黄の首都イヴォワールⅢ
リアーフとリディアは後方から魔法で援護するタイプ。
前に出て戦える者は、フレデリカしかいない。
ハイエナたちに苦戦していた理由は、フレデリカ1人で後ろの2人を守りながら戦っていたからだ。そこへラルドが乱入したため、負担が減ったフレデリカは目の前の敵に集中することができた。
後ろからの支援を受けつつ、ハイエナたちを撃退。
良かった良かった……と、なればいいのだけど。
「『横殴り』はマナー違反だって、教えてくれたのはラルドなのに」
それを一番やらかしているのはラルドのような気がする。ノゾムは遠い目をしながら、ナナミとオスカーとともに、フレデリカたちのもとへ駆け寄った。
「ありがとう! おかげで助かったよ!」
背の高いラルドを見上げながら、感謝の言葉を述べるのはリディアだ。
ラルドの『横殴り』は救助行為であると受け止めてくれたらしい。
「突然割り込んでくるなんて、マナー違反よ! あたしたちだけでもやれたのに!」
眉間にしわを寄せて文句を言うのはフレデリカ。こちらは違反行為であると受け取ったようだ。
ノゾムは口元を引きつらせる。「めっちゃやられそうになってたじゃん」って、ラルド、煽るのはやめなさい。
「リディア、それはダメだ。上目遣いは良くない」
リアーフはリアーフで別のことが気になっているらしい。
身長差のせいで確かにリディアはラルドを見上げる形になっているけど、どう見ても『ただ見上げているだけ』なのだが。
「……あら? そういえばあんたたち、カジノにいた……」
フレデリカはようやくそれに気付いてくれた。ノゾムとはババ抜きで最後まで争った仲である。忘れられては悲しい。
フレデリカは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「あの時はごめんなさいね。巻き込んでしまって……」
「え、いや、悪いのはあなたじゃないし……」
巻き込まれたのは事実だが、ノゾムを巻き込みやがったのはジョーヌの女王ミエルだ。問題を起こしたのはエレンだし、巻き込まれたというなら、それはフレデリカも同じだろうとノゾムは思う。
「そう言ってくれるとありがたいわ」
「リオンさんも、あの時はごめんね? ……あれ? なんだか雰囲気が違うような」
「リディア、ダメだ。そいつに近付いてはいけない」
オスカーを見つめてことんと首をかしげるリディアにリアーフが釘を刺す。
オスカーは何とも言い難い顔をして、ノゾムたちを見た。
「兄貴は今度は何をやらかしたんだ?」
「今回は本当に何もしてないですよ」
しいて言うなら『ナンパをした』だけだ。それもリディアたちが言っていたことが正しいなら、普通に話をして、ちょっとだけトランプで遊んでいただけ。
リディアとフレデリカがリオンに対して悪感情を抱いていないように見えることからも、嘘はないだろう。
ノゾムはそう説明するが、オスカーはいまいち納得していなさそうだ。リアーフが警戒心むき出しに睨んでいるからだろう。
オスカーの兄へ対する信用度は、限りなく低い。
フレデリカはラルドのマナー違反を不問にしてくれた。カジノで巻き込んでしまったことを許してくれたお礼、とのことだ。
「いや、だからお前、ふつーにやられそうになってたじゃん」
「ラルド、蒸し返すのはやめよう?」
せっかく丸く収まりそうなのに台無しだ。「だってオレ、助けたじゃん」って、確かにそうだけど、それをどういう風に受け止めるのかは相手が決めることなのだ。
『小さな親切大きなお世話』という言葉もある。フレデリカはきっと、自分たちの力でどうにかしたかったのだろう。
その時ふと、軽快な足音を鳴らしながら、1匹のヒッポスベックがこちらに向かってきた。
ヒッポスベックを駆るのは、金色の髪を風に揺らす、スーツ姿の見覚えのある男。たしか例のカジノで、オーナーを務めていた人じゃなかろうか。
カジノのオーナーはノゾムたちに気付くと、ヒッポスベックの手綱を引っ張って、まっすぐにこちらへやって来た。
上からひらりと降りてきて、深く頭を下げる。
「ご歓談中のところ、失礼します。女王陛下を見ませんでしたか?」
「え、女王……って、ミエルのこと? ですよね?」
「ええ、カジノであなた方に多大な迷惑をかけていた、ミエル女王陛下です。少し目を離した隙に逃亡してしまいまして……」
「逃亡」
「大変申し訳ないことです」
オーナーは「ぐぅ」と苦渋に満ちた表情で唇を噛みしめる。
いや、その前にいろいろとツッコミたい部分があるのだが。
女王が逃亡って、何それ?
「えっと……見てませんよ? あの人すごく目立つから、遠目でもすぐ分かるはずです」
ねぇ、と振り返れば、ラルドもナナミも「うんうん」と頷く。
ミエルと面識のないオスカーだけはキョトンとしてるけど。
「あたしたちも見てないわね」
フレデリカもそう言って、リディアとリアーフも頷いた。
カジノのオーナーはがくりと肩を落とした。
「そうですか……。貴重な情報をありがとうございます。しかし、そうなるとまずいですね……。王宮へ戻られたのかもしれません」
「女王が王宮にいるのは当たり前のことなんじゃ?」
むしろ『女王』という立場の人がカジノをうろついているほうが問題なのではないかと思う。
いくらこの世界の『王様』が、現実世界の王様と異なる存在理由を持つのだとしても。
「いないほうが滞りなく業務が回るので」
オーナーはばっさりと言い切った。
あんまりな言い様だが、カジノでのミエルの言動を思い出すとフォローする言葉も思いつかなかった。
カジノのオーナーは「邪魔をして申し訳ありませんでした」と再び深く頭を下げて、ヒッポスベックにひらりと飛び乗り、さっそうと去っていった。
忙しい人である。
「変なゲームだな」
オスカーがポツリと言った。ノゾムは「どういう意味だろう」と小首をかしげたが、フレデリカは眉間にしわを寄せて大きく頷く。
「運営が出しゃばりすぎよね」
ノゾムはMMOをやるのはこのゲームが初めてなのでよく分からないが、普通は、運営はあくまで裏方に徹するものらしい。
ゲームの主役は『プレイヤーたち』だからだ。
運営がプレイヤーたちを振り回すなんて、本来はあっちゃいけないことらしい。
「振り回しているのは『王様』だけのような気もするけど……」
街を警護する兵士や、先ほどのオーナーは真面目に働いているように見える。
アガトといい、フォルトといい、ミエルといい。自由奔放に振る舞っているのは、みんな『王様』だ。
「『王様』は特別ってことかな?」
「さあなぁ。とりあえずこっちはこっちで、好きに遊んでいようぜ。まずは飛行船代を稼ぐんだろ?」
「うん」
「あたしたちは今度こそ新しいフォーメーションを考案するわよ! エレンのバカがいなくても戦えるように!」
拳をふるって力説するフレデリカに、リアーフとリディアは揃って「ええー」という顔をした。
「まだやるのー?」
「当たり前でしょ! あんたたちのどっちかが前に出てくれたら、あたしの負担も減るんだけど?」
「やだ。俺はリディアの横にいる」
「私はリアーフの隣にいる!」
「こんのバカップルが!!」
フレデリカたちは、エレンと別れたはいいものの、別れたがために新しい戦い方を考えなくてはならなくなっているようだ。
今まで一緒にいた人が急にいなくなると困るというのは、ジャックがいなくなったノゾムたちにも分かる。
まあ、いくら困ったところで戻ってくるわけもないので、とりあえずノゾムは、ジャックのサポートがなくてもラルドより先にトドメを刺せるようにならなければ、と改めて思った。