カルディナルの洋食店Ⅳ
「モンスターの肉……でも旨い……」とブツブツ言いながらハンバーグを完食したラルドは、偉いと思う。キッシュはたいそう美味しかった。
ナナミは最後の一口を名残惜しそうに見つめている。食後のコーヒーを飲むリオンの皿の上には、ソーセージが残ったままだ。
満腹ゲージも満タンになったところで、次に考えるべきは、「次に何をするか」である。
「とりあえず、いったんジャックとは距離を置くわ」
「いったんなのか」
「ええ。ジャックの生存確認が出来る程度には近くにいたいのよ」
「どゆこと?」
「ジャックが引きこもりだってことは知ってるでしょ?」
ナナミはロウの首を撫でながら言った。フェニッチャモスケはピィピィ言いながらテーブルの上に飛び乗って、ラルドが残したニンジンをくちばしで突いている。
「ああ……動画配信とかしてるんだろ? それが?」
「ジャックって今、家を出て一人暮らしをしているのよ」
「ほう」
「一人暮らしで、引きこもってるのよ」
「ふむ」
「今は宅配サービスも充実してるし、お金もちゃんと稼いでいるから、引きこもって生活するのは全然問題ないんだけどさ。ジャックって、何日も徹夜してゲームをすることもあるのよ」
「廃人だな」
「生存確認はちゃんとしていないとヤバそうでしょ?」
「たしかに」
部屋の中で倒れていたりするかもしれない。それは心配である。
レイナが「それなら」と口を挟んだ。
「それなら私が、ジャックさんのことを定期的に報告しますよ。シスカさんがいなくなったなら、ジャックさんもしばらくはこの街にいるでしょうしね」
「いいの? レイナ」
「お安い御用なのですよ。ナナミちゃんはあの人と距離を取ったほうがいいと思います」
「それ、シスカにも言われたわー……」
とりあえず、カルディナルから離れることは決定した。
「カジノに『転送陣』のミニステッカー貼ってきたんだよな。またカジノに行かね?」
「私はもううんざりだわ」
「オレはまたテキサスホールデムやりたい」
「テキサス……?」
「それはもっと練習してからのほうが良くないかな、ラルド?」
練習相手もいることだし、とノゾムはリオンを見ながら言う。リオンはぱちくりと目をしばたかせて、「俺でいいなら」と頷いた。
「そういうノゾムはどうなんだよ?」
「俺?」
「行きたいとことかねぇの?」
「俺は……実はちょっと、ヴェールが気になってる」
「おお、モノ作りがしたいのか?」
「いや、それは……。俺、モノ作りのセンスないし。ただあのモアイ像とか塔とかが気になってて」
「あー、アレな」
アレは確かに気になるわ、とラルドは頷いた。
ナナミは口元に手を当てる。
「モノ作りの国か……。珍しいアイテムや素材が手に入るかもしれないわね。いいわよ、ヴェールに行きましょう」
「リオンさんは?」
「オレはもちろん、どこへでもついて行くよ〜」
これで決まりだ。
次の目的地は、モノ作りの国ヴェール。
ヴェールへは確か、オランジュの首都ノワゼットから定期船が出ていたはず。
「ジョーヌのカジノへ転送するのであれば、ジョーヌの首都へ向かったほうが近いんじゃないですかね〜? 首都イヴォワールから、飛行船が飛んでいるはずですよ」
「飛行船!?」
「マジかよ乗りたい!!」
レイナいわく、ジョーヌの首都は、カジノの街よりずっと南にあるらしい。地図がないので詳しい場所は分からないが、とにかく海岸沿いのどこかにあるとのことだ。
「詳しいね、レイナさん」
「お店をやっているとですね、いろんなお客さんとお話する機会があるのですよ〜」
そのぶん情報が多く入ってくるのだと、レイナは言う。
「それじゃあ、さっそく向かおうぜ!」
「うんっ。レイナさん、ごちそうさまでした!」
「お粗末さまでした〜」
「え、ちょ、ちょっと待って……。ごちそうさま! またね、レイナちゃん!」
「はいは〜い」
バタバタと出て行くノゾム、ラルド、ナナミのあとを、呑気にコーヒーを飲んでいたリオンは慌てて飲み干し、追いかけていく。
カランコロンと音を奏でながら閉まる扉を見て、レイナはおもむろに左腕のリングを弄った。
「今、出て行かれましたよ〜。行き先は秘密です〜。シスコンのストーカーさんに、そうお伝えください〜」
***
「だってさ、ジャック」
ハンスはにんまりと笑ってジャックを振り返った。ジャックはソファーの上でぐったりとしている。
ハンスにやる気を出させるために褒めて褒めて褒め尽くしたあと、シスカの件を知って抗議をしに来たメンバーと幾度も問答をするはめになったからだ。
予想していたことだが、シスカが抜けるならと、ギルドを離脱したメンバーも多くいる。それは、それだけシスカの人望が厚かったことの証左だ。
ジャックだってシスカにはだいぶ助けられたし、出来ることなら辞めてほしくなどなかったが……。先ほどナナミにも言ったように、これは優先順位の問題なのである。
ジャックが一番大切なのは、ナナミ。
シスコンと言われても仕方がないと、自分でも思う。
しかしこれだけは譲れないのだ。
「レイナのやつ……。それじゃあもう、行方を追うのは無理じゃないか?」
「大丈夫だって。俺のフレンドは、オランジュにもジョーヌにもいるからね。ヴェールにだって今はケイ姐さんがいるし」
「おお……さすがコミュ力おばけ」
「おばけって何なんだよ」
失礼だなぁとぷっくり頬を膨らませながらも、ハンスはキーボードを叩く手を止めない。どれだけ広い人脈を持っているんだか。探偵業とか、意外と向いていそうだ。
依頼したのはジャックだが、あまりの有能さにちょっぴり慄いてしまう。
「それにしても、ノゾムくんたちが追いかけてきてくれていたのは、助かったな」
「あ〜、例の見習い狩人ね。俺、まだ顔を見たことないんだよな。そういや彼の父親の件でちょっと進展があったんだけど、父親捜しって今どーなってんの?」
「父親のことなんか無視してゲームを楽しもうぜって流れになってるけど」
「やっぱな! そんな気はしてた! 真面目に捜してるのやっぱり俺だけじゃん!」
でもこのまま中途半端にするの嫌だから見つけてやるけど! というハンスは、やっぱり探偵とか向いていると思う。
「進展って?」
「ノゾムの父親、『ミズキコウイチ』な。ゲームの開発メンバーの中に名前があったんだよ」
「マジか」
運営の一員かも、という話はあったが、まさか開発に関わっているとは思いもしなかった。
開発メンバーは、そのまま運営に携わっていると聞く。特に各国の『王様』は開発の中心メンバー。「自分たちが遊びたいゲームを作った」と言っていて、運営そっちのけでゲームを満喫している者もいる。ルージュの王、アガトがまさにそのタイプだ。
「ノゾムくんのお父さん、もしかして『王様』だったりして……」
「その可能性もなくはないな」
「父親ってのは、どいつもこいつも勝手だよなぁ……」
ぽつりと呟くジャックに、ハンスは訝しげに眉を寄せる。が、ジャックの目が思いのほか昏かったので、あえて聞こえてないふりをした。