謎解きの迷路Ⅱ
『川渡りのクイズ』
古くからあるクイズの1つだ。
キツネが狼だったり、ウサギがニワトリだったり、ニンジンが穀物だったり。あるいは1匹ずつではなく3匹ずつだったりと、形式はさまざまあるけど、共通していることは2つ。
『1度にすべてを運ぶことは出来ない』
そして、『組み合わせ次第では片方が食べられてしまう』
全員を“無事に”対岸まで運ぶというのが、このクイズの目的であり、難しいところだ。
「えーっと、このクイズ、どっかで見た気がするんだよね……順番は……」
とはいえ、古いクイズだ。小説や漫画などでこれを知っている者は少なくないだろう。ノゾムだってそうだ。
ノゾムは「うーん」と唸りながら、記憶を掘り起こした。
「たしか、最初はウサギを運ぶんだよね。キツネはウサギを食べるし、ウサギはニンジンを食べる……だけどキツネはニンジンを食べないから、残すならこの2つ……いや待って。食べないんだっけ? キツネ。お腹が空いてたら食べるんじゃ?」
キツネは肉食寄りの雑食動物だ。普段はウサギやネズミ、昆虫などを食べているが、空腹時には人間の残飯を食べることもある。
ニンジンだって普通に食べるかもしれない。
「いや、そんなこと言ってたら、クイズにならないか」
ノゾムは無理やり自分を納得させた。
キツネはニンジンを食べない。少なくとも、このクイズの中ではそうなのだ。
門に描かれた絵は、川などの背景は動かせないが、そこにいる登場人物たちは動かせるように出来ている。
舟は村人が乗らなければ動かせない。
そして荷物は、1つだけしか載せられない。
試しにウサギを舟に載せて川を横断する。対岸にウサギを置くと、門の中からカチリと音が聞こえた。何かが作動したらしい。鍵かな?
「全部運び終えたら、門が開くのかな」
状況を考えるなら、そうなる。
ノゾムはウサギを対岸に残して、村人が乗る舟を、もとの岸へと戻した。
「次は……あれ? どうするんだっけ?」
キツネを運んだら、ニンジンを迎えに行っている間にウサギが食べられてしまう。
ニンジンを運んだら、キツネを迎えに行っている間にウサギがニンジンを食べてしまう。
「え? 詰んだ?」
ウサギを対岸に残したまま、ノゾムは呆然と呟いた。
***
「だぁーかぁーらぁー! 言ってんじゃん! このチビが、ノゾムを嵌めやがったんだって!」
一方その頃、王宮の入口では、門兵とラルドたちが睨み合っていた。ラルドに首根っこを掴まれている金髪の男の子は、わんわんと大声で泣きわめいている。
「うえええええんっ! こわいよー!!」
「やかましい! そもそも、お前のせいでこうなっちゃったんだろ!」
「うえええええんっ!」
王宮の門を守る兵士の2人は、困ったように顔を見合わせる。
険しい顔で睨みつけてくる黄色い箒頭の男と、大泣きする子供……兵士たちの目には、どう見ても子供がイジメられているようにしか見えなかった。
「いいから落ち着け! そんなに怖い顔で睨んでいては、可哀相だろう」
「可哀相じゃないんだって! これ絶対に嘘泣きなんだって!」
「うえええええんっ!」
「いい加減にしないと、お前を牢にぶち込むぞ!」
「上等だコノヤロー! ノゾムと一緒に脱獄してやんよ!」
「ちょっとラルド!」
とんでもないことを言い出すラルドに、ナナミは思わず声を上げる。
兵士たちのラルドを見る目がいっそう厳しくなった。
『脱獄』というワードが引っかかったのだろう。
「なにバカなこと言ってるの。相手は運営よ? 本当に投獄されるかもしれないし、下手すると『垢バン』されるかもしれないわよ」
『垢バン』とは、アカウントをバン(BAN)されるの略。BANは英語で『禁止』という意味で、アカウントを停止される、消されてしまうといった意味を持つネットスラングである。
ラルドは「ぐぬぬぬ」と唸り声を漏らした。子供は相変わらずわんわん泣いているが……ちらりとこちらを見上げた目は、明らかに笑っていた。
許すまじ。ラルドは子供をグルグル振り回した。
兵士たちは慌てて止めようとしたが、子供は「うわー」と悲鳴? 超棒読みな悲鳴を上げるだけである。
ぜんぜん怖がっていないどころか、面白がっているようですらあるので、まあいいか、と兵士たちは止めに入るのをやめた。
ラルドはグルグル、グルグルと回って、やがてバタリと倒れ込む。
目が回ったらしい。アホである。
ナナミは頭が痛いとばかりにコメカミに手を当てて、後ろにいるオスカーを振り返った。
「どうしたらいいのかしら?」
「……とにかく、この子供の真意が分からないことにはな……」
子供は、倒れたラルドの背中に座ってニコニコしている。
何を企んでいるのか、その表情から窺うことは出来ない。
「……この子供、図書館にいた三つ子の1人だよな」
金色の髪に、黄色の目。白いシャツに、灰色の短パンをサスペンダーで留めた子供の外見は、あの三つ子とそっくり同じ。
3人のうちの1人がここに来ているのか。はたまた、本当は三つ子ではなく四つ子だったのか。
ここはゲームの中なので、たまたま同じ見た目なだけとも考えられるが……実際のところはどうなのか、分からない。
「あっ」
子供がふいに声を上げた。
「パパ!」
――パパ?
子供の視線を追う。そこにいたのは、王宮の立派な庭の片隅で、植木に頭を突っ込んでいる、スーツ姿の男だった。
「パパぁ〜!」
「誰がパパだッ!!」
がばりと顔を上げたその男。葉っぱと土にまみれた金の髪のその男の顔には、見覚えがあった。
たしか、街の外で会った、ラルドたちいわく『カジノのオーナー』である男である。
男は子供の姿を見咎めると、黄色の瞳をまん丸に見開いた。
「なっ! なんでお前がここにいる!?」
「パパ〜!」
「パパじゃない!」
子供とオーナーはどうやら知り合いのようである。
門兵の1人が、訝しげにオーナーを見た。
「なんだトト。お前の子供か?」
オーナーの名前はトトというらしい。
トトは心底嫌そうな顔をして答えた。
「違うっての! コイツは陛下が作ったAIだよ。陛下が何故か俺のことを『パパ』と呼ばせているんだ。いい迷惑だよ……」
「ああ、なるほど。陛下がねぇ……。ん?」
納得したように頷く門兵が、はたと動きを止める。
頭についた葉っぱを払うトト。そんなトトのそばでニコニコ笑う子供。オスカーとナナミ、そして地面に突っ伏すラルド……。
それらを順に見て、門兵は徐々に顔色を悪くさせた。
「あれ? あなたたちは、たしか……」
ラルドたちにようやく気付いたトトが、首をかしげる。
顔面蒼白の門兵は今にも気を失いそうだ。
オスカーはトトに向き合った。
ようやく、話を聞いてもらえそうだ。