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ゲーム嫌いがゲームを始めました  作者: なき
第3章 黄金の国ジョーヌ
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シスカの誤算Ⅱ

 転送陣を抜けた先にあるのは、ノゾムとラルドが購入した家の玄関だ。

 外へ出ると、ルージュの首都カルディナルの郊外である。

 首都とフィールドを隔てる壁が、よく見える。


「ナナミさんたちは!?」

「レッドリンクスのアジトだろ!」

「アジトってどこ!?」

「知らねぇ!」

「ギルド街のどこかじゃないかな?」

「「それだ!!」」


 カルディナルの中は職人街や繁華街など、住民たちの目的ごとに区画が整理されている。ギルド街もそのひとつで、城のすぐ近くにあり、たくさんのギルドのアジトが立ち並ぶと聞く。


 ノゾムたちは街へ向かって駆け出した。城があるのは北。ノゾムたちの家があるのは南。

 広い街なので、結構な距離がある。


「ナナミさん、どうしちゃったんだろ?」

「分かんねぇ。ジャックに話したの、ヤバかったのかな?」


 ラルドは余計なことをしてしまったのかと、心配しているようだ。


 けれど、ナナミの抱える問題がギルド内の人間関係なら、ギルドのリーダーであるジャックならなんとか出来るんじゃないかと考えるのは、妥当なことだと思う。


 あの兄妹がいったい何を抱えているのか、ノゾムは心底気になった。




 ***





「ナナミを追放しようとしている奴らを集めてくれ」


 ジャックから告げられた言葉に、シスカはぽかんと口を開け、ややあって、苦虫をかみ潰したように顔を歪めた。


「ナナちゃん、()げ口しちゃったんだ?」


 それはとても、残念なことだ。


 ジャックはこんなでも一応、ギルドのリーダーだ。ナナミに不満を抱えているメンバーも、ジャックに言われたら、渋々ナナミを受け入れるかもしれない。


 しかし、『渋々』だ。心から納得するのではない。必ず不満がさらに積もる。いつかどこかで爆発する。


 だからこそシスカは、ナナミには自力で問題解決に当たってほしかった。オランジュで忠告したのだって、そのためだ。


 ナナミがギルドのために何かをした実績があれば、シスカとてナナミの味方になれた。

『ほおら。ナナちゃんは人付き合いが下手だけど、ちゃんとギルドの役に立とうとしてくれているんだよ』なんて言って……。


 ジャックがここでしゃしゃり出てしまったら、すべてが水の泡になってしまう。シスカはグッと表情を引き締めて、ジャックの顔を正面から見つめた。


「……ジャック。ナナちゃんのことが心配なのは分かるけど、今は我慢してほしい」


 ジャックは器用に片眉を持ち上げた。


「どういう意味だ?」と言わんばかりに。


「今ここでジャックが割って入ったら、ギルド内の軋轢が酷くなっちゃうよ」

「そういうことか。不満があるなら出て行ってもらえばいいだけだろ」

「追放するってこと?」

「そうは言ってない」


 残りたければ残れ。不満があるなら出ていけ。来る者を拒む気はないけれど、去る者を追いかけるつもりもない。いかにもジャックらしい言葉だ。


 シスカは大きなため息をついた。


「それでほとんどのメンバーがいなくなっちゃったら、どうするの?」

「その時はその時だ」

「あのねぇ……」


 この男は、今までのシスカの苦労を何だと思っているのだ。

 今まで、何のために、『愚痴聞き係』をこなしてきたと――。


「そもそも、このギルドはナナミのために立ち上げたものだ」

「は……?」

「アイツは、帰る場所がないと、いつまでもふらふらするからな。ゲームの中でくらい(・・・・・・・・・)帰る場所を作っておかないと」


 それはどういう意味なのか。

 シスカにはさっぱり分からない。


 けれどもそれを聞いた瞬間、シスカの中で何かがプツッと音を立てて千切れた。


「文句があるのならシスカ、お前も――」

「待ってジャック!!」




「――――上等だよシスコン野郎ッ!!!」




 飛び込んできたナナミに構わず、シスカは腹の底から叫んだ。


 眉間にしわを寄せるジャック。真っ青な顔をするナナミ。それらをまるっと無視して、シスカは踵を返す。


「もう無理。もうやってらんない。ボクは抜けさせてもらう」

「シスカ、」

「不満があれば出ていけばいい、そうだよね?」

「……ああ」


 硬い表情でジャックは頷く。部屋の外へ向かって歩き出すシスカを、本当に止める気がないようだ。シスカは唇を噛み締めた。


 ナナミが開きっぱなしにしている扉の先では、ギルドのメンバーが何人か様子をうかがっている。さっきまでこの部屋にいた、盾役の男もいる。あいつらも全員連れて行ってしまおうか。


 これからこのギルドがどうなろうが、もうどうでもいい。知ったことではない。


「待って……っ! 待ってシスカ!」


 止めようとしない兄の代わりに、シスカの前に立ったのはナナミだった。


 真っ青な顔で、小柄な体を震わせて、縋るような目を向けてくるナナミに、シスカはわずかに眉尻を下げる。


「ダメよ、シスカが出ていくなんて、そんなの絶対にダメ」

「……ナナちゃん」

「お願い、シスカ。抜けるなんて言わないで。ジャックも止めてよ。そもそも私のせいなんだし……」


 確かに、ナナミがもっと積極的にギルドに馴染もうとしていたら、こうはならなかった。だがきっと、事はそう単純なことではないのだろう。


 シスカは目を細める。ナナミは、どうにかシスカを留め置こうと必死だ。


 『レッドリンクス』にはシスカが必要だと、そう思ってくれている。


 ナナミは決して、ギルドのことを「どうでもいい」と思っているのではない。そう気付いた瞬間、シスカはナナミを抱きしめていた。


「し、シスカ……?」

「……ごめんねぇ、ナナちゃん。ボク、今までナナちゃんのこと誤解していたみたい」


 『ナナミがジャックに依存している』のだと思っていた。

 ギルドに興味がなさそうなのに籍を置いているのは、兄と離れるのが嫌だからだろう、と。


 ひとりでダンジョンに潜るのも、兄に構ってもらうため、心配して追いかけてきてくれるのを期待しているからだろうと。


 ジャックが毎回迎えに行くのは、そんな妹のことを気にかけてのことだろうと。



 しかし、実際はきっと逆なのだ(・・・・)



 シスカはナナミを抱きしめながら小声で告げた。


「悪いことは言わないから、こいつとは距離を取りなさい」


 息を呑む音がする。エメラルドのような瞳が、頼りなさげに揺れていた。


「……じゃあね」


 シスカはそう告げて、ナナミを解放して去っていく。

 真っ直ぐ伸びたその背中を、ナナミはただ黙って見つめることしか出来なかった。

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