謎解きの迷路Ⅳ
四角の枠の中にある、大小さまざまな形をしたブロック。中に1つだけ赤い玉があり、ブロックを少しずつ動かしていくことで、玉を外に出すことが出来る。
出てきた玉を割ると、中から鍵が出てきた。
門を開くための鍵である。
「ふふん。やっぱオレって天才だな!」
エレンは得意げに鼻をこする。
しばらくスタート地点で文句を言っていたエレンだったが、いくら経っても返事はないし、結局この迷路を攻略する以外に脱出する手段はないのだと悟って、先に進むことにしたのだ。
ノゾムが川渡りのクイズに首を捻っている間に、エレンは2つのクイズを解いた。
天才かどうかはともかくとして、ひらめきの能力に関しては、ノゾムより上であることは確かなようである。
「いきなりこんなとこに入れられたのは腹立ったけど、よくよく考えたら、牢屋の中で閉じ込められているよりも全然楽しいかもな。ゴールできたら、罪を清算したことにしてくれるとも言ってたし」
こうなったら、ちゃちゃっとクリアして、ちゃちゃっと外に出て、フレデリカたちを追いかけよう。
エレンはまだ、フレデリカのことを諦めてはいない。
門の先に広がる迷路は、今までよりもさらに複雑さを増しているようである。次へ進むためのクイズより、迷路を踏破することのほうが面倒くさい。
「ま、オレなら楽勝だな!」
ふふんと得意げに鼻を鳴らすエレンは、まだ気付いていなかった。
女王ミエルの、性格の悪さに。
***
どうしても手が離せない者を除いて、ほとんどの兵士が捜索に当たったが、ミエルは見つからない。脱獄したと思われる囚人たちもだ。
ミエルが誰の目にも触れないように隠し通路を使っていたのなら、現在いる場所も、誰も知らない隠し部屋か何かだろうか。
「なあなあ、オレたちも探しに行ったほうがいいんじゃないかな?」
忙しそうに走り回る兵士たちを横目に見ながら、ラルドがそわそわと体を揺らして言った。
オスカーは難しい顔をして、首を横に振る。
「王宮の外ならともかく、中をウロウロするのはやめたほうがいいと思う」
「なんで?」
「俺たちは一般のプレイヤーだ。そしてここは、運営の、ゲームを管理する側の人たちの職場だ。勝手に見てはいけないものや、触ってはいけないものもあるだろう」
オスカーたちに今できることは、待つことだけだ。
街の捜索なら協力できるだろうが……。オスカーは、ミエルやノゾムたちは王宮の『中』にいるのではないかと考えている。
唯一、ミエルの居場所を知っていそうな子供はといえば、トトに頬を引っ張られているのにヘラヘラ笑っていた。
「お気遣いありがとうございます。皆さまには、捜索よりもコイツの口を割らせるのを手伝ってほしいです……」
「……だいぶ苦戦しているな」
「嘘ばかりつくので、コイツ」
トトはイライラしているようだ。仕方がないかもしれない。
ほっぺたを解放された子供は、ヘラヘラしたまま、赤くなった頬をなでなでした。
「うそなんか、つかないもん」
「それがすでに嘘だろ!」
「子供を疑うの? パパ」
「パパっていうな!」
完全に、子供のペースだ。
オスカーは口元に手を当てて、うーんと唸った。
「この子供……AIだって言ってたな。ムタルドの図書館にいた三つ子と、何か関係あるのか?」
「三つ子って?」
ナナミが首をかしげる。ナナミはあの時、中庭で弓矢作りをしていたので、三つ子には会っていないのだ。
「あの図書館にある隠し部屋や隠し通路に精通した、謎の三つ子だ。この子供にそっくりなんだ。『学者』になるために必要なグリモワールの探し方を教えてもらったんだが、3人のうち2人が嘘をつくから、苦労させられたよ」
「あいつらか……」
トトは思い出したように言った。
「なんと言いますか……。あいつらとコイツは、同一の個体なんです」
「同一の……個体?」
「ええ。もともとは女王が作った、1体のAIです。なんでわざわざ3体に分裂していたのかは判りませんが……コイツには女王の性格がかなり影響されているので、おそらく、図書館を訪れた人たちを混乱させるためではないかと」
「……なるほど」
女王ミエルは、本当にクセの強い人物のようだ。
だが、それなら解決の糸口になりそうだ。
オスカーは、ニコニコと笑う子供に向き合った。
「お前の名前は?」
「『トトジュニア』だよ!」
「ジュニア」
「女王がつけたんです……人の名前を勝手につけるなんて、ひどいと思いませんか?」
「お前は気付いているのか気付かないふりをしているのか、どっちなんだ?」
本当に気付いていないなら、この男は鈍感を通り越して罪深いと思う。
訝しげな顔をするトトに、オスカーは深々とため息をついた。
「一応な、ムタルドの三つ子もしてくれたんだよな……。女王ミエルの居場所を教えてくれ。代わりに、『お前の出す問題に答えよう』」
この国の基本は、ギブアンドテイク。問いに答えて欲しければ、こちらもまた相手の出す問いに答えなければならない。
そしてこの国の住民……NPCたちは謎掛けが好きだ。毎回、輝かく笑顔で問題を出してくる。きっと、彼らを生み出した女王が謎掛けが好きだからだろう。
子供はきょとーんとした顔でオスカーを見上げ、にんまりと笑みを浮かべた。今まで見た中で、最高の笑顔だ。
「うん、いいよ!」
快諾を得られてホッとする。が、それと同時に不安が胸によぎった。
ムタルドの三つ子は1人だけが本当のことを言い、2人が嘘をつく。何度か質問を繰り返すことで、誰が本当のことを言っているのか、誰が嘘をついているのか、調べることが可能だった。
しかし今、目の前にいるのは『嘘をつく』子供が1人だけ。
問題にうまく答えられたとしても、『本当の情報』をちゃんと与えてくれるだろうか?
子供が両手を広げた。ぶんぶんと上下に振るう。
何をしているのかと思ったら、
「ええええええええっ!!?」
同じ顔の子供が5人になった。
三つ子ならぬ、五つ子だ。
「さあ、謎掛けいってみよー!」
「いかないよ!」
「すでに終わったよ!」
「終わってないよ!」
「パパ、お腹すいたー!」
「パパっていうな!!」というトトの叫び声が、ひときわ大きく響いた。