謎解きの迷路Ⅵ
「ぬおおおおおおおおおッ!!」
「……」
「取れねええええええええッ!!」
「……」
どうしてエレンがこんなところにいるんだろう、とか。そういえば兵士に連れて行かれてたなぁ、とか。暴れるエレンを見ながら、ノゾムはぼんやりと考える。
「ぐぬおおおおおおおおッ!!」
「……」
関わるのは面倒だなぁ、と。
そう思ったノゾムは、見なかったことにしようとした。
「……ん? あ、お前! ちょうどいいところに!」
「……」
見なかったことにしようとしたのだが、立ち去る前に気付かれた。
ノゾムはしぶしぶエレンを見やる。
「……なんですか?」
「見えない糸が絡まってるんだ、助けてくれ!」
「……助けた途端に、殴りかかったりしない?」
「するわけないだろ! なんでだよ!?」
なんでだと言われても、彼にはリオンに殴りかかったり、オスカーを蹴飛ばしたりした前科があるからだ。
まるで興奮した野犬。触れたら噛みつかれるかもしれないと、不安に思うのは当然のことだろう。
しかしエレンが絡まっているのは、ノゾムが張ったワイヤーである。
自分のせいでこうなっているのだから、助けてあげなくてはという思いも湧いてくる。
嫌だなあ、関わりたくないなあ、という気持ちと、助けなければという気持ちがノゾムの中でせめぎ合って、結局ノゾムはエレンを助けることにした。
『罠作成』のパネルの中にある『罠解除』をタッチすれば、エレンを捕らえていたワイヤーは消える。
解放されたエレンは「へぶしっ」と地面にうつ伏せに倒れた。
「ぐうう……サンキュー、助かったぜ。……あれ? でも、今のって……」
「それじゃあ俺はこれで」
「ええっ!? いや待てよ!」
余計なことに気付きそうなエレンを放って踵を返すと、エレンは当然のように声を上げる。
助けはしたけれど、やっぱり関わりたくないノゾムはイヤイヤながら目だけをエレンに向けて、「なんですか?」と返した。
「いや、『なんですか』じゃねぇだろ! 他に何かあるだろ!」
「……」
「あ! てかお前、フレデリカにババ抜きで負けてた奴じゃね!? てことは、あのナンパ野郎の仲間……」
エレンはノゾムが誰なのか気付いていなかったらしい。ようやく気付いたエレンは、苦いものを噛んだような顔をしてノゾムを見る。
ノゾムはそんなエレンを冷めた目で見返し、ぺこりと頭を下げた。
「それではこれで」
「えっ! いや待てって! お前だってあのクソ女王に閉じ込められたんだろ? ここで会ったのも何かの縁だ。協力しようぜ!」
「いや、犯罪者と協力するのはちょっと」
「オレは何もしてねぇっつの!!」
驚いたことに、エレンはオスカーを後ろから蹴り飛ばしたことを、まったく反省していないようだ。
眉間にしわを刻むノゾムに、エレンは鼻を鳴らした。
「テメェのほうこそ、犯罪者だからここに入れられたんだろうが」
「俺は何もしてないです!」
「どうだか」と肩をすくめるエレン。
ノゾムはいっそう眉間のしわを深くした。
この人と協力だなんて……。ない。絶対にない。
「安心しろ。オレがいれば、こんな迷路なんかすぐに出られるさ。何しろオレは、天才だからな!」
「……」
「おい、こら、無言で去ろうとするな。おいったら!」
スタスタと歩くノゾムの後ろを、エレンはわあわあと喚きながら追いかけてくる。うっとうしい。
(そもそもこの人、どこから湧いたんだろう?)
ノゾムは、この迷路に入ってからずっと、ワイヤーを張っていた。それこそスタート地点から、ずっとだ。
エレンが絡まっていたのは、その途中である。
ノゾムは怪訝に思って、後ろにいるエレンのさらに後ろ、エレンが絡まっていた辺りを見た。
(……あんなところに、扉なんてあったっけ?)
エレンがいた辺りには、こちら側に開かれた扉がある。たぶん、エレンが謎解きをして開いた扉だ。ノゾムはあんなところを開いた記憶はない。
ただ、ノゾムの記憶が正しければ、あそこにはただ壁があっただけのはずだが……。
(……?)
まあ、記憶が間違っているのかもしれないし、考えていても仕方ない。
ノゾムは迷路攻略に意識を集中することにした。後ろでぎゃんぎゃん騒ぐエレンのことは、まるっと無視して。
ノゾムにとっての3つ目の扉が現れたのは、それからしばらくしてのことだった。
扉の前には、大きさの違う3つの容器がある。大きさはそれぞれ、7リットルと、9リットルと、12リットル。12リットルの容器にだけ、なみなみと水が入っている。
クイズの内容は、この3つの容器を使って水を1リットルだけ取り出し、扉に設置された容器に注げというもの。
3つの容器には目盛りなどなく、容器に大きく数字が書いてあるだけである。
ノゾムは顎に手を添えた。
「これもクイズの本に載っていた気がするな……」
「ハハッ、楽勝だな。オレに任せろ!」
「えーっと、7と9、どっちに先に入れたらいいのかな」
「無視すんな!!」