不遇スレの住人
「ちょちょちょ、これいったいどういうことよ?」
シスカが出ていってしばらくしたあと、部屋の入口からひょっこりと顔を出したのは、ライムグリーンの髪色にキツネのそれに似た耳を生やした小柄な少年だった。
「ハンス」
ジャックは彼の名を呼ぶ。
ユズルが掲示場に立ち上げた『不遇な狩人で頑張ってみる』というスレッドによく書き込んでいる、レッドリンクスのメンバーである。
「さっきそこで他の奴らから聞いたんだけど、シスカと仲違いしたってマジ? ヤバいじゃん。不遇スレに書き込んどこ……『シスコン暴走中。ギルド崩壊の危機なう』っと……」
「こらこら待て待て」
慣れた様子で左腕のリングを操作し、現れたキーボードを叩くハンス。
キーボードと共に現れた半透明な板には、
[398]ハンス/魔道士/Lv.34
シスコン暴走中。ギルド崩壊の危機なう
と書かれてある。
「こいつマジで書き込みやがった!?」
「あ、さっすがケイ姐さん。レスポンスが早い」
同じく『不遇な狩人で以下略』スレッドによく書き込むメンバー、主に生産をしながら遊んでいる『K.K.』から、ハンスの書き込みに対する返信があった。
[399]K.K./農民/Lv.54
そうか。いつかやると思った。
「お前が俺の何を知ってるっていうんだよ!?」
「いつかやるとおもった」
「繰り返すな!!」
大声でツッコミを入れるジャックを見て、ナナミは目をぱちくりさせる。
一方のハンスは、不満げに口を尖らせて、ジト目でジャックを見やった。
「それでどうするんだよ? シスカが出てったらヤバいじゃん。ヤバヤバじゃん」
「そ、そうよジャック! 今からでも追いかけて、謝ってきてよ!」
今ならまだ間に合うかもしれない。そう言って詰め寄るナナミに、しかしジャックは渋い顔を返した。
「俺だってシスカが抜けるのはマズイってことくらい、分かってるよ」
ジャックがこれまで好き勝手に動き回っていられたのは、シスカがいたからだ。シスカが上手くギルドを回してくれていたから、ジャックは安心して遊んでいられた。
シスカを慕うメンバーも多いから、彼女が抜けるとなると、それに続く者たちも少なくないはず。
ハンスの言うとおり、今やレッドリンクスはいつ解散してもおかしくはない……もちろんジャックには、解散するつもりはないけれど。
「『優先順位』の問題だ。俺はナナミのほうが大事だ」
「…………ッ」
ナナミはくしゃりと顔を歪ませる。
ハンスは2人を交互に見ながら、キーボードを叩いた。
[400]ハンス/魔道士/Lv.34
シスコン、かなり重症。病んでる。
[401]K.K./農民/Lv.54
それは想定外だ。
「お前らうるさい!!」
ハンスの画面に映し出された文字を目ざとく見つけたジャックは再び叫ぶ。
ナナミはギリッと奥歯を噛んだ。
「…………ジャックのバカ!」
そう言い残して去っていくナナミを、ジャックは何とも言い難い表情で見送った。
「ハンス」
「なんでしょ?」
「お前のツテを使って、ナナミを見ていてくれ」
「えっ! ストーカー発言!?」
「ちげぇよ! 俺はしばらくギルドを離れられないし、アイツはすぐ罠に引っかかったりしてピンチになるから、心配なんだよ!!」
「ええ? いやでも、やっぱそれってストーカーだろ? どう思う? ケイ姐さん」
「だから書き込むな!!」
ハンスはジャックの言うことを聞きやしない。K.K.にも見事にストーカー扱いされた。ジャックはがくりと肩を落とした。
ハンスはキツネ耳をぴょこぴょこと動かしながら、「うーん」と腕を組む。
「なあ、ジャック。カルディナルで開催されている早食い大会のことは知っているか?」
「…………ああ、そんなのあったな」
いきなり何を言い出すのか。ジャックは訝しげにハンスを見る。
ハンスは難しい表情を浮かべたままだ。
「たかが早食い大会と思うなよ。体がアバターだからか、みんな無茶な食い方ばかりするんだ。アツアツの鉄板焼きを、鉄板ごと口に突っ込んだり、激辛ラーメンを一気に飲み干したり」
「聞いてるだけで胸焼けしそうだな」
「その早食い大会で、俺は優勝したんだ」
「そうなのか。おめでとう」
「俺は! 優勝賞品の『金のどんぶり』をみんなに見せびらかしに来たんだ! なのに! こんなことになって!!」
ハンスは膝から崩れ落ち、拳で強く床を叩いた。
「誰も俺を! ちやほやしてくれない!!」
……くれない……くれない……。静かな部屋の中で、しばらくその言葉だけが響いた。
部屋の外ではギルドのメンバーたちが騒いでいるのが聞こえるけど、それもどこか遠くに聞こえる。
たっぷりの沈黙のあと、ジャックは言った。
「俺は何をしたらいい?」
「めちゃくちゃ褒めて!!」
「……すごいなー。ハンスー」
「棒読みじゃダメ! もっと俺の承認欲求を満たして!!」
(くっっっっそ面倒くせぇ……)
それでもナナミを見ていてもらうためには、やるしかない。
ジャックは心底げんなりした。