女王のイカサマ
とにかく「女王がイカサマをしているかも?」という話は初めて出たわけではないのだ。そう告げるラルドに、オスカーは困ったように眉尻を垂らした。
「本当にイカサマをしていたのだとしても、証拠がない。見破れない時点で、やっぱり俺の負けなんだよ」
「そうなのか……。ならしょうがないな」
ラルドはあっけらかんと言った。オスカーは思わず「え?」と目を瞠る。ラルドの顔には、オスカーを責める様子はまったく窺えなかった。オスカーは困惑した。
「しょうがないって……俺が負けたら、お前たちまであの迷路に入れられてしまうんだぞ?」
「あの迷路けっこう面白そうじゃね?」
「そ、そうか?」
ノゾムたちが今も出口が見つからず右往左往している迷路の中。ラルドはあれを『面白そう』だと思ったらしい。
もしかしたら、自分を責めるオスカーをフォローするために言っているのかもしれないけど……いやモニターを見つめるラルドは笑顔である。彼は本当にあれを『面白そう』だと思っている。
「でも、俺のせいで……」
「まじめだなぁ」
「本当ね。あんたも少しは見習ったら?」
「なにおう」
ラルドを揶揄するナナミは、そのエメラルドの瞳をまっすぐにオスカーに向けた。肩が小さく上下する。
「まあ、私はぶっちゃけ、『何してくれてんのよこのやろう』と思ってるけど。オスカーも、調子に乗ってやらかしてしまうことがあるのね?」
「……すみません」
オスカーは弁解する気にもならなかった。穴があったら入りたい心地だ。ナナミは「ジャックやラルドやリオンのほうがやらかしてるけどね」と続けた。ラルドが即座に「お前もだろ」と返した。
オスカーは頭を抱える。ああ、もう、ほんとに、なんで「賭けをしよう」だなんて言ってしまったんだろう……。賭け事に強いというわけでもないのに。
疲れていたせいだろうか。五つ子が続けざまに出した論理クイズから始まり、ここまで脳みそを働かせすぎて、疲弊して、正常な判断ができなくなっていたのだろうか。
どれだけ考えても、どん詰まりだ。打開策などあるはずもない。オスカーにできることはこのまま女王に敗北し、迷路に入れられて、モニターの中にいるノゾムたちと同じように迷路攻略の方法を考えることだけだ。
それなのに、いまだ諦め悪く、オスカーの頭は女王に打ち勝つ方法を模索している。そんな方法など、ありはしないのに。
「……あ」
「どうしたの?」
唐突に声を漏らしたオスカーを、ナナミは不思議そうに見る。オスカーは無言で、2人を見た。
思いついた。思いついてしまった。『女王に勝てるかもしれない』方法を。
いや、こんな状況だし、ここでバトンを渡されてもアイツだって何もできずに終わるかもしれないけど。
それでもアイツは、少なくともオスカーよりは運が良い。
……正直、助けを求めるのは癪な相手ではあるけれど。
部屋の隅に集まって話し合うオスカーたちを放って、女王はにまにまと笑みを浮かべながら、再びモニターを見ていた。モニターの中では、やっぱりいまだ見つからない出口を求めて、ノゾムたちが右往左往している。
そうしていると、ふと、オスカーの姿が消えたことに気付いた。転送陣は見当たらないので、ログアウトしたのだと思われる。
女王はコトンと首をかしげた。
「逃げました?」
「すぐに戻ってくるから、ちょっと待ってろ!」
声を荒らげるラルドに、女王は目をしばたかせる。「すぐに」と言うが、一度ログアウトしてしまうと、1時間は戻って来られないはずだ。
まあ、たとえ逃げたところで、逃がす気はないけれど。
約束どおり、ちゃあんと迷路に入れてあげるつもりだ。
「陛下……」
トトが何か言いたげに、呆れた目を向けてくる。女王はそれに微笑みを返して、人差し指をそっと、口の前に持ってきた。
そうしてしばらく待っていると、ラルドの言ったとおり、オスカーは戻ってきた。
おかしなことに、まだ1時間も経っていない。あれから15分くらいだ。1人のプレイヤーが連続してログインすることは、出来ないはずなのに。
戻ってきた彼はラルドたちと二言三言、言葉を交わすと、女王の待つテーブルへやってきた。顔にかけていた黒縁メガネを外して、にっこりと人好きのしそうな笑顔を向ける。
「カジノで会って以来ですね。相変わらずお美しい。あなたの前に立つ機会を再び得られたことを光栄に思います。弟に感謝しなくては」
「……おとうと?」
「ええ、さっきまでここにいたのは弟です。オレたちは兄弟で1つのアバターを共有しているんですよ。ちなみにオレは、弟と区別するために『リオン』と呼ばれています」
青年はそう告げると、恭しく腰を曲げて会釈した。なるほど、兄弟。それならたった15分で戻ってきた理由にも納得がいく。
同一人物が続けてログインする場合には1時間のインターバルが必要だが、別人が交代して遊ぶ時には、インターバルは必要ない。
「弟から事情は聞いてきました。オレが弟の代理として、あなたと対戦する権利を与えていただきたいです」
「……そうねぇ。中身が変わったとしても、あなたたちが同一のプレイヤーであることには変わりないですからねぇ」
構いませんわ、と頷く女王にリオンは笑顔で「ありがとうございます!」と返した。
「ルールの確認はしますか?」
「それも弟に聞いてきました。ドローポーカーですよね。ジョーカーを抜いた52枚のカードを使用していて、スートの序列は強い順にスペード、ハート、ダイヤ、クラブ。チップは1人10枚ずつで、現在はラルドくんの分を合わせた計30枚を、あなたと弟で取り合っていた」
「……ええ、そのとおりです」
「で、今、弟のチップは残り4枚……崖っぷちじゃないですか。オレは『全部賭け』する以外にないじゃないですか」
「そうですわねぇ」
なんてタイミングでバトンを渡してきたんだと、リオンは困ったように眉を下げた。
「まあ、やるだけやりますけどね。珍しく弟が頼ってくれたわけだし。オレ、今まで何の役にも立っていないから、少しくらいは役立たないと」
「まあ……」
その姿勢は立派だが、勝つのは到底無理である。女王はそれが分かっているからこそ、余裕の笑みを崩さない。トトはやっぱりそんな女王を呆れた目で見た。
カードが配られる。トトが勝負に乗るか否かを尋ねる。その途中で、リオンは何とはなしに話しかけた。
「ところで女王様、スペードのカードを何枚かくすねていませんか?」