得ません。何故ならこの方は、現実世界でも女性なのですから」
ノゾムはぴたりと動きを止めた。
「……女性?」
「そうです」
「まったく失礼ですわぁ。こんなに美しいわたくしを、おやじだなんて」
「え、でも、だって……」
リアルとアバターの性別をあべこべにしている人はいる。てっきり、この女王もそうだと思ったのだが。
「この世界の王の中には、女性のアバターを使っている男性も確かにいますけどね。この方は違います。私が保証します。……まあ、私のことも信用できないというのであれば、仕方のないことですが」
そう言って困ったように眉を下げるトト。まっすぐに向けられる瞳からは、誠実さを感じる。嘘をついているようには見えない。
困惑するノゾムの肩を、オスカーがトントンと叩いた。オスカーはいつもの眼鏡を外している。真面目な雰囲気もない……あれ、この人、リオンだ。
「トトさんの言っていることは本当だと思うよ。だってほら、見てみてよ」
小声で告げたリオンは、女王を指差した。女王は「怖かったわ〜」とか言いながら、トトの肩にもたれかかっている。トトは「離れてください」と冷たく返した。
「ノゾムくんのお父さんは、男の人に対してあんなふうに甘える人なの?」
「…………」
それは知らんけど。
父親があんなふうにクネクネしながら男に甘える姿を想像して、ノゾムは口元を引きつらせた。
そんな父親の姿は、見たくない。
「それじゃあ、俺の親父はどこに?」
「……さあ?」
知らないよ、とリオンは首を横に振る。
ノゾムはガックリと肩を落とした。
明日も更新します。
3章完結まであとちょっと!