謎解きの迷路Ⅶ
五つ子の出す論理クイズは5回続いた。オスカーはすごく疲れた。クイズというものにはいろいろな種類があるけど、論理クイズが一番、脳を酷使すると思う。
五つ子たちの返答をまとめると、女王は王宮の南東にある塔の最上階にいるそうだ。
五つ子たちはもとの1人に戻った。クイズを出している最中でも子供たちは頻繁にもとに戻るわ、立ち位置を入れ替わるわで、それもまたオスカーの疲労に大いに貢献してくれた。
立ち位置が入れ替わらなければ、『本当のことを言う子供』だけの意見に耳を傾けることができたのに。
「南東の塔、ですね。ご協力ありがとうございました、オスカーどの」
「ああ……」
ぺこりと頭を下げるトトに、オスカーは疲れたまま返事をする。トトは即座に他の兵士たちに連絡した。女王が確保されるのも、時間の問題だろう。
「なあ、オレたちも行こうぜ!」
ラルドが素っ頓狂なことを言い出す。こいつはさっきのオスカーの話を聞いていなかったのだろうか。
この王宮は、ゲームを運営する彼らの職場である。牢屋までは連れてきてもらえたけど、一般プレイヤーがふらふらと歩き回っていい場所ではない。
「王宮の中を歩き回るのがダメなんだろ? 塔は外にあるって話じゃん。それに塔にも、女王様が仕掛けたクイズがあるかもよ?」
「……それもそうですね」
ラルドの言葉にトトは神妙にうなずく。オスカーは口元を引きつらせた。疲れているというのに……。そしてラルドの予感は、見事に的中したのであった。
『次の英字に1から9までの数字を入れて、計算が成り立つようにしなさい。
ただし、同じ英字には同じ数字、異なる英字には異なる数字が入ります。
ABC+AC=BCA』
「くっそおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
「お、オスカーどの! 我々も一緒に考えますので!」
塔の入口に設置された問題を見て頭を抱えるオスカーに、トトは慌てて声をかける。
ラルドは「おれ、すうがく、だめ」と片言で呟いた。
ナナミはといえば、金髪の子供と一緒にグラシオの背中を撫で回すのに夢中だ。こっちもすでに考えることを放棄している。
オスカーは脳みそをフル回転させた。
「1の位の桁は、C+C=A……つまり2C=A。さらに100の位に桁が上がっているから、A+1=Bの関係が成り立って……えーっと……」
「がんばれオリバー!」
「オスカーだし、今はちょっと黙っていてくれないかな!?」
2C=Aということは、Aは偶数だ。たとえCが奇数だろうと、2倍にすると偶数になる。ということは、Aは2、4、6、8のいずれかということだ。
また、10の位のB+Aが桁上がりするためには、AとBは5以上の数字でなければならない。
AはBより1だけ小さく、かつB+Aで桁が上がるAとBの組み合わせは、6と7、8と9の2種類のみ。
あとはそれぞれを計算式に入れてみて、Cの値が一致するものは……。
「673+63=736だ!」
扉に数字を打ち込むと、ロックが解除される。周りからは歓声が上がった。
ラルドは「さすがだな!」と言うが、オスカーはもう、ベッドに飛び込んで明日の朝まで寝ていたい気分だった。
塔の中には螺旋状の階段。階段には手すりなどはなく、足を踏み外せば地面へ真っ逆さまに落ちてしまう。
勇ましく駆け上がっていく兵士たちの後ろを、オスカーは恐る恐るついていった。どうして女王はわざわざこんな場所にいるのだろう。オスカーには理解できない。
この塔は見張りのために作られたそうだ。とはいえ平和なゲームの世界で侵略してくる敵などいるはずもないので、ただ城を飾るためだけに作られたと言っても過言ではないらしい。
階段を上がりきると、吹き抜けの屋上に到着した。石で作られた柱と、柱に支えられた平たい屋根があるだけの、何にもない空間だった。
「誰もいねーじゃん」
ラルドが辺りを見渡しながら言う。塔の上からは城下の町並みと、その向こうにある海、海の先にある大陸、そして大陸間を移動する飛行船がよく見えた。
牢からいなくなった囚人たちはもちろん、女王ミエルの姿も、どこにもない。
「オリバーでも間違うことはあるんだな」
「……オスカーだし、間違えることもあるというのは間違っちゃいないが、人が必死に考えて出した答えを簡単に『間違い』だと言われるのは腹が立つな」
「なんかめっちゃ震えてるけど、大丈夫?」
「聞くな」
じろりと睨みつけてやると、ラルドは首をすくませた。兵士たちは手すりから身を乗り出して、どこかに女王が隠れてやいないかと目をこらしている。
「どこかに仕掛けがあるのかも」
ナナミはそう言って、石畳の床や、天井を見回した。
床や柱には、模様が刻まれている。
ナナミは柱に触れた。
「これは……向日葵かしら? ここだけ動くようになっているわね」
「向日葵……」
「床に描いてあるのは……ピラミッドとスフィンクス……ヤシの木がたくさん……太陽……」
「向日葵は太陽に向かって咲くな」
オスカーたちは互いに頷き合い、手分けをして屋根を支える6本の柱に刻まれた『向日葵』を床の『太陽』のほうに向くように動かした。
すると、何やらカチッという音が鳴って、上のほうから、ゴゴゴ……と重たい何かが動く音が響いた。
天井がぱかりと開く。出てきたのは階段だ。屋根裏へと伸びている。
「いや待てよ。屋根裏って、この屋根、ぺたんこじゃん!」
ラルドが指摘するとおり、この見張り塔の屋根は平たい屋根である。王宮の本館のほうの屋根は、栗のように先端が尖った丸みを帯びた形なのに、こっちのほうの屋根は飾り気がないにもほどがある。
だからこそ、なのかもしれない。
恐る恐ると階段をのぼって、屋根裏を覗き込んでみると、そこには外観を完全に無視した広い空間が広がっていた。
部屋の奥にはモニターがあり、モニターの前にはソファーがある。
ソファーに座っているのは、波打つ金の髪を持つ女だ。
女はこちらを振り返ると、にっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「ようこそ、わたくしの秘密基地へ」