初めての探索の終わり
「さあ、ラルド。今度こそ『アリアドネの糸』を使ってちょうだい」
虹色水晶を手に入れてご満悦のナナミが、そう声をかける。ジャックは目を瞬いた。
「アリアドネを使うのか? もったいない。せっかく地下10階まで来てるのに」
地下11階からは景色も変わるし、採取できる素材も変わるぞ、とジャックは言う。ナナミは目尻を尖らせて彼を睨みつけた。
「そんなことは知ってるわよ。だけどもう、回復アイテムが底をついてるの! 誰かさんが戦闘に参加してくれなかったせいでね!」
ノゾムとしては、ナナミに大賛成だ。クリスタル・タランチュラとの戦いはとても疲れた。ゲームの中なので肉体的な疲労はもちろんないが、精神的にはヘトヘトだ。すぐにでも帰って、一息入れたい。
だけど、
「俺、人を捜してるんですよ」
「そういえばそうだったわね」
ノゾムがこのダンジョンに来たのは、父親を捜すためだ。ここにいるはずの『ko-ichi』が父親かどうかは分からないが、あのふざけた親父のことだ。ダンジョンの奥深くで息子を待っている、なんてことも十分に有り得る。
「人捜し?」と首をかしげるジャックに、ノゾムは目を向けた。
「『ko-ichi』って人なんですけど、知りませんか?」
「コーイチ? アルファベット表記の? あいつなら、ナナミを捜している時に見かけたけど」
ノゾムは衝撃を受けた。ダメ元で聞いてみたのに、まさかここで手がかりが掴めるなんて!
「ど、どこにいました!?」
「地下3階の地底湖だな」
「おお、ノゾム! ついに父ちゃん発見か!?」
「父ちゃん?」
父親かどうかは確かめてみないと分からない。
現在地は地下10階。上へはどうやって行けばいいのだろうか?
「ナナミさん、地図あったよね? 見せてくれる?」
「仕方ないなぁ」
ナナミはアイテムボックスの中から羊皮紙の束を取り出す。ノゾムはそれを受け取って、食い入るように見た。
「ここが今いる場所で、階段がここで、3階の地底湖は――ここか!」
「よっしゃ! 最短ルートで行くぜ!」
「うん!」
「あ、ちょっと!」
ノゾムとラルドは駆け出す。ノゾムは地図を握ったまま。ナナミは呆れたように息を吐いて、2人の後を追いかけた。
「なあ、父ちゃんってなんだよ!?」
ジャックの質問には、誰も答えようとしなかった。
***
道中に出てくるモンスターは無視して突っ走る。避けられそうにない場合には、ナナミが『エスケープ』を使って回避してくれた。
取り残されたモンスターたちを刀で斬り伏せながら、ジャックは「戦わねぇの?」と聞いてくる。ノゾムは矢が尽きているし、ラルドとナナミは回復アイテムが底をついているのだ。まともに戦えるわけがないだろう。
それに、戦闘している時間が惜しい。
今度こそ父親でありますようにと、ノゾムはそれだけを祈った。
「待ってろよクソ親父ィィィ!!!」
「……もしかして、ノゾムくんの父親がコーイチって名前なのか? でもたぶん『ko-ichi』は……」
3階の奥まったところに、地底湖はあった。いたる所にある光る水晶に照らされて、蒼く輝いている。
水深はかなりありそうだ。湖の周りには多くのプレイヤーがいて、湖に潜ったり、釣りをしたりしている。……こんな場所にも魚がいるのだろうか。
この中から『ko-ichi』を捜し出すのは難しそうだ。ここはレーダーを活用するべきだろう。ノゾムはさっそくプレイヤー検索のレーダーを出した。
『ko-ichi』はすぐに見つかった。
「おれが兄ちゃんのパパぁ? そんなわけないじゃん! おれ、小学生だよ〜?」
褐色の肌をした大男は、ケラケラと笑いながらそう言った。見た目はどう見ても小学生ではないが、現実世界ではそうらしい。
あんぐりと口を開けて放心するノゾムをよそに、ジャックは「やっぱりなー」と呟いた。
「それよりコレ! コレ見てよ!」
ko-ichi少年は無邪気に何かを差し出した。
ノゾムは呆けた顔のまま、首をかしげてそれを受け取る。
カサリと何かが、手のひらの上で動いた。
「光るフナムシ!」
「ぎゃあああああああああっ!!?」
それは海辺でよく見かける、甲殻虫だった。普段見かけるそれよりも大きい。5センチ以上はあるだろう。
ノゾムは悲鳴を上げながらフナムシを放り投げる。ko-ichi少年はそれを見事にキャッチした。
それも、キラッキラした顔をして。
「すっげぇよなぁ。でっかいよなぁ。カッコイイよなぁ! なあ、ジャックの兄ちゃんもそう思うだろ!?」
「ああ……。なんでフナムシを光らせたんだろうな」
もっと他に見栄えのする虫はいるだろうにとジャックは口元を引きつらせる。ノゾムとしては、虫を光らせる意味そのものが分からない。
ジャックはちょっぴり迷ったような顔をして、ノゾムを見た。
「ノゾムくんは、リアルじゃ女の子だったりするのか?」
「違いますよ!」
男子がみんな虫が好きだと思っているなら、それは大きな間違いだ。