黄の首都イヴォワールⅣ
「なんだ、ここ?」
エレンは茫然と呟いた。目の前には、天高くそびえる2つの壁に挟まれた、道がある。
道の向こうには、これまたでかい壁。
エレンの後ろにあるのも壁。
ジョーヌの女王ミエルと牢屋でばったり再会したところまでは覚えているのだが、何故か突然、エレンは見知らぬ場所に立っていた。
ここまで歩いてきた記憶はない。
周囲には誰もいない。
ミエルもいない。
《えー、あー、ルール違反の犯罪者の皆様、聴こえていますか? わたくしはこの国の女王、ミエルと申します》
壁によって狭められた空の上から、聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。ミエルだ。
《街の住民や、他のプレイヤーたちに迷惑をかけた皆様には、これから処罰を受けていただきます》
(処罰……?)
エレンは短い眉をぎゅうっと寄せた。
嫌な予感しかしない。
それに『皆様』って……。ここにはエレンしかいないのだが。
《皆様がいらっしゃいますそこは、わたくしが作った迷路です。迷路の中には、わたくしが用意したクイズがいくつかあります。謎解きをしながら、ゴールを目指してください。無事に脱出できましたら、罪を清算したとして、釈放いたしますわ》
処罰。はたしてこんなことが処罰になるのか、エレンにはちょっと分からない。
牢屋にいた他の連中も、ここにはいるのだろうか。姿は見えないけど。
犯罪者たちが互いに協力し合わないように、バラバラの位置に配置されているのかもしれない。
ただひとつ、これだけは言っておきたい。
「オレは犯罪者じゃねぇぇぇぇぇ!!」
エレンは悪いことなど何もしていない(と自分では思っている)。オスカーを背後から蹴り飛ばしたのも、仕返しとして正当な行為だと思い込んでいる。
不本意にも牢屋には入れられていたが、他の犯罪者たちと同様に扱われるのは心外だ。
《それでは始めてくださいな》
「聞けやこらアアアアアアア!!!」
***
壁いっぱいに映し出される大迷路。
その中で、離れた位置にそれぞれ配置された、3人の服役者たち。
薄暗い部屋のど真ん中に置いたソファーに腰掛けて、ミエルはわくわくと心を踊らせながら、自らが作り上げたモニターを見つめていた。
犯罪者……ゲー厶内でルールを犯した者へ課す罰は、各国の王が決めることになっている。
もともとミエルが考えていたのは「5日の勾留、女王の出す問題に正解したら1日短縮、間違えたら1日延長」というものだった。
ミエルは謎掛けが好きなので、ルール違反をするような連中には、思う存分付き合ってもらおう。そう考えたがための『罰』である。
しかし違反者たちは、ミエルが思っていたよりも狡猾だった。
『正解したら短縮、間違えたら延長』であるが、ミエルの謎掛けに対して『沈黙』を繰り返した場合、刑期は増えも減りもしない。
女王の面倒くさい謎掛けに付き合うくらいなら、5日間だけ大人しくして、さっさと出てしまおう――多くの違反者たちが、そう考えてしまったのだ。
「ふふふっ、けれども迷路なら付き合わないわけにはいかないですわよね? 下手をすると、ずーっと出られないかもしれないわけですし」
モニターには、地団駄を踏む赤髪の少年の姿もある。ババ抜きではうまくやり過ごすことが出来た彼だけど、迷路は突破できるだろうか?
ミエルはニマニマと口元を綻ばせ――ふいに、不満げに唇を尖らせた。
「それにしても、3人というのは少な過ぎますわ。問題はたっくさん用意しましたのに、ほとんどが日の目を見ないままになってしまいそうですわね……」
せっかく作ったのだ。どうせなら、もっとたくさんの人に挑戦してもらいたい。
そして苦悩してもらいたい。
ミエルは人が苦悩する姿を見るのが大好きだ。
「ああ、そうですわ。あのノゾムという子などは良いですわね。ああいうタイプは、良い感じに悩んでくれるのですわ……」
しかし、あの少年はルール違反などをしそうにない。
何も問題を起こさなければ、捕まえて迷路に放り込むこともできない。
ミエルは悩ましげに眉を寄せた。
「どうにかできないものかしら……」
***
そんなミエルの思惑などつゆ知らず、ノゾムはハイエナを追い回す。
ハイエナはちっともジッとしないので、弓の狙いがなかなか定まらない。
グラシオが氷のブレスを吐く。ハイエナの足が止まった。頭に狙いを定め、矢を放つ。
急所を貫かれたハイエナは、青白い光となって消えた。
光が消えたあとには、宝箱が残る。
「やった! お宝ゲット!」
「よくやったわ! さすがグラシオね!」
抱きついてくるナナミに対して、グラシオは相変わらず澄ました顔だ。
「当然だ」と言わんばかりだ。
宝箱の中には、ハイエナの牙や爪、毛皮などが入っている。
箱の底にはたくさんの金貨。飛行船代は、これで十分にまかなえるだろう。
「あと何匹か倒すか」
「そうだな。素材も金もたくさんあって困るもんじゃないし、レベルも上げたいし」
のんびりと言うオスカーとラルドも、もちろん女王の企みに気付くはずもない。
もしもここに、それを知る者がいたとしたら、きっとこう言っていたことだろう。
――いいからさっさと逃げろ!! と。
明日も更新します