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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第1章 はじまりの国ルージュ
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まばゆく輝く

 鋭い牙が脇腹をえぐる。HPが一気に半分も減った。ナナミはすぐに回復薬を取り出し、飲み干す。喉を焼くような不味さに眉を寄せつつ、短剣で蜘蛛の8つの目のうち1つを斬った。


 水晶蜘蛛は悲鳴を上げるが、戦闘不能には至らない。


 ラルドが死んだ。すぐに復活する。持っている『身代わり人形』は1体だけじゃなかったらしい。蘇生薬をかける暇も惜しいので、喜ばしいことだ。


(回復役と盾役がいないのが、やっぱり痛いわね……)


 通常は耐久力の高い盾役――職業で言うなら【騎士】など――に敵の攻撃を引きつけてもらい、後方から【僧侶】や【魔道士】に援護をしてもらう。


 モンスターだって黙って攻撃を受けてはくれない。避けられることもあるし、防がれることもあるし、反撃を受けることだってある。


 回復役がいなければアイテムに頼るほかないが、アイテムには限りがある。長期戦になるほど、不利なのだ。


(クリスタル・タランチュラの目に矢が当たれば、大ダメージを与えられる。そうすれば、それだけ時間を短縮できる)


 鍵を握っているのは、ノゾムだ。


 ナナミの短剣が水晶蜘蛛の関節を斬る。ラルドの『ブースト』で底上げされた剣が、蜘蛛の脚を1本砕いた。


 水晶蜘蛛がよろめいた、その瞬間。


 狙ったように、1本の矢が飛んできた。




 ***




「よしノゾムくん、走れ!」

「え!?」


 矢を射った瞬間にそんなことを言われて、ノゾムは驚いた。射った矢は、当たったかどうかもまだ分からない。


「いいから走れって!」


 急かすジャックに、ノゾムはしぶしぶと彼の背を追って走り出す。ちらりと水晶蜘蛛を見ると、矢は蜘蛛の目の、わずかに上に当たったようだ。


 ああ、惜しい。そんな言葉を漏らす暇はなかった。水晶蜘蛛の赤く輝いた目がこちらに向いたかと思うと、恐ろしい跳躍力で飛びかかってきたからだ。


 脚が2本もなくなっているというのに、なんてジャンプ力。


 ジャックに急かされてなかったら、間違いなくノゾムは今頃、あの巨体に踏み潰されていただろう。


「あちゃー、命中したと思ったんだけどな。やっぱり人に教えるのは難しいな」

「…………」

「そんな顔をするなよノゾムくん。次は当てようぜ」


 ジャックはそう言ってにんまりと笑う。

 この男、楽しんでやがる。


 ノゾムは眉間にしわを刻んで、ふと気付いた。

 飛びかかってきた蜘蛛の身体が、すぐ近くにあることに。


 その距離はざっと10メートル。


 ノゾムの手は自然と、残る2本の矢のうち1本を掴んでいた。


「おっ」


 ジャックの声が聞こえる。


 矢をつがえ、弦を引き絞り、放つまで、自分でも驚くほどスムーズに流れた。

 放たれた矢は吸い込まれるように、水晶蜘蛛の脚の関節に突き刺さる。


 耳をつんざく鳴き声が響いた。


 ナナミの言っていたとおり、弓での一撃は大ダメージを与えるらしい。今までとは比べ物にならないほどの大きな悲鳴が、それを物語っている。


 けれども、倒すには至らない。


 水晶蜘蛛は怒りに染まった目でノゾムを見下ろすと、大きな口を開けた。ノゾムに喰らいつかんばかりに。



 ……おそらくこの時のノゾムは、頭がどうかしていたのだと思う。


 自分に迫ってくるギザギザの、リアルで噛みつかれたらすっごく痛いだろう牙などは、視界に入っておらず。


 その口の奥を見て、こう思ったのだ。



(ここも急所なんじゃない?)



 ラスト1本の矢を放つ。


 ギザギザの牙の奥、喉の先。そこに突き刺さったと思った瞬間、蜘蛛は青白い光となって消えてしまった。


 光が消えた後に残るのは、キラキラと輝く宝箱。


 目の前に落ちた宝箱を前に、ノゾムはしばし、呆然とした。


「……すっげぇ――――!!!」


 突然の叫び声にビクリと肩が跳ねる。声の主はラルドだ。駆け寄ってきたラルドは、ノゾムの背中を思い切り叩いた。


 あまりの衝撃にノゾムは前のめりになる。一瞬息が止まった。ラルドはそんなノゾムを気にもかけずに、バシバシとノゾムの肩を叩きながら、上機嫌に言った。


「やるじゃねぇかノゾム! 本当に勝っちまったよ! やったな! 正直無理だと思ったぜ!」

「……無理だと思ったのに挑んだのかよ!?」


 ラルドのとんでもない発言に、ぼーっとしていた意識が戻った。ラルドはグッと親指を立てて「人生は挑戦してこそだろ!」とのたまう。思わず頭突きをかましてしまったノゾムは、悪くないと思う。


 ナナミはといえば、そんな男子2人を放って、宝箱に飛びついた。


「クリスタル・タランチュラのドロップアイテム! 中身は何!?」


 ナナミは嬉々として宝箱を開ける。


 中から出てきたのは、色とりどりの水晶だ。赤や青や緑といった色のついた水晶が山ほど入っていて、その中にはひときわ大きな虹色の水晶も1つある。


 ナナミは大興奮で叫んだ。


「精霊水晶がこんなに! しかも虹色水晶まで! 素敵!」

「このゲーム、ドロップ率が異常に低いだけあって、一度に取れる量が半端じゃねぇよなぁ。でもナナミ、虹色水晶は一番の功労者であるノゾムくんの取り分じゃないか?」


 ジャックはナナミにそう言った。


 ナナミはぷっくりと頬をふくらませて「私も頑張ったわよ!」と返した。


「だいたいジャックが手伝ってくれないのが悪いんじゃない。ていうかなんでジャック、ここにいるの?」

「1人でダンジョンに行ったっきり、なかなか帰ってこないお前を心配して探しに来たんだよ」


 どうせまた罠に引っかかってんじゃないかと思ってな、とジャックは呆れたように言う。


 ノゾムとラルドは首をひねった。


「ナナミさん、この人はいったい……」

「誰だこのイケメン?」


 2人の問いかけに、宝箱にしがみついていたナナミは目をしばたく。


「ジャックよ。私が所属しているギルドのリーダーなの」

「お前、ギルドに入ってたのかよ」


 ラルドは目を見開き、それからなぜか苦々しく顔を歪めた。ノゾムは『ギルド』って何だっけ、とさらに首をかしげる。どこかで聞いたような気がする言葉だ。


「ジャックが入れってうるさいんだもの。ギルドに入れば、自分の部屋が手に入るし、ダンジョン攻略の仲間も集めやすいしね」

「ナナミは1人にすると、知らないうちにピンチに陥ってたりするんだよ」

「ふうん……。たしかにピンチにはなってたな」


 スライムに囲まれて、戦闘不能になりそうだった。


 ジャックは「やっぱり」という顔でナナミを見る。ナナミはそっぽを向いていた。


「そんなことより! 今はこのドロップアイテムよ。虹色水晶は譲れないわ!」

「あのなぁ……」

「虹色水晶って何ですか?」


 ノゾムは首をかしげて問いかける。

 ナナミが大事そうに抱える大きな水晶は、たしかに虹色に輝いているけれど。


「クリスタル・タランチュラを倒すとたまに落とすアイテムだよ。『精霊水晶』はその名の通り精霊の力が宿った水晶で、この水晶をアクセサリーに加工して装備すると『精霊の加護』が受けられる」

「精霊の加護……?」

「ステータスの上昇だ。赤の精霊水晶なら物理攻撃力が上昇する。青の精霊水晶なら魔法攻撃力だな」


 虹色水晶はその中でも特別なもので、これを加工したアクセサリーを身につけると、すべてのステータスを上げることが出来るらしい。


 ノゾムは「なるほど」と頷いた。


「それは誰でも欲しがりますね」

「ナナミの場合は、単にレアだからだよ。こいつは根っからのコレクターなんだ」

「ほっといてよ」


 ナナミはぷっくりと頬をふくらませる。可愛い。いやいやアバターだからだよ、とノゾムは自分に言い聞かせた。


「えっと……俺は別にいいですけど、ラルドは?」

「オレは欲しい。けど、ナナミには助けられたからな。虹色は諦めるよ。精霊水晶はくれ」

「え〜?」

「独り占めしようとするな」


 ジャックのチョップがナナミの頭に落ちる。容赦がない。痛みはないだろうが、ナナミは叩かれた箇所を押さえて呻いた。


 宝箱にたくさん詰まった精霊水晶を山分けしていくと、下のほうに金貨が敷き詰められているのが見えた。


 このゲームでお金ってどうやって手に入れるんだろうと思っていたけど、こんなふうに入手するのか。


 空っぽになった宝箱は消えてしまった。


 ノゾムたちは一気にお金持ちになった。

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