カルディナルの洋食店Ⅲ
「そもそも私は、ギルドになんて入るつもりなかったのよね」
ロウのふわふわの背中を撫でながら、ナナミは口を尖らせてそう言った。フェニッチャモスケが「自分も撫でて!」と言わんばかりにピィピィ鳴く。
ノゾムは首をひねった。
「どうして?」
「団体行動が苦手だから」
「なるほど」
納得する以外にない理由だった。
「ゲームは好きだけど……ひとりでプレイするゲームのほうが、断然好き。オンラインで知らない人と協力とか、交流とか、ほんと無理。このゲームだって、『世界初のフルダイブVRゲーム』だから、やりたいって思ったのよ。そうじゃなかったらやらなかったわ」
自分以外のプレイヤーが随時たくさんそこにいて、交流・協力が出来るゲームのことをMMOという。MMOの醍醐味といえば、まさにその、交流や協力だ。
当然、それが苦手な人もいる。
ナナミはそういうタイプのゲーマーだ。
だからこそ、このゲームを始めたばかりの頃のナナミは『ソロプレイ』をする気まんまんだった。
「だけどジャックがギルドを立ち上げたいって言い出してね。名前だけ貸すことにしたの。ギルドの立ち上げには、最低でも3人以上のメンバーが必要だから」
ジャックが『レッドリンクス』を立ち上げた時、仲間はジェイドだけだった。ユズルもまだアルカンシエルを始めていなくて、シスカやK.K.もいなくて、ゆえにナナミに協力を頼んできたのだと、……少なくともその時のナナミはそう思っていた。
「『クエスト』だって無理にやらなくていいって、ジャックが言ったのよ。他の連中ともまともに関わってこなかったから、追放されそうになっているなんて、全然気付かなかった。シスカがあんなにしつこくみんなと関わるように言っていたのは、そういう理由があったのね」
新手の拷問かと思ったわ、と眉を寄せるナナミ。
シスカの心配りは、残念ながら空回りしてしまっていたようだ。
「もともとソロでやるつもりだったんなら、追放されても良かったんじゃねぇの?」
ラルドが疑問を口にする。
そういえばそうだ、とノゾムは頷いた。
今までのナナミの口ぶりでは、ギルドに愛着など持っていないし、いっそのことギルドを抜けたほうが気が楽なのではないかと思う。
しかし実際には追放されまいとして必死だった。
カジノで大量に消費した時間とお金は、いったい何のためだったのか。
ラルドとノゾムが目を向けると、ナナミは苦々しく顔を歪ませた。
「『追放』って字面が悪いのよね」
「字面?」
「こんなことになるなら、さっさと『離脱』しておくべきだったわ」
「同じことじゃ?」
「仲間から『追放』されるのと、自分から『離脱』するのじゃあ、まったく意味が違うでしょ」
ナナミは大きなため息をつく。
「ジャックは過保護なのよ」
「……?」
ノゾムはきょとんと目を丸めた。頭の中で、ジャックのこれまでの言動を思い起こす。
妹想いであることは、確かだろう。だが過保護と言われるほどかというと……どうだろうか。ノゾムには兄も妹もいないので、兄妹の距離感というものは分からない。
「私を追放しようとしているメンバーがいるって知ったら、ジャックが何をするか分からない。だから、何も知らせないまま解決したかったのよ」
「何をするか……ねぇ。それが何故か、シスカの追放だったと」
「俺、まだよく分からないんだけど、ジャックさんはなんでシスカさんを追放したの? シスカさんって、ナナミさんが追放されないように頑張ってくれてたんじゃないの?」
「そうよ! ジャックはバカなのよ!!」
ナナミは剣呑な顔をして叫ぶ。怒りを発散させるのはいいけれど、少し力を抜いてくれないと、ロウとフェニッチャモスケが苦しそうだ。
「ジャックってシスコンだったんだなぁ」
ラルドがのほほんと言う。果たして『シスコン』という言葉ひとつでまとめていいものなのか、ノゾムには判断がつかない。
ナナミは眉間にぎゅうっとしわを刻んで、視線を下へ落とした。
「過保護になった理由も、分からなくはないんだけどね……」
「お前がトラブルに巻き込まれまくるから?」
「それだけが理由じゃないわよ」
「理由のひとつには入ってんのかよ」
どうやらジャックもナナミも、ずいぶんと拗らせているようだ。
ノゾムも父親のことで拗らせている自覚があるので、人のことをどうこう言えはしないが。
「お待たせしました〜」
レイナが料理を運んできた。
鉄板の上でじゅわじゅわと音を奏でる大きなハンバーグ。華やかな見た目の、色鮮やかなキッシュ。そして多種多様な果物がこんもりと載った、パンケーキ。
鼻孔をくすぐる美味しそうな匂いは、とてもゲームの中のものとは思えない。
「鉄板は熱いので気をつけてくださいね。パンケーキには、お好みでシロップとバターをどうぞ」
「はーい!」
ナナミの機嫌は一気に上昇した。スイーツの威力は偉大である。
カウンター席にいるリオンのもとへは先にナポリタンが到着していたらしく、ひとりで黙々と食べている。どうりで会話に入ってこないと思ったら……いや、ナナミに配慮して、あえて割り込まないようにしていたのかもしれない。うん、きっとそうだ。
ナナミはシロップを惜しげもなくパンケーキにかけた。クリームと果物とパンケーキが、あっという間に黄金色のトロトロに包まれていく。
ラルドはさっそくハンバーグにかぶりついた。肉汁がすごい。いったい何の肉を使ったのか、ノゾムは全力で考えないことにした。
そして、キッシュ。一口食べただけで、風味豊かな野菜の味が口いっぱいに広がっていく。なんというか、野菜が甘い。こんな野菜は、リアルでも食べたことがない。
「ん〜〜〜っ!! 美味しい! 果物ってどこで手に入れてるの? どこかに自生してるの?」
「そうですねぇ。自生している果物もありますが、これは知り合いの農家さんから仕入れているのですよ〜」
「へぇ、農家」
「ナナミちゃんもご存知の方だと思いますよ? レッドリンクスのK.K.さんという人です」
「えっ」
ナナミのフォークから、薄くスライスされた林檎がぽとりと落ちた。
K.K.といえば、このカルディナルの職人街で、自作の武器を売っていたはずだ。いつの間に農家に転身したのだろう。
「K.K.さんは最近『ヴェール』で土地を手に入れて、野菜や果樹を育てているのですよ」
「ヴェール……って、たしかモノ作りの国でしたよね?」
「ですです〜」
オランジュでSLに乗った時に見た、モアイ像やら謎の塔やら飛行船やらが見えた、謎の広大な国のことだ。
その国ではプレイヤーは土地を手に入れることが出来て、好きなように開拓をすることが出来るという。
「それじゃあ、このキッシュに入ってる野菜も?」
「そのとおりです」
「すごいな、K.K.さん」
あの人に作れないものなんて、ないんじゃなかろうか。
「じゃあさ、この肉は?」
「牛のモンスターさんが落としたお肉ですね〜」
「うえっぷ」
はたしてそれは、牛肉だと思っていいのだろうか?