黄の首都イヴォワールⅡ
「何なんだよ、クソッ! 離せよ!!」
オスカーから引き剥がされ、兵士2人に連行されたエレンは、どことも知れぬ地下施設にいた。
一定間隔に設置された松明に照らされた石畳の通路。通路の右側には鉄格子があり、その向こうには不機嫌そうにこちらを睨む男の姿がある。
これは、あれだ。牢屋というやつだ。
冗談じゃねぇと、エレンはいっそう大きな声で喚き立てる。いくら暴れても、兵士たちはビクともしない。
「おとなしくしないか。お前が通りのど真ん中で暴れているのが悪いんだろ。しかも人に馬乗りになって」
「オレは悪くない! 悪いのはあのリオンとかいうやつだ!」
あいつのせいでオレは仲間から捨てられたのだと、エレンは声高に叫ぶ。兵士たちは聞いちゃいない。面倒くさそうに空いている牢屋を開けると、その中にエレンを放り込んだ。
「しばらく頭を冷やせ」
「なんだよ! オレは悪くないって言ってるだろ!?」
無情にも閉められた鉄格子の扉を掴んで、エレンは叫ぶ。兵士はそんなエレンを見て、深いため息をついた。
「陛下が不在なことに感謝するんだな」
「は? んだよそれ……おい、出せって! もおおおおおおおっ!!」
兵士たちは一度も振り返ることなく、エレンの前から去っていった。隣の牢屋からは「うるせぇぞクソガキ!」と怒声をもらう。
エレンは唇を噛み締めて、ぺたりと座り込んだ。なんでこんなことに、とあまりの惨めさに涙がこみ上げてくる。
「全部、あいつのせいだ……!」
エレンは、自分を省みるという言葉を知らない。
「リアーフもリアーフだ。なんであいつだけちゃっかり彼女作ってんだよ。オレだって彼女欲しい。クールビューティーな美少女がいい」
エレンの好みのタイプは、冷たい感じの目を向けてくる女の子だ。なお、その『冷たい感じの目』が本当に冷たいものであることに、エレンは気付いちゃいない。
ぐすんと鼻を鳴らして、その場で体育座りをする。牢屋の中はやたらとジメジメしていて、エレンの気持ちをいっそう降下させた。
「恋って……ままならねぇもんだな……」
エレンのうるさい独り言に、隣人は無視を決め込んでいる。心を覆い尽くす孤独感にエレンはさめざめと泣いた。
その時だ。
「本当にそのとおりですわねぇ……」
しみじみと、同意する声が聞こえてきた。女性の声である。
エレンはハッと顔を上げて、声のしたほうに顔を向けた。鉄格子の向こう側に、誰かいる。
「あ、あんたも恋愛に悩んでいるのかい?」
「――ええ。振り向いて欲しくて、いろいろと試してはみるのですが、全然、まったく、ちっとも効果がありませんの」
「ほほう」
「まあ、まったくこちらを見ようとしない姿がまた、格好良いのですけど」
「分かるぜ!」
エレンもまた、『自分のことを好きにならない相手』を好きになりがちである。フレデリカがまさにそれだ。彼女がエレンのことをまったく好きでないことくらい、エレンにだって分かっている。
『こちらを振り向かない』からこそ、『振り向いて欲しい』と思うのだ。
「気が合うな、あんた」
「ええ、本当に」
ふふっと笑う、姿の見えない女。ふとその声に、聞き覚えがあることにエレンは気付く。
誰の声だっけ。なんだか、すごく最近、聞いた気がするのだけど。
コツ、コツ、と足音を鳴らしながら、女はエレンの牢の前にやって来る。身体にぴたりとフィットするロングドレスの上に載っかった顔を見て、エレンはぱかりと口を開けた。
波打つ金の髪に、宝石のような黄金色の瞳。顔の上半分を隠すマスクは付けていないが、この女は、間違いない。
「テメェは、あん時の……!」
先ほど兵士たちが『不在』だと言っていたはずのジョーヌの女王、ミエル。
「あらあら」と、ミエルは驚愕に固まるエレンを見下ろして、にんまりと笑った。
「聞き覚えのある声だと思ったら……奇遇ですわねぇ」
***
オオトカゲが青白い光となって消える。『解体』のスキルを持っているノゾムがトドメを刺したら、ここで宝箱が出てくるはずなのだけど……残念ながら、今トドメを刺したのは、ノゾムではない。
「ラールードー……」
「だから言ったじゃん! うっかりトドメを刺しちゃったらゴメンなって!」
「有言実行にも程があるでしょうが!!」
ナナミに叱られて、ラルドは「うへぇ」と舌を出す。
ラルドが元気よく放った『ファイヤーボール』によってオオトカゲはあっさり倒れた。ラルドの魔法攻撃力は順調に強くなっているらしい。
「今度は物理を上げようかな」と呟くラルドは、器用貧乏な道をも順調に歩いていっている。
物理か魔法か、どちらを極めるのかは決めておいたほうがいいと、周りから散々言われているというのに。
「いや、ナナミさん、今のは俺が外しちゃったから……」
「俺が注意を逸らしてしまったからだな。すまないノゾム」
「いやいやオスカーさん、そんなことは……」
申し訳なさそうに頭を下げるオスカーに、ノゾムは苦笑いを返した。
確かにオスカーが突然「猛虎の舞い!!」と叫んで、ラテン系の曲に合わせて真顔で盆踊りをしだした時にはビックリしたが、それを言い訳にはしたくない。
オスカーは大真面目だったのだ。集中を切らしてしまったノゾムが未熟だっただけだ。
「またモンスターを捜さなきゃいけないじゃない。夜間って強いモンスターも出るから、あんまり街の外をうろうろしたくないのに」
「なんでだよ。強いモンスターのほうが、経験値がガッポリ入るじゃん」
「そのぶん『死に戻り』のリスクも高まるでしょ」
そんなスリルは求めてないわ、と言うナナミの意見にノゾムは首肯する。
ラルドは口を尖らせてブーブー言った。
「なんでだよー。もっとバトろうぜー?」
「……俺はラルドに賛成かな」
「おっ! オリバー! お前もけっこうイケる口か!?」
「オスカーだ。イケる口ってなんだよ……」
オスカーの場合、兄のリオンがまったく職業熟練度を上げていないので、今のうちに上げておきたいと思っただけらしい。
モンスターから逃げ回っていても“囮として”戦闘に加わっていると判断されているそうで、オスカーのレベルは一応上がっている。だがスキルは一切使っていないので、彼の職業熟練度はカケラも増えていないのだ。
「おっ、モンスター発見!」
「戦っているパーティーがいるじゃない。横殴りはやめなさいよ」
ラルドの視線の先には、5匹のハイエナのようなモンスターと対峙するプレイヤーたちの姿がある。女の子が2人と男の人が1人の、3人パーティーだ。
「あれ? あの人たち……」
先頭で大剣を振り回しているのは、青いポニーテールの女の子。後ろで彼女をサポートしているのは、おかっぱ頭の茶髪の女の子と、長い金髪の男の人だ。
「カジノでノゾムとババ抜きした人じゃん」
「うん。フレデリカさんだね」
あの、とっっっっても迷惑なエレンに好意を寄せられてしまっている、可哀想な少女である。
後ろの2人は確か、女の子がリディア、男の人がリアーフといっただろうか。とても仲睦まじいカップルである。
「少し、押されてないか?」
オスカーの言うとおり、フレデリカたちは苦戦しているようだ。ハイエナたちのほうが数が多いからかもしれない。
助けたほうがいいかもしれないけど、助けを求められたわけでもないのに間に入ったら、『横殴り』だと怒られてしまうのではないだろうか。
一瞬の逡巡。の間に、ラルドは動き出していた。
「ブーストおおおおおおおおおおっ!!」
物事をあまり深く考えないところ、ときどき羨ましくなる。