女王陛下の秘密基地
外観をガン無視したその屋根裏部屋は、オスカーたちと兵士たち、約30人が乗り込んでも狭くは感じないほど広い空間だった。
ゲームの中ならではというべきか。グラフィック上では小さな家なのに、入ってみたらめちゃくちゃ広い、なんてことはゲームではよくあることだけど。
この仮想世界でも同じものが作れるなんて、正直びっくりだ。
そしてリアルすぎる世界だからこそ、空間の歪みに対する違和感が半端ない。
ラルドなんて、ぽかーんと口を開けながら「四次元空間……?」などと呟いている。
部屋の中は薄暗くて、壁に設置された大きなモニターがやたらと目立つ。
遮光カーテンを締め切った視聴覚室のような。
はたまた、プライベートな映画鑑賞部屋のような。
ソファーでくつろぎながらモニターを見ている女王にとっては、間違いなく後者だろう。
ちなみにモニターの中には、苦渋に満ちた顔をして『12』と書かれた大きな容器を抱えているノゾムの姿があった。
ノゾムの隣にはエレンもいる。
《ほら、また元に戻っちまったじゃねぇか! いい加減オレにやらせろよ!》
《いやです》
《オレならすぐ解けるって!》
《それはそれで腹が立つからいやです》
《テメェ……》
2人が何をしているのかはさっぱりだが、険悪な空気が流れているのは画面越しにでも感じられた。
《いいから寄越せって!!》
《ちょ、邪魔しないでくださ…………ああッ!?》
ノゾムとエレンの間で取り合いになった『12』の容器がひっくり返った。と思ったら、中に入っていたらしい水も地面にぶちまけられた。
沈黙が満ちる。
女王が「ぶふっ」と小さく噴き出す音が聞こえた。
画面の中の2人はこの世の終わりのような表情をして、お互いの顔を見合わせる。
《……お、オレのせいじゃないからな! お前が素直に渡さないのが悪い! オレは悪くねぇ!!》
《あんた本当にそればっかだな!》
いったい何をやっているんだか。
モニターには、他に2人の男の映像も映っている。
1人はノゾムたちと同じように巨大な門の前で何かをしていて、もう1人は壁の間を移動中だ。
それから、モニターの中央に映っているのが星型を模した巨大な迷路。迷路の中には4つの光る点があって、1つが迷路を移動中、3つが止まっている。そして、3つの光のうち2つが同じ位置にある。
「陛下、これはいったい……。彼らは牢屋からいなくなった囚人ですよね? 何をやらせているんですか?」
トトが戸惑いがちに問いかけた。
女王はふふんと得意げに鼻を鳴らして答えた。
「刑罰ですわ!」
「刑罰……? というと、確か『5日間の服役』ではなかったですか?」
トトはなおさら困惑した顔をした。
犯罪者たち(PKをしたり、NPCに危害を加えたり、他プレイヤーに迷惑をかけたりした者たち)への刑罰は、その国の王が決めることになっている。
この国の場合は、5日間の服役。女王の出す問題に正解するかどうかで、刑期が延びたり縮んだりするという内容だったはずだ。
「わたくしの謎掛けに付き合ってくれる者が少なかったので、変更したのですわ」
「はあ……」
「この巨大迷路にはわたくしが用意したクイズがたくさんありますの。クイズを解きながら、見事に脱出した者だけが罪を許されるのです!」
力説する女王の瞳はキラキラと輝いている。実に楽しげだ。それほどまでに、この迷路は自信作なのだろう。
刑罰を決めるのが王の権利であるなら、その内容を変更することも彼女の自由だ。何の問題もない。オスカーとて文句はない。そこにノゾムが巻き込まれていなければ。
「ノゾムは何の罪も犯していないはずだが?」
オスカーが静かに問いかけると、女王は小首をかしげて振り返り、にんまりと笑みを浮かべた。
「いいえ。彼は子供を突き飛ばして泣かせるという罪を犯しましたわ」
トトの足にしがみついている子供は、ニコニコと笑っている。
オスカーは鋭く目を細めた。
「あなたが仕組んだことでは?」
「まあ、人聞きの悪い。わたくしがどうしてそんなことをしなければならないの? ……心配しなくとも、迷路さえ攻略できれば彼は解放されますわ」
女王はそう言って、目の前に浮かぶ半透明なキーボードを叩いた。
モニターの中で、もみくちゃになっているノゾムとエレンの足元から『12』の容器が消える。
かと思えば、なみなみと水が入った容器が出現した。
《水が復活した!?》
《よし。今度はオレに任せろ!》
《いやですってば!》
文句を言うノゾムを放ったらかしにして、エレンは水の入った容器を持ち上げる。ずいぶん大きな容器だが、重さは特に感じないのか、軽々といった様子だ。
「どうするの、オスカー?」
ナナミがそっと問いかけてきた。
「あの女王をぶっとばすか?」
ラルドが危険なことを言い出すが、そんなことをしても今度はオスカーたちが捕まるだけだ。何の解決にもなりはしない。
「……しばらく様子を見よう」
それくらいしか、今のオスカーたちに出来ることはない。モニターの中にあるあの迷路がどこにあるのかも、分からないのだし。
女王はそんなオスカーたちの様子を見てにっこりと笑った。
「せっかく来てくださったのだもの。歓迎いたしますわ。あなたたちは仕事に戻りなさい。ああ、トトは給仕をお願いね」
「陛下は俺を何だと思っているんですか!?」
猛抗議をするトトだったが、他の兵士たちはそんなトトの肩を労るように叩いて、部屋から出ていった。
《……あ》
《え、今もしかして、こぼしました? 目をそらさないでくださいよ。こぼしましたよね?》
《オレは悪くねぇ!!》
《なんでだよ!?》
……ノゾムたちが迷路を攻略できるまで、まだかなりの時間がかかりそうだ。女王はクツクツと喉を鳴らして笑いながら、彼らに新しい水を用意した。
「わたくしは彼らを見ているだけでも楽しめますが、貴方がたは暇ですわよね? ゲームでもしますか? 卓上ゲームなら、どんなものでも用意できますが」
「じゃあオレ、ポーカーがやりたい!」
女王の提案に嬉々として答えたのはラルドだ。なぜポーカー。そういえば、ポーカーの遊び方を覚えたんだっけ。
「ポーカーですか、いいですわね。どうせなら何か賭けますか?」
「もちろ……」
「ギャンブルはやめとけ」
オスカーはすかさず釘を刺す。ラルドは口を尖らせてぶーぶー言うが、何度だって言おう。ギャンブルは良くない。
「オレにポーカーを教えてくれたのは、お前の兄ちゃんなのに!」
「うん。うちのバカ兄貴がなんでそんなことをしたのかは分からないけど、賭けはやめとけ」
女王はにこやかにキーボードを叩く。大きなソファーが消えて、1人掛け用の小さなソファーが4脚と、ローテーブル、そしてテーブルの上にケースに入ったトランプが1組現れた。
ソファーに座るように促される。
トトは紅茶を煎れるよう命じられていた。
なんだか、おかしなことになってきた。